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Chapter1

8:追いかけてくる口笛

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「こんちはっす」
「……おう、こんちは」
 委員長が後ろで馬鹿っとか小声で言ってるのが聞こえたんですが、その時の僕としましては、これ、流れが来てるんじゃないかな、と感じてたんです。

 だって行動って絶対に結果を産むでしょう。ああいう体験をした後ですから、僕達の行動は、いや、このカメラを回している時っていうのは良きにつけ悪きにつけ、僕達がいずれ辿りつくゴールに結びつく何らかの結果が産まれるんじゃないか? 
 だとするなら、カメラを回している最中にフレームにドスンと入って来たこの人は――

「よう、兄ちゃん、うちの孫の番組に出てくんない?」
 いつの間にか後ろに立っていたばーちゃんの陽気な声。
「番組ぃ?」
 そこで僕はカメラに一度、ウインクをして切ると説明を始めました。
 自分達はこの町の寺社仏閣を巡ったり、学校で聞いた噂話を検証する番組を作るつもりである。今日は第二回の撮影でここに来た。実は同級生がここで不思議な体験をしたらしい、と。
 僕が話し終えると、ヤンキーさんはへえ、と短く答えると頭を掻きました。
「……面白そうだし、できりゃあ協力してやりたいけど、俺ぁ演技とかそういうのは全然ダメだぜ? すぐ顔に出る」
「あー、ヤンさんは地元の証言をする役ですから、顔にモザイクかけて音声のみ――」
「ヤンさん? あー、ヤンキーから? はは、ちょー省略じゃね?」
 ヤンさんはフードの中で眠り始めたリョータちゃんに、どうする、おい? とか小声で聞いたりしてたんですが、その顔に何か妙な表情が浮かんでいます。

「ヤンさん、もしかして、何か怖い話とか不思議な話、知ってます?」
 ヤンさんはさっとヤンキー座りをすると、僕の肩に手を回しました。満面の笑みです。
「ありまくりよ。うちの客が色々話しててな、そん中でもかなり不思議な奴、聞きたいか?」
「勿論です。是非とも聞かせてもらいたいです」
「いいとも! ただし交換条件っつーか、ちょっと相談があってよ」
「交換条件? それは僕じゃなきゃ駄目なんですか?」
「おう。お前、こういう事やってるってことは顔が広いんじゃね? 俺の相談は人探しでよ。一人か二人か大人数かはわからねーんだけど……」

 僕は委員長とヒョウモンさんを手招きしました。
 ばーちゃんも何だ何だと楽しそうにヤンキー座りをキメました。
 ヒョウモンさんもえいっとか言いながらヤンキー座り。
 委員長だけが立ったまま腕を組み、ヤンさん含め、僕ら四人を半笑いで見下ろしています。
 思わず録画を始める僕。
 おい、カメラ止めろ、と委員長。
 この子怖くない? とヤンさん。
 吹き出すばーちゃん。
 ビヤァー。
 ヒョウモンさんがまずはあたしから行くかコラァ。
 意外にノリノリなんですよこの人。ってーか、カメラ回るとみんな語るよねえ。

「ええっと、一昨日なんですけど、塾の帰りに、大体夜の七時半ぐらいに駅前のあそこのコンビニでコーヒーを買ったんです」
 本編ではモザイク入りでヒョウモンさんの声をバックに駅前からの風景が入りましたが、実際は川べりでヤンキー座りだったんです。自分達で製作すると、色々面白いものです。
 ちなみに風景映像を撮ったのは一時間後くらいだったんですが、自転車が多くて大変でした。なんでも僕らの町は『名所を自転車で巡ろう!』という観光キャンペーンをやっているらしいのです。その一環で、会社帰りの人も自転車が多いとかなんとか。例の車道と歩道の間の緑色のゾーンがそうなんですね