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1:アルカデイア 城下町メゾロンでの聞き込み 壱
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〇酒場兼宿屋『バタクの風』亭
一階は酒場兼食事処。二階には部屋が十六あり、半分埋まっていた。日が暮れてから入店した為か、カウンター以外は満席だった。
主人に断わりを入れて、隅で一通り芸を見せる。酔った客達に好評であった。幾ばくかの施しを受けたので、早速その金を使って酒と軽食を頼み、隣にいた男に話しかけた。
まずは失踪について話題を振ってみる。
いや、まったく面白い物を見せてもらったよ! こんなに笑ったのはいつ以来だかわかりゃしねえな。
で、聞きたいことってのは、あれだろ? あの嫌なクソ王様の城が消えちまった話だろ? まあ、俺達も寄ると触るとその話ばっかりしてるし、旅の連中にも数えきれないくらい話したからなあ。
ん? 違う?
ああ、人が消える話か……まあ、俺達にはあまり関係ない話でなあ。消えちまったのは貧民街の連中とか、移民達とかで税金がきつくて逃げだしたか、犯罪に巻き込まれて逃げたんだろうし……ああ、そういや……おおい、ヨムド! お前、ラキム村の話をこの道化師さんに聞かせてやってくれよ! 怪談の足しにしたいんだと!
ヨムド:丸顔の髪の薄い男だ。酒に酔って赤ら顔ではあるが、目はしっかりしているから話すことに信憑性はあると思われた。
ふーん、今は道化師が怪談をやるのかい? ああ! ガキに聞かせるのか。成程、そいつは親は喜ぶだろうな。全く最近のガキどもときたら、夜は危ねえってのに遊びに行きやがるからな。まあ、それが平和ってやつかもしれねえが、俺達がガキの頃は――
おっと、話が逸れたな。
で、ラキムの話か。ガキを怖がらせるのには、ぴったりだと思うぜ。
ラキムってのは……ここから一日、西の方に行くと森のはずれにあった村だ。
だが、ある日、住人が全員いなくなっちまった。
俺ぁ、ここらに牛の乳を卸してるんだがな、ラキムってのは牛を飼ってるやつが多くてな、だから結構取引してたんだ。移民だが気の良い連中でな、俺も友達が結構いたんだがな――お、悪いね。おっとと! そんなになみなみと注がれたら――かーっ! きくなこりゃ!
で、ええと、ある日――二年前だったか。明け方なのに少し蒸した春の終わり頃、そう! その頃さ!
俺は息子を連れて、薄暗い中、村まで荷車を引いて歩いて行ったんだ。
森を抜けて、牧草地を横目に見ながら小道を行くんだが、なんだか妙なんだ。
ひっそりとしている。
勿論お天道様が半のぼりの朝早くだから、鳥も獣もまだ寝てる。
だけど普段なら、ラキムの連中はこの時間には起きてて、煙草をふかしながら朝飯を食ってるはずなんだよ。家の煙突からは煙が出て、カミさん連中は井戸のそばで話したり洗濯をしたりしているはずなんだ。
だが、誰も見かけない。
俺は首を捻りながら、いつも通り友人のハーパってやつの家に向かった。
ドアが開いていて、家の中は滅茶苦茶だった。盗賊か、と俺はゾッとしたな。
で、隣の家に走った。
そしたらそこの家も同じ有様だった。
なんだこりゃってボケっとしてたら、汗だくになった息子が俺にひそひそ言ってきた。
「父さん、おかしいよ。隣の隣も、そのまた隣も同じことになってるよ」ってな。
村には誰もいなかったんだ。
俺は息子に憲兵を呼びに行かせた。で、とりあえず勝手知ったるハーパの家にあがり、地下室に隠れて震えてた。今にも上をでかい刀をぶら下げた盗賊が歩き回るんじゃないかってな。
そこで妙な事に気が付いた。
ハーパの奴が地下室に置いてた金が、そっくりそのまま残ってるんだよ。
金庫?
そんな上等な物があるわけ――いや、どっかにあったのかもしれないが、ともかく地下室のテーブルの上に、金の入った革袋がそのまま置いてあった。横には帳簿もあった。
地下室には勿論鍵なんてかかってないし、入り口もすぐ判るところにある。
で、俺はおそるおそる地下室を出ると、物音をなるべく立てないように部屋を見てまわったんだ。勇気あるだろ? はははは! いや、途中で鏡の前を通ったら顔が真っ白だったぜ!
