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現在:一人ぼっちの夏

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 梓、高校二年の秋。
 ふと違和感を覚えた。というのも……梓があまり笑わなくなった気がするのだ。気のせいかな、と最初はあまり気にしないようにしていたのだが、その年のクリスマス、いつもの花屋でついで買いしたポインセチアを見た梓が、ぐっと眉を寄せたのを見た。

「これ……どうしたの?」

 すごく怪訝気に尋ねられ、「近くの花屋で買ってきた」と嘘をつくでもなく答えると、舌打ちしそうな態度で顔を背かせたのだ。
 正直、何故梓がそんな目でポインセチアから目を逸らすのか、意味が分からなかった。

「……あまり、花とか、観葉植物とかは……好きじゃない?」

 聞くと梓は「別に」と簡素な返答で済ませる。
 きっと好きじゃないのだろう。可愛いなと思って買ったけど、買わなければ良かった……。俺は梓の目を盗んでポインセチアを目の付くところからそっと退けた。
 一緒に夕食を食べ、去年のようにお酒を勧めたけど、きっぱり断られた。その態度はえらく冷たく感じた。プレゼントのコートを渡しても、去年のネックレスほど喜んではくれなくて……。俺は少し、それを悲しいと思った。

 けど、悲しいと思って初めて「あぁ、やっぱり俺は梓の事が好きなんだ」って思えて、だったらどうして今梓がこんなに笑ってくれないのだろうと、悲しさが雪のように次々と降り積もる感覚がした。

 でも、自業自得だろ、と自分が自分を責める。
 自分は優臣の影を追いながら梓との関係を続けているのに、梓には自分だけを見て欲しいなんて……自分勝手もいいところだ。

 ベッドで眠る梓を見つめ、俺はそっと布団を抜け出した。

 梓から貰ったプレゼントを箱から取り出す。
 ブリキで出来た結構大きめのバイクのオブジェ。アンティーク感のあるカッコイイ置物なんだけど、それが二台。大きいのと、少し小さいのと。

「カッコイイ……なぁ」

 子供みたいにまじまじと細かい細工を眺め、自然と漏れる笑みを浮かべたまま、それをテレビ台へと飾る。
 だけど、やっぱりなんか虚しくて……。

「……梓が……好きだ」

 笑って欲しい。甘えて欲しい。
 だけど今日、確信に変わった……。梓が俺から少し距離を取ろうとしていること。前はもっといっぱい体を寄せあっただろ? もっとたくさん笑ってただろ? ……いつから? いつからだろう……。

 それでも……そんな状態でも、梓は俺を振らなかった。俺も梓と別れられなかった。
 梓が全然笑わないわけじゃないんだ。楽しそうに笑い声を上げてくれることもあるし、スキンシップを取ってくれることもある。甘えた目で俺を見上げる時もある。好きだと、口にしてくれることもある。
 手を繋ぎ合って映画を見たり、体を寄せ合って眠ったり、買い物デートに出かけたり、恋人らしいこと、普通に……いつも通りにやり通すのに……俺はなんだか、いつもすごく虚しさを感じた。
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