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 俺はこの寂しさを紛らわせるように都心へと出た。
 小泉の作品が販売されている店舗の前。女性客で賑わっているそこに入るべきかどうか散々悩んでいると、「柄沢さん、目立ってますよ」と店舗の中から小泉が出て来た。

「お。居たのか」

 店舗に出ているなんて珍しい。小泉は基本的に顔出しNGのはずだ。

「納品中なだけです」
「そか。お仕事お疲れさん」

 この店舗には何人かのハンドメイド作家が商品を販売している。オーディションに勝ち抜いた作家だけが商品を置けるようになっていて、それは本当に狭き門らしい。

「俺の事、名前で呼ばないでくださいよ」
「分かってるって。イニシャルでKちゃんって呼ぶから、安心しろ」
「ちゃんとかやめてください」

 文句を言われながら店舗内に入ると、やたら滅多いい匂いがして、9.9割女性客がしかいないこの場所に、居心地の悪さを感じる。

「お前ここで仕事をすることに違和感はないのか?」
「あるに決まっているでしょう。どれだけ煙草の煙で空気を汚してやろうと思っていることか」

 きっぱり言い放つ小泉に笑いを零しながら、『Kyo Koizumi』と書かれているブースに案内される。人気作家なのが良く分かる。客が多い。

はこれを一人で作ってるのか?」
「いや、今は二人従業員がいますよ」
「従業員雇ってるのか⁉」
「えぇ。一人は……あ。今日、そういえばのぶから結婚の報告受けたんですよね?」

 突然話が飛んで、俺は目を丸めた。

「知ってたのか? のぶが結婚すること」
「えぇ。だって、杉原さんはうちの従業員ですから」

 びっくりだよ。そうか……なるほど。そういうことかよ。
 俺は小泉が手際よく商品を並べるのを隣で見つめ、苦笑いを零した。

「じゃあ、せっかくの従業員。一人産休でいなくなるのか」
「ですね。ギリギリまで働きたいって言ってくれてはいますが」
「そうか。二人で頑張るしかないな」

 言ったが小泉は肩をすくめた。

「いや、もう一人はただのアルバイトで、裁縫は出来ないんです。経理とか事務作業とか、発送作業を手伝って貰ってるだけなんで」

 これはまた……。

「そうか、大変だな」
「本当に大変ですよ。最近は“アフィリエイトでがっぽがぽ”というあの生活には戻れそうにないです」
「汗水たらして働くしかないな」
「ですね。どっちの方がいいのか分かりませんけど」
「今の方が儲かってんだろ?」
「どうですかね?」

 ふっと鼻で笑い、小泉は近くで商品を見ている女性客に「いらっしゃいませ」と声だけ掛けると、俺をスタッフオンリーのバックルームへと誘った。

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