で、まあ、なんだ、結局色々、いや全部残ってたんだな。
あいつの奥さんが、母親から受け継いだ時計や、息子が大事にしていた北方の竜の鱗、一切合切まったく動かした気配もなく残ってた。
つまり、人だけがいなくなってたんだよ。
どうだい? 恐いだろ?
一人や二人がふらっといなくなるんじゃない。
村丸ごと、50人近くが一気にいなくなったんだ。しかも化け物の類がやったような感じじゃない。部屋は荒れてたが、腕の一本も落ちてないんだよ。
間違いなく、人がさらったんだろうな。
……まあ、あの村の連中がどういう事になったかは、学のない俺には判らないし、想像もできないよ。
でもそれで、良かったと思ってる。そんなものを想像出来たら、もう酒も飲めねえし女房も抱けないわな!
ん?
…………まあ、実はな、憲兵が来るまで他の家も、三件だったか見て回ったよ。
それで、その――窓の枠木にな……。
ええい! もっと強いのをくれ!
……うん、こいつはきくな。喉が焼けるようだぜ……。
あん?
ああ…………爪だよ。
窓の枠木に、はがれた爪が残ってたんだ。
こう、無理やり引っ張られて、それでも踏ん張って、ぎーって跡が残って、それで――
〇女郎宿『バラギアの蜘蛛』
メゾロンの外れ、裏通りにある女郎屋だ。付近には風体の悪い連中がごろごろしているが、付近を取り仕切っている顔役とは顔見知りであるので、無事に到着する。
地上二階、地下一階の大きな建物で、中は軽食ができるカウンター、入浴所、金持ち用の個室に、貧乏人用の仕切り部屋がある。地階は麻薬窟になっているとの噂で、そういう臭いが立ち込めているが、実際のところは反エーデル軍の本拠地となっている。
門番に合言葉を伝え中に入ると、顔役のラダマンディスが待っていた。
ラダマンディス:もとは『切り裂く蛇』と戦場で謳われた女傑。ラダメスとの一騎打ちで敗れ、依頼求婚し続けている変わり者――おっと、筆が滑った――であるが、当のラダメスも乗り気である。臣下としては困った話だが、友人としてはお似合いなので、とっとと結婚してほしくはある。
あらあら、あんたが直接出向いてくるとはねえ。あんた自分の今の立場が判ってるの? まったく、なんて恰好をしているのやら……。
(ラダマンディスはそう言うと、いたずらっぽく笑って声を潜めた)
あんたみたいな連中が、今はこの国にうようよいるようだけどもさ、あんたみたいな格好の奴はいないわよ!
頼むから、その格好で切った張ったは勘弁して頂戴ね? 『狂風』なんて呼ばれてた、あの太刀筋が、その格好から飛び出した日には、あたし、笑いすぎて死んじゃうからね?
で、ラダメスは元気?
はあ?
……ああ、相変わらずか。飲んで騒いで……あたしも混ざりたいな、それ。
ははは、冗談よ。これ以上あんたの悩みを増やすと、あんたの薄くなってきた毛が更に薄く――へ? やだ、あんた気づいてないの? おやおや、『後ろに目がある』と恐れられたあんたも、自分の頭の上は見えなかったか、そーかそーか!
はは、ちょっと、その化粧で悲しい顔すると、親でも死んだみたいに悲惨に見えるからよしなさいって!
で、何を聞きたいの? 言っとくけど、城が吹っ飛んだのはあたしらがやったんじゃないからね? まあ、川から水路に入って、地下に爆薬を仕掛けるって計画はあったんだけどさ、あの城の水路って、妙な魚がうじゃうじゃいて無理だったのよね。
キメラ?
まあ、そうかもね。ほら、南の広大な湖にいるって話の、人とか牛とかを骨にする鋭い歯を持った魚がいるでしょ? あれって普通の魚じゃない? あたしらが襲われたのは、あの魚の頭を持った蛇なのよ。
大きさ? そうね……(両手を広げて)このくらいかしら? しかも噛みつくだけじゃないのよ? 尻とか口から体の中に潜り込もうとするの! 更に最悪なのは、体中の鱗やひれに『かえし』みたいな細い棘が付いててね、潜り込まれたら最後、絶対に抜けないのよ!
最悪だったわよ。優秀な工作員が三名やられたわ。
だから、あたしらじゃないわよ、うん。
隠し通路があるって話も聞いたことがるけど、まあ、あのエーデルがそんなものを作るのかって話だし?
