7 / 20
~1章~逃げ遅れた商人と異世界マーケットと
第7話:美味しいご飯
しおりを挟む「入って」
蟹男は名古屋発祥で有名な某コーヒーチェーンの扉を開けて裏口から入った。
「適当に座っててよ」
エプロンを着けた蟹男は慣れた手つきで冷蔵庫を開け、食材を取り出していく。
「手慣れてますね」
「うん、ここで働いてたからね。 鍵を返す前で良かったよ」
「お腹すいたー」
調理といっても簡略されたマニュアルなのですぐに出来上がる。
「はい、マルトエスは紅茶とサンドイッチ。 ミクロはオレンジジュースとカツサンドね」
「良い香りです」
「たたたべていい?!」
「どうぞ」
ミクロはカツにかぶりついて、熱かったのかハフハフと覚ましながら食べていく。
「おいしい! 今まででいっちばん!」
「言いすぎじゃない? でもありがとう」
「いえ、私も人生で一番です」
ミクロはともかく異世界で教師を務めていて、それなりの生活を送っていたであろうマルトエスでさえそう言うのだから異世界の食事事情はお察しである。
「まあ美味しいけど、普通だよ」
「主様の世界は恐ろしく食の水準が高いのですね。 できれば生きている町をのんびり観光したかったです」
「うーん、避難区域はバタバタしてるだろうけど、いつかは元通りに近い生活水準になればできるかな? 少し工夫はいるけど」
蟹男はミクロの激しく動く耳を見て言った。
「さて、モンスターについて少しお勉強しましょう」
食事が終わるとマルトエスの講義が始まった。
「モンスターはどこからともなく現れているわけではありません。 まずダンジョンがあり、それが放置されると飽和したモンスターが外に出てくるようになります」
現在起こっている問題は全てダンジョンが原因らしい。 そしてダンジョンから溢れたモンスターが外で繁殖することにより、モンスターは増えていく。
「つまりダンジョンさえ攻略して、うろついてるモンスターを駆除すれば安全になるんだ」
「ええ、ただ攻略は私たちの世界でも大仕事です。 それこそ場合によっては英雄と呼ばれ、歴史に名を刻むほどの偉業なんです」
蟹男は戦えない。 攻略するとしたらミクロ単独でとなる。
「おなかいっぱいーZZZ」
うたた寝するミクロに一人でやってこいなんて、蟹男にはとても言えなかった。
「少なくとも仲間はさらに必要だよな。 名声なんていらないから楽しく暮らせれば十分だし」
「では楽しく暮らすために、主様も鍛練の必要があるかと」
「いやー、俺は無理だよ」
蟹男は笑って誤魔化そうとするが、マルトエスは真剣な表情で訴える。
「商人であっても自衛手段は必要です」
「……分かったよ、お手柔らかに頼むよ。 まずは何からしたらいい?」
「では魔力を感じ取ることから始めましょうか」
マルトエスの先生モードには逆らえないと、蟹男は素直に従うのだった。
◇
「とはいっても商人のスキルを使っているということは、魔力を微量ですが使ってはいるんです」
「へー」
「けれど魔道具に魔力を注ぐ、魔法を使うには魔力の存在を認識して、自らの意思で動かせなくてはなりません。 手を出してください」
勉強と聞いて蟹男はかったるそうだと思ったが、男子の心を擽るファンタジー用語のおかげで想像より面白い。
蟹男の手をマルトエスが握る。
「え、ちょ」
「少しの我慢です。 痛くしませんから安心して下さい」
マルトエスの瞳が淡く光を放つ。
蟹男に魔力が送り込まれていく。 それはまるで彼女の手の熱がじんわり伝わるような、心地よい感覚だった。
「これが魔力……」
「そう、お腹の辺りに感じますか?」
「感じる。 わかる、あったかい」
「それを血管を通すようなイメージで。 体を巡って、手に集めて、送り込んで……そうです、出来てますよ」
さすが元教師、生徒をやる気にさせるのが上手い。 蟹男は顎から滴った汗を見て、ようやく自身の疲労に気がついた。
「めちゃくちゃ疲れた……」
「未発達の回路をいきなり使いましたから。 それに勘違いされがちですけど魔法使いも意外と肉体労働なんですよ、内部的にですけど」
魔法使いといえば蟹男も後ろで呪文を唱えている楽な職業思っていた。
「この訓練をするとどうなるの?」
「日々行うことで、魔力を感知できます。 鍛練を重ねればスキルがなくとも色々とできるようになりますよ」
マルトエス曰く、探知、魔法、魔道具の使用、生命力の活性など蟹男がこの世界を生き抜くために必要なことがたくさんできるようになるらしい。
そういうことなら毎日でも頑張りたいところだが、疲れるので一日の終わりに行うべきかもしれない。
徹夜した日のように疲労と睡魔が蟹男を襲っている。
「悪い、ちょっとだけ」
「はい、休んでください。 何かあれば起こします」
蟹男はソファーに横になって、ミクロと共にすやすやとお昼寝するのだった。
◇
「じゃあ端から攻めてくか」
「おー!」
三時間ほどぐっすり眠った蟹男は、商店街の店を片っ端から漁っていく。
コンビニやスーパーを中心に。
アイテムボックスは時間が止まらないので、生鮮食品は少なめだ。
「文房具かー、売れるかな?」
「売れます、確実に。 というか私が欲しいです」
マルトエスの意見を参考に、マーケットで売れそうなものも集めていく。
「車……移動用に欲しいかも」
マップで車屋を探して移動中、現れたモンスターはミクロがなんなく撃破した。
とりあえず店舗の窓ガラスを破壊して、三人は中へと侵入する。
「生きるためだ仕方ない」
蟹男は呟きながら車の鍵を探す。
するとテーブルの上に置き手紙と共に置かれた鍵の束を発見した。
『必要であれば、お使いください。 悪路はオフロードがおすすめです。 生きて避難区で会えることを願います』
「窓割ってすいません。 ありがたくお借りします」
いつか会えたら恩返ししようと、蟹男は心に決めつつ車を選ぶ。
「これにしよう」
「あの乗り方は知ってるんですよね?」
「誰にでも初めてはあるもんさ」
蟹男は車を運転したことはない。 もちろん無免許だ。
しかしこの未曾有の事態に一々目くじら立てるお巡りもいないだろう。
ネットで調べ終えると、鍵を差し込み回すと、エンジンがかかる。
ガソリンは事務所に置いてあったものを使用した。
「よーし、じゃあちょっとドライブしようか!」
「……それは強制でしょうか?」
「どらいぶするー!」
よく分かっていないミクロははしゃぎながら乗り込んだ。 マルトエスは不安そうにしているが、彼女だけ置いていくという選択肢はない。
「俺たちは運命共同体だろ?」
「こんなとこで使う言葉ではないと思います……はあ、分かりました」
渋々乗り込んだマルトエスにシートベルトを着けてやって、蟹男はアクセルを踏み込んだ。
10
あなたにおすすめの小説
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった
竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。
やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。
それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる