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Chapter1

6:はじまりはじまり

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「で、どうするの?」
 下校して、待ち合わせ場所のいつもの橋。すでに欄干にもたれて腕を組んでいた委員長は開口一番、僕をきりりと睨みながらそう言いました。
「そうだな……やってもいいし、やらなくてもいいって感じかな」

 これはその時の僕の正直な想いです。今日の大騒動でクラスで話す人も増えましたし、何より昨日凄い映像が二つも撮れてしまいました。始める前に達成感みたいな物を感じてしまったんです。
 それに撮った物が全部公開できるわけでもない。その時間でアニメを観た方が良いんじゃないだろうか? そう正直に言うと委員長は、うんうんと頷きました。
「中々説得力あるわね」
 誰目線だよ、とツッコむ僕ですが、そういやカメラ持ってきてんのに今撮って無かったな、とちょっと惜しい気持ちがありました。
 委員長はじっと僕を見ると手招きをし、歩きだしました。後を追いますと、昨日と同じく公園に入っていきます。
「実はオッサンが来る前にね、見に来たの。まだ、あの不思議空間はあるのかなって」
 僕はぎくりと足を止めました。何か違和感があるんです。
「あれ? なんか植え込みの葉っぱが短くなってるような……」
「昨日あたし達と入れ違いに来た人たち覚えてる?」
 ああ! と僕は手を打ちます。うわ、昔の漫画みたいな動きしてる、と委員長。
 あの箒とかを持ってた人たちが植え込みを刈ったようです。僕は少しだけ短くなった植え込みに手をバサバサ当てながら歩を進め、一瞬息が完全に止まりました。

 向こうへの入口の植え込みが無くなっているんです。

 その辺りがぽっかりと切り取られています。よく見れば地面も掘り返したようで、根っこすら無くなっています。
 僕は考え事をする時に変な顔になると、ばーちゃんに良く言われていました。口が半開きになって、鼻の穴がかなり大きくなるのです。その時の僕はやっぱりそんな顔をしていたようで、委員長が横で、鼻の穴でかっと叫びました。
「ねえ、委員長、これってどう考えたって――」
「ここを狙って切り取った――と思うわ」
 僕達は顔を見合わせました。風がぞぞぞと吹いてきて、僕は委員長の手を取ると公園を出て、橋に戻りました。
 どう、判断したらいいのか判らなくて、僕は委員長をずっと見ていました。委員長はいつも通り僕を下から睨んでいましたが、しばらくするとポケットから折り畳まれた紙を取り出しました。

 あ、と僕は感じました。

 何かが始まる。
 始まったら、戻れない。

 戻る?
「……いやいや」
 僕はそう呟くとカメラをあげ、録画ボタンを押し、自分にカメラを向けました。
「皆さん、どうもこんにちは。オッサン、ことユウジロウです。フルネームは――色々あるんで勘弁! で、今日はね、第一回をね、撮ろうと思ってるんですがね、もう放課後なんで――そろそろ撤収ですね」

 そう、本編第一回の冒頭を撮ったのはこの時でした。テロップで『初回からグダグダ』と入ってましたが、実際は結構緊迫したシチュエーションでしたね。
 ちなみにばーちゃんはすぐに文字に影を入れる、ドロップシャドウを使いたがります。あれ、僕の指示じゃないですからね。
「はい、で、まずは相方を紹介します。委員長です。こんちは~」
「どーも」
 委員長は折り畳んだ紙を欄干に乗せたまま、片眉を上げてみせました。
「さて、どうしますかね、委員長。何しましょうか?」
「この近くにね、古墳があるの」
「……は? 古墳? 古墳って、あの、教科書に載ってる、でっかいかぎ型の――」
 委員長はアゴをくいってやりました。ついて来いってことでしょう。僕はここらが切り時かなと思い、カメラを降ろしました。
 第一話『小さな古墳』の映像はこのまま歩いて行ったように編集してありますが、実際に古墳に行ったのは次の日です。畑の真ん中にあるあの古墳は、橋から十五分位の所にあって、遅咲きの桜が綺麗でしたね。