勿論、吹っ飛んだ原因は判らないわよ?
噂?
まあ、色々あるけどもさ……実験の噂?
そう、ねえ……あったといえばあったけど、あんたが知ってるのと大差ないと思うわよ。ほら、内臓取って集めてるのがいて、それが実験に使われてるってやつ。
ん? 人身売買?
ああ、失踪するのが多い所からの連想ね?
そういう情報は知らないなあ。うちら、こう見えても周辺の国の反乱分子と繋がってるからね。情報は常に新しいのよ。だからそれはないと思うわ。
失踪した奴らには、税金とかが払えなくて国外逃亡したのもいるだろうし、夜盗とかキメラとかにやられたのもいるんだろうけどさ、それでも結構な数が消えてるのよね。
となれば、噂通りにエーデルの実験のために捕まった――まあ、実際エーデルの所に深夜、大量の牛車や馬車が入っていくことは何度かあったわ。
そう、魔術――多分、やってるとしたら魔術実験よねえ。
確かにエーデルは魔術師を大量に抱えこんでて、そいつらを使って古代魔術の研究はしてたってのは掴んでた。でも、魔術の内容とか、研究内容は全く判らなかったの。
実は医療実験だって話も出てきたくらい。確かにエーデルは医療関係で、度々革新的な治療法を国内の医者に頒布してるのよね。
まあ、高度すぎるし特殊な器具がないとできない治療法なんだけどさ。
で、キメラという存在が実験の成果だって噂もあるんだけど、キメラ自体をエーデルが操ってるわけでもなさそうだったしね。
あの化け物ども、群れることもなく自由にそこらをうろうろして可哀そうな獲物を襲ってるだけって話で――え? 私は見たことないわよ。あ、死体は見たことがあるな。広場に曝してあったのよね。なんでも村を襲って憲兵に退治されたってお触書が――
あ、そうそう!
これ、アルカデイアだけで情報を規制するみたいな感じになってたけど、バタク山に巨大なキメラが住み着いたって発表があったのよ!
おかげで入山が禁止されちゃってさ、火薬の原料を外から仕入れるしかなくてさあ、散財したわよ。しかも、使う前に何千倍もの爆発が起きちゃってさ!
え? ああ、それは勿論考えたわよ?
エーデルが嘘の情報を流して、山から採れるものを独占してるってね。噴火口で実験をやってるって噂もあったわね。
でもねえ、本物を見たって奴がいてさ――ねえ、ウロイド! あいつ、あのドーゼルドーゼル言ってた、おかしくなっちゃった奴はどこに住んでるんだっけ? ああ、今はあそこに入ってるのか。
……はい、これ住所ね。あたしの紹介って言えば、婆さん通してくれるから。なんでも大キメラ見て、精神的に参っちゃったらしくてさ、療養所みたいな場所に今入ってんのよ。管理人が鉄みたいな婆さんで、ちょっとした砦みたいな場所なのよね。だから入るのも出るのも難しいってわけ。
で、まあ、そっからが面白いんだ!
バタクの大キメラ討伐にエーデルがガキを引っ張り出してきたのよ!
なんか緑色の鎧とか着ちゃってさ、そこらに咲いてる桃色の花――ランサだっけ? あれが彫り込んであってさ、すました感じの奴で、まあ美丈夫だったから若い女や、男色の連中は騒いでたわね。
しかし――ねえ、聞いてよ!
ぷぷっ!
なんと、あのエーデルのうすらバカ、そのガキをあたしたちアルカデイア国民になんて紹介した思う?
『これなるは、神が我に遣わした、勇者である!』
いや、本当にそう言ったのよ!
しかも真顔で!
あたしらも、愚帝悪政粉砕すべしなんて戦ってきたけどさ、まさかその相手が、そんなことを言い出すなんて思わなかったわけよ。神話どころか、御伽噺ですら鼻もひっかけない『勇者様』よ!?
いや、笑った笑った! そして心の底から怒り狂ったわよ!
あたしらに重税をかけ、悪法で縛り付けた挙句に、程よい寝床の中ならいざ知らず、お天道様が光を投げかけている城前広場で、軍隊を整列させ、荘厳な音楽を流しながら『勇者でござい。崇め奉れ』と言いやがったのよ?
馬鹿も馬鹿! 大馬鹿さね!
そんな馬鹿なら、城の一つくらいぶっ飛ばしたっておかしくないわ!
