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過去:9月21日

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 夏休みに入り、優臣はミツと一緒に教習所に通い出した。

「ねぇ、柄沢くん」

 みんなで岩ちゃんちに遊びに行っている時、俺は優臣と近くのコンビニまで買い出しに出ていた。

「何?」
「今、彼女いないでしょ」

 言い当てられた。
 もう、ずっと居ない。ずっと断り続けている。

「……なんで?」

 それでも、とぼけるようにして聞き返すと優臣はヘラヘラと笑った。

「だって、いつもならいっぱいキスマークあるもん。全然ないじゃん」

 夏は薄着だから、すぐバレるな。

「……そっか。バレたか」

 真っ青の空を見上げて、皆の分のアイスが入った買い物袋を握り返す。

「ふふふ。いよいよ、僕の番かな?」

 そう言ってはにかみながら俺を覗きこむ。
 なんて言おうか迷って……。だけど、

「……あぁ……そうかもな」

 観念して頷いた。
 そんな俺に、優臣は驚いたように目を丸めると、「え?」なんて聞き返してきやがった。

 いや……、それは聞き返さないで欲しいところだ……。

 恥ずかしくなって顔を背けると、優臣は「ちょちょ、待って待って!」と俺の前に飛び出し、立ち止まらせた。

「もう一回言って?」
「言わない」
「付き合ってくれるの!?」
「付き合わない」

 そんな風に言われて、はい、とは言えなかった。どこまでも、俺はバカでヘタレ、あまのじゃくだ。

「嘘だ! 今、次は僕の番だって言ったじゃん!」
「言ってないけど?」
「言ったってば!」

 こんなやり取りさえ、馬鹿みたいに幸せだと思う。

「じゃあ臣。俺の女が先に出来るか、お前の免許が先に取れるか、勝負しようぜ」

 出来レースだ。俺は彼女なんて作るつもり、最初からないから。だけど、優臣もきっとそれを分かっていたんだろ?

「僕の方が先に免許を取ったら、僕と付き合ってくれるの!?」
「あぁ、いいぜ」
「本当に!?」

 優臣は大きな黒目をきらめかて、頷く俺に飛び跳ねる。

「やった、やった! 急いで免許取らなきゃ!」

 もうプライドもクソもなかった。目の前ではしゃぐ優臣が可愛くて、好きすぎて、俺だってもうとっくに我慢の限界を超えていたんだ。

「臣、俺と付き合ったら、何したいんだっけ?」

 はしゃぐ優臣にもう一度尋ねると、弾む声で返答した。

「デートしてっ、手を繋いで……っ、キスをして……! それから、それから~……バイクに乗って、二人きりで旅行がしたい!」

 ブレてないな。

 それが可笑しくて、俺は小指を差し出した。

「じゃあ約束しよう。みんなには内緒。二人だけの約束」

 優臣が、今までで一番幸せそうに笑った瞬間だった。

 告白もキスも二人だけの特別な時間も、その日までお預け。それでもその期間さえ楽しかった。ようやく優臣に触れられる。それを待つ時間も大切で、幸せで、今思えば……愛しかったんだろうな……。
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