 さて、掲示板で度々話題になった、欄干の上の折り畳まれた紙です。
 それは二枚ありました。一枚目は数日前のローカル新聞の記事のコピーでした。
 『相次ぐ、不審死』という物騒な大きな活字の横に、更に物騒な記事が載っていました。
 かいつまんで言うと、この町で去年の夏以降、不審死が続いている。どう不審かというと、まったくもって健康だった人がある日突然倒れ、数日から数か月の昏睡の後に亡くなっている、と。
「……怖いね。で、これが、なに?」
「さっき言ってた古墳、そこね、裏に階段があって頂上にお稲荷さんが祀ってあったの。でもね、一月前にさ……」
 委員長が公園の方に目配せをします。
「まさか、壊されてた、とか?」
 委員長は頷くと、二枚目の紙を広げました。この町の地図のコピーです。縮尺は忘れました。所々にバツ印が付いています。
 委員長はペンをポケットから取り出すと、新しくバツ印を一つ付けました。川と橋の近くのバツ印。そこの公園の植え込みです。

「これは、その……『そういう場所』が? いや、でも、こんなにあるわけは――」
「わからないの。今まではお寺の大きな木とか、神社のしめ縄がしてある石とかが、割られたり、切られたり、落書きされたり、壊されたりしてた。『そういう場所』かどうかは聞いてないの」
「ふうん……ところで、委員長は何故こんな事を調べていたの?」
「春休みの自由研究でね、絵を描こうと思って神社に行ったの。狛犬の顔が好きなの。
 そこで石が割られてるのを見て、最初はふーん、とか思ったんだけど、他の神社に行ったら、今度は狛犬の頭が削られてて、これは、おかしいぞ、と」
「で、調べた……それで、その、『そういう場所』かどうかは聞いてない、ってことは他の事は聞いたわけだ? 『昏睡』記事と『そういう場所への悪戯』の時期が重なってる?」
「そう。それで、さらに調べてるうちに昨日の宇宙。そこで、これはいよいよ――」
 成程、と言って僕は委員長を見つめました。委員長はふっと顔を逸らすと、川面を覗き込んでいます。

 どうやら、委員長には他に理由があるようだな、と僕は感じました。

 それを僕に隠し、番組作りに協力する。カメラを持って方々をまわり、取材だと説明すれば、一人で聞くよりもさらに深い事が聞ける、といったところでしょうか? その深い事が、委員長の『隠し事』を解決する……みたいな?
 さて、僕はどうすべきか? 先にも言ったように、やっぱりやめるのも一つの手です。
 何かを始めるという事は、何かしらの困難にぶつかる可能性をはらんでいます。その困難を体験する意味はあるのか? その時間を自分のために使った方が有意義なのではないか?
 ですが、委員長の隠し事はとても気になりました。更に厳然たる事実として僕は超常現象を体験しています。寺社仏閣の破壊行為も、植え込みの伐採を目にしてしまうと悪戯というよりは、何か意図があるように思えます。

 そしてその意図は――多分、非常に『僕は気にいらない』と予感がしたのです。

 僕は委員長と並んで欄干にもたれました。川面はきらきらと輝き相変わらずコイが群れて泳いでいます。陽射しは暖かく、工場と林が良い案杯で混じった景色はほっこりします。
「こんなに呑気な町の裏で何かが起きてるわけだ」
「……多分ね」
 思いのほか暗い声です。
 ふーむ、中々大きな隠し事のようです。僕はよしっと手を打つと、委員長の頭をぽんぽんと叩きました。
「じゃあ、番組の内容はまったりとした感じで、この町のそういう場所とかを巡る感じで行こう。あ、先生たちが言ってた『お化けの話』とかもついでに追っかけてみよう。面白そうだ」
 委員長は顔を上げ、僕の顔をじっと見て、何か言おうとしましたが、結局やめ、たっぷり一分ぐらい下を見た後、顔を上げました。
「……何も聞かないでくれて、ありがとう。後で絶対にちゃんと話す。だから、あたし何でもやるから、何でも言って」
 僕はしばらく委員長を見た後、ふっと息を吐いて、にやりと笑いました。

「じゃあ、番組のタイトルを考えてくんない? さっぱり思いつかなくて」

 委員長は口をぽかんと開け、しばらく黙っていましたが、やがてちょっと笑いました。
「まっさきに決めとくもんでしょう、それ? じゃあ――『ぶらりオッサン旅』、とか?」
「テッキト~だなあ!」
 こうして僕達の番組は動きだしました。 
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