そう思わない!?
一階は酒場兼食事処。二階には部屋が十六あり、半分埋まっていた。日が暮れてから入店した為か、カウンター以外は満席だった。
主人に断わりを入れて、隅で一通り芸を見せる。酔った客達に好評であった。幾ばくかの施しを受けたので、早速その金を使って酒と軽食を頼み、隣にいた男に話しかけた。
まずは失踪について話題を振ってみる。
いや、まったく面白い物を見せてもらったよ! こんなに笑ったのはいつ以来だかわかりゃしねえな。
で、聞きたいことってのは、あれだろ? あの嫌なクソ王様の城が消えちまった話だろ? まあ、俺達も寄ると触るとその話ばっかりしてるし、旅の連中にも数えきれないくらい話したからなあ。
ん? 違う?
ああ、人が消える話か……まあ、俺達にはあまり関係ない話でなあ。消えちまったのは貧民街の連中とか、移民達とかで税金がきつくて逃げだしたか、犯罪に巻き込まれて逃げたんだろうし……ああ、そういや……おおい、ヨムド! お前、ラキム村の話をこの道化師さんに聞かせてやってくれよ! 怪談の足しにしたいんだと!
ヨムド:丸顔の髪の薄い男だ。酒に酔って赤ら顔ではあるが、目はしっかりしているから話すことに信憑性はあると思われた。
ふーん、今は道化師が怪談をやるのかい? ああ! ガキに聞かせるのか。成程、そいつは親は喜ぶだろうな。全く最近のガキどもときたら、夜は危ねえってのに遊びに行きやがるからな。まあ、それが平和ってやつかもしれねえが、俺達がガキの頃は――
おっと、話が逸れたな。
で、ラキムの話か。ガキを怖がらせるのには、ぴったりだと思うぜ。
ラキムってのは……ここから一日、西の方に行くと森のはずれにあった村だ。
だが、ある日、住人が全員いなくなっちまった。
俺ぁ、ここらに牛の乳を卸してるんだがな、ラキムってのは牛を飼ってるやつが多くてな、だから結構取引してたんだ。移民だが気の良い連中でな、俺も友達が結構いたんだがな――お、悪いね。おっとと! そんなになみなみと注がれたら――かーっ! きくなこりゃ!
で、ええと、ある日――二年前だったか。明け方なのに少し蒸した春の終わり頃、そう! その頃さ!
俺は息子を連れて、薄暗い中、村まで荷車を引いて歩いて行ったんだ。
森を抜けて、牧草地を横目に見ながら小道を行くんだが、なんだか妙なんだ。
ひっそりとしている。
勿論お天道様が半のぼりの朝早くだから、鳥も獣もまだ寝てる。
だけど普段なら、ラキムの連中はこの時間には起きてて、煙草をふかしながら朝飯を食ってるはずなんだよ。家の煙突からは煙が出て、カミさん連中は井戸のそばで話したり洗濯をしたりしているはずなんだ。
だが、誰も見かけない。
俺は首を捻りながら、いつも通り友人のハーパってやつの家に向かった。
ドアが開いていて、家の中は滅茶苦茶だった。盗賊か、と俺はゾッとしたな。
で、隣の家に走った。
そしたらそこの家も同じ有様だった。
なんだこりゃってボケっとしてたら、汗だくになった息子が俺にひそひそ言ってきた。
「父さん、おかしいよ。隣の隣も、そのまた隣も同じことになってるよ」ってな。
村には誰もいなかったんだ。
俺は息子に憲兵を呼びに行かせた。で、とりあえず勝手知ったるハーパの家にあがり、地下室に隠れて震えてた。今にも上をでかい刀をぶら下げた盗賊が歩き回るんじゃないかってな。
そこで妙な事に気が付いた。
ハーパの奴が地下室に置いてた金が、そっくりそのまま残ってるんだよ。
金庫?
そんな上等な物があるわけ――いや、どっかにあったのかもしれないが、ともかく地下室のテーブルの上に、金の入った革袋がそのまま置いてあった。横には帳簿もあった。
地下室には勿論鍵なんてかかってないし、入り口もすぐ判るところにある。
で、俺はおそるおそる地下室を出ると、物音をなるべく立てないように部屋を見てまわったんだ。勇気あるだろ? はははは! いや、途中で鏡の前を通ったら顔が真っ白だったぜ!
