上 下
216 / 312
壊れた信頼

しおりを挟む
 そしてそっと……唇が触れたその瞬間。


 ポーン!とエレベーターの到着する音が聞こえ、志藤は光の速さで太一から体を離した。
 勢い余って尻餅をつき、階段の手すりに思いっきり背中と頭を打ち付ける。

「ぅ、いって!」

 廊下から響く足音。
 それは静かな二人の間に、妙に大きく響いて……けどすぐに遠ざかっていった。

 非常階段の壁に体を預けて座り込んでいる太一は、呆然と志藤を見つめ、見つめられている本人は、どう取り繕えばいいのかも分からぬまま、青ざめた顔をして黙り込むしかなかった。

 けどその怯えたような志藤の顔に、また太一は心を痛める。息の仕方も分からなくなるほど……傷ついてしまう。

 触れたかどうかもよく分からないほどのキスだった。
 ファーストキスと呼ぶには、あまりに似つかわしくないもので、触れていなかったと言われてしまえば、そうだと認めるしかないほどのもの。

 そっと唇に指を触れ、もしもエレベーターが来なければどうだったんだろうと太一はぎゅっとその手を拳に変えた。

 それを真正面から見つめる志藤は、何を言われるのかドギマギしながら、言い訳の言葉を必死に探した。けど、涙ぐんだ太一が苦しそうにこちらを見てくるから、我慢できずに立ち上がり、言い訳もせずに謝った。

「ごめん! ……っごめん! なかったことにして!」

 そして志藤は太一を一人、その場に置き去りにして非常階段を走り去った。

 残された太一。呼び止めることさえも出来ず、その双眸からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 固く封印したはずの気持ち。けど、封印したからと言ってそれが消えて無くなるわけじゃない。そんな簡単に消える気持ちなら封印する必要もない。

 ズルズルと体は傾き、その場に体を倒した太一は、走り去る志藤の足音に声を殺して泣いた。

「歩くん……っ」

 知っていることだ。志藤が男に興味がないことを。以前、図らずもそんな話をして、彼が男同士に嫌悪を抱いていることを教えてもらった。
 こんな誘うような真似をして、戸惑わせ、あげく謝られてしまった。

「あゆ……む、くん」

 謝られたのは、その気がないから。
 太一はそう勘違いした。

(……気付かれた。オレが歩くんを好きなこと……知られちゃった。告白も……してないのに)

 気持ちに気付かれたから謝られた。太一はそう思ったのだ。
 告白する前から振られるとは、こういう事なのかと太一は握りしめていた志藤のタオルで顔を覆い、溢れて止まらない涙を染み込ませた。

「ぅ……うぅ……っ、こんなに好きなのに……っ」

 けど、違う。
 太一が勘違いしているように、志藤も勘違いしているのだ、同じように。

 走って逃げた志藤は息を切らしてレッスンスタジオに戻り、僅かに触れた唇にドキドキと心臓を高鳴らせると、スタッフが大丈夫かと駆け寄る中、崩れるように膝をつき、その場に蹲った。

「やべぇ、最低なことした……っ」

 そう口にすると、もう自分が醜くて……汚くて、ズルくて。過呼吸を起こしそうなほど泣いてしまった。



 チームはバラバラになっていく。
 それぞれの思いを抱いたまま……。


しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:41

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:32

Call My Name

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:7

アイムヒア

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

その恋は密やかに ~貰ったのは第二ボタンじゃない~

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

ココア ~僕の同居人はまさかのアイドルだった~

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:64

処理中です...