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一次審査! (前編)

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 雪村が笑う。それこその笑みで。

「お前も、たぶん皆も……、俺のこと見てるんだろうなって思うから、俺は慌てたり緊張しまくったり、不安な顔を見せたりはしない。先頭を歩けって言われてるから、俺はこの背中に不安なんて背負わない」

 頼もしいほどの背中、微笑み。
 今までどれだけその背中に勇気をもらっただろうか。どれだけそこを目指して頑張っただろうか。太一だけじゃない。みんな雪村のその背中を追いかけているんだ。

 けど雪村がその背中に背負うものは、とても大きくて重いものだ。後輩達の憧れを背負って突き進む事がどれだけ大変か、どれだけのプレッシャーか、太一は雪村のこの言葉でようやく気が付いた。

 雪村が余裕の態度を貫き通すからこそ、エッグ達は不安を抱くこともせず上を目指せるのだ。あそこに到達したいと将来を顧みずに夢を追える。例えば今ここで、雪村がソワソワと緊張している様子を見せれば、きっとそれはエッグ達に伝染する。そして今以上に皆を不安にさせ、怯えさせる結果となる。分かっているからこそ、雪村はいつだって余裕を片手に持ち歩いているのだ。

(ユキは……スゴイ)

 同い年とは到底思えないほど先を歩いている。周りのことも、自分自身の役目も、きちんと理解している。求められているものも、それ以上のものも、彼は事務所のトップランナーとしてしっかり提供していた。

「この世界は残酷だよな。人気や運がものを言う。努力もなく、実力がなかったとしても売れるヤツは売れる。でも、売れたいがために人気や運のないヤツは努力を続けなきゃいけない。こんなこと、スポーツの世界じゃありえねぇよ」

 ハハっと乾いた笑いを漏らし、雪村は天井に自分の手をかざした。

「俺はさ、能無しなんて言われたくねぇから、現状に満足せずにいつだって全力投球しようって決めてる。全員を認めさせてやるつもりで頑張ってる。それがトップナインとしての俺の礼儀だと思ってる」

 なんであいつが、どうして私が、と大人たちの酷い陰口を雪村はよく耳にしていた。ドラマや舞台で活躍する場面も多い雪村だからこそ、共演者達の陰口を、嫌という程聞いていた。

 大根役者のくせに、どうして私よりいい役なの?
 泣きの芝居もできないくせに主演なんて有り得ない。

 日常茶飯事的に耳にする、そんな陰口を、雪村は常に己に置き換えていた。人気アイドルとして、歌が下手だとかダンスが下手だとか言わせないための努力を、絶対に惜しんではいけないと。

 かざした掌をぐっと拳に変え、雪村は太一へ視線を移した。

「いいか、太一。努力だけじゃ売れない。運だけでも売れない。転がってるチャンスを見抜くヤツだけが、生き残るきっかけを掴めるんだ。そのチャンスを生かすも殺すも自分次第。誰も教えてくれない。教えられることじゃないから。けど、今お前の前には掴み放題のチャンスが転がってる。他のエッグより……きっと余分に転がってる」

 そう言って、雪村は願いを込めるように太一の手を取った。

「だから、みすみす逃すなよ。その手で掴み取るしかないんだから」

 そう言って、雪村は自分のリストバンドを片方取ると、それを太一の右手へとはめた。

 雪村の象徴的な赤いリストバンド。
 レッスンの時、必ずしているこのアイテム。腕を見れば雪村涼と誰もが分かるほど、これは彼の象徴だった。

「まずは生き残れ。この月曜で」

 雪村の願いを込めたこのリストバンドは、太一に勇気と強さと、一歩先を歩く為の力を、まるで分け与えているかのようだった。
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