で、まあ、なんだ、結局色々、いや全部残ってたんだな。
あいつの奥さんが、母親から受け継いだ時計や、息子が大事にしていた北方の竜の鱗、一切合切まったく動かした気配もなく残ってた。
つまり、人だけがいなくなってたんだよ。
どうだい? 恐いだろ?
一人や二人がふらっといなくなるんじゃない。
村丸ごと、50人近くが一気にいなくなったんだ。しかも化け物の類がやったような感じじゃない。部屋は荒れてたが、腕の一本も落ちてないんだよ。
間違いなく、人がさらったんだろうな。
……まあ、あの村の連中がどういう事になったかは、学のない俺には判らないし、想像もできないよ。
でもそれで、良かったと思ってる。そんなものを想像出来たら、もう酒も飲めねえし女房も抱けないわな!
ん?
…………まあ、実はな、憲兵が来るまで他の家も、三件だったか見て回ったよ。
それで、その――窓の枠木にな……。
ええい! もっと強いのをくれ!
……うん、こいつはきくな。喉が焼けるようだぜ……。
あん?
ああ…………爪だよ。
窓の枠木に、はがれた爪が残ってたんだ。
こう、無理やり引っ張られて、それでも踏ん張って、ぎーって跡が残って、それで――
〇女郎宿『バラギアの蜘蛛』
メゾロンの外れ、裏通りにある女郎屋だ。付近には風体の悪い連中がごろごろしているが、付近を取り仕切っている顔役とは顔見知りであるので、無事に到着する。
地上二階、地下一階の大きな建物で、中は軽食ができるカウンター、入浴所、金持ち用の個室に、貧乏人用の仕切り部屋がある。地階は麻薬窟になっているとの噂で、そういう臭いが立ち込めているが、実際のところは反エーデル軍の本拠地となっている。
門番に合言葉を伝え中に入ると、顔役のラダマンディスが待っていた。
ラダマンディス:もとは『切り裂く蛇』と戦場で謳われた女傑。ラダメスとの一騎打ちで敗れ、依頼求婚し続けている変わり者――おっと、筆が滑った――であるが、当のラダメスも乗り気である。臣下としては困った話だが、友人としてはお似合いなので、とっとと結婚してほしくはある。
あらあら、あんたが直接出向いてくるとはねえ。あんた自分の今の立場が判ってるの? まったく、なんて恰好をしているのやら……。
(ラダマンディスはそう言うと、いたずらっぽく笑って声を潜めた)
あんたみたいな連中が、今はこの国にうようよいるようだけどもさ、あんたみたいな格好の奴はいないわよ!
頼むから、その格好で切った張ったは勘弁して頂戴ね? 『狂風』なんて呼ばれてた、あの太刀筋が、その格好から飛び出した日には、あたし、笑いすぎて死んじゃうからね?
で、ラダメスは元気?
はあ?
……ああ、相変わらずか。飲んで騒いで……あたしも混ざりたいな、それ。
ははは、冗談よ。これ以上あんたの悩みを増やすと、あんたの薄くなってきた毛が更に薄く――へ? やだ、あんた気づいてないの? おやおや、『後ろに目がある』と恐れられたあんたも、自分の頭の上は見えなかったか、そーかそーか!
はは、ちょっと、その化粧で悲しい顔すると、親でも死んだみたいに悲惨に見えるからよしなさいって!
で、何を聞きたいの? 言っとくけど、城が吹っ飛んだのはあたしらがやったんじゃないからね? まあ、川から水路に入って、地下に爆薬を仕掛けるって計画はあったんだけどさ、あの城の水路って、妙な魚がうじゃうじゃいて無理だったのよね。
キメラ?
まあ、そうかもね。ほら、南の広大な湖にいるって話の、人とか牛とかを骨にする鋭い歯を持った魚がいるでしょ? あれって普通の魚じゃない? あたしらが襲われたのは、あの魚の頭を持った蛇なのよ。
大きさ? そうね……(両手を広げて)このくらいかしら? しかも噛みつくだけじゃないのよ? 尻とか口から体の中に潜り込もうとするの! 更に最悪なのは、体中の鱗やひれに『かえし』みたいな細い棘が付いててね、潜り込まれたら最後、絶対に抜けないのよ!
最悪だったわよ。優秀な工作員が三名やられたわ。
だから、あたしらじゃないわよ、うん。
隠し通路があるって話も聞いたことがるけど、まあ、あのエーデルがそんなものを作るのかって話だし?
勿論、吹っ飛んだ原因は判らないわよ?
噂?
まあ、色々あるけどもさ……実験の噂?
そう、ねえ……あったといえばあったけど、あんたが知ってるのと大差ないと思うわよ。ほら、内臓取って集めてるのがいて、それが実験に使われてるってやつ。
ん? 人身売買?
ああ、失踪するのが多い所からの連想ね?
そういう情報は知らないなあ。うちら、こう見えても周辺の国の反乱分子と繋がってるからね。情報は常に新しいのよ。だからそれはないと思うわ。
失踪した奴らには、税金とかが払えなくて国外逃亡したのもいるだろうし、夜盗とかキメラとかにやられたのもいるんだろうけどさ、それでも結構な数が消えてるのよね。
となれば、噂通りにエーデルの実験のために捕まった――まあ、実際エーデルの所に深夜、大量の牛車や馬車が入っていくことは何度かあったわ。
そう、魔術――多分、やってるとしたら魔術実験よねえ。
確かにエーデルは魔術師を大量に抱えこんでて、そいつらを使って古代魔術の研究はしてたってのは掴んでた。でも、魔術の内容とか、研究内容は全く判らなかったの。
実は医療実験だって話も出てきたくらい。確かにエーデルは医療関係で、度々革新的な治療法を国内の医者に頒布してるのよね。
まあ、高度すぎるし特殊な器具がないとできない治療法なんだけどさ。
で、キメラという存在が実験の成果だって噂もあるんだけど、キメラ自体をエーデルが操ってるわけでもなさそうだったしね。
あの化け物ども、群れることもなく自由にそこらをうろうろして可哀そうな獲物を襲ってるだけって話で――え? 私は見たことないわよ。あ、死体は見たことがあるな。広場に曝してあったのよね。なんでも村を襲って憲兵に退治されたってお触書が――
あ、そうそう!
これ、アルカデイアだけで情報を規制するみたいな感じになってたけど、バタク山に巨大なキメラが住み着いたって発表があったのよ!
おかげで入山が禁止されちゃってさ、火薬の原料を外から仕入れるしかなくてさあ、散財したわよ。しかも、使う前に何千倍もの爆発が起きちゃってさ!
え? ああ、それは勿論考えたわよ?
エーデルが嘘の情報を流して、山から採れるものを独占してるってね。噴火口で実験をやってるって噂もあったわね。
でもねえ、本物を見たって奴がいてさ――ねえ、ウロイド! あいつ、あのドーゼルドーゼル言ってた、おかしくなっちゃった奴はどこに住んでるんだっけ? ああ、今はあそこに入ってるのか。
……はい、これ住所ね。あたしの紹介って言えば、婆さん通してくれるから。なんでも大キメラ見て、精神的に参っちゃったらしくてさ、療養所みたいな場所に今入ってんのよ。管理人が鉄みたいな婆さんで、ちょっとした砦みたいな場所なのよね。だから入るのも出るのも難しいってわけ。
で、まあ、そっからが面白いんだ!
バタクの大キメラ討伐にエーデルがガキを引っ張り出してきたのよ!
なんか緑色の鎧とか着ちゃってさ、そこらに咲いてる桃色の花――ランサだっけ? あれが彫り込んであってさ、すました感じの奴で、まあ美丈夫だったから若い女や、男色の連中は騒いでたわね。
しかし――ねえ、聞いてよ!
ぷぷっ!
なんと、あのエーデルのうすらバカ、そのガキをあたしたちアルカデイア国民になんて紹介した思う?
『これなるは、神が我に遣わした、勇者である!』
いや、本当にそう言ったのよ!
しかも真顔で!
あたしらも、愚帝悪政粉砕すべしなんて戦ってきたけどさ、まさかその相手が、そんなことを言い出すなんて思わなかったわけよ。神話どころか、御伽噺ですら鼻もひっかけない『勇者様』よ!?
いや、笑った笑った! そして心の底から怒り狂ったわよ!
あたしらに重税をかけ、悪法で縛り付けた挙句に、程よい寝床の中ならいざ知らず、お天道様が光を投げかけている城前広場で、軍隊を整列させ、荘厳な音楽を流しながら『勇者でござい。崇め奉れ』と言いやがったのよ?
馬鹿も馬鹿! 大馬鹿さね!
そんな馬鹿なら、城の一つくらいぶっ飛ばしたっておかしくないわ!
そう思わない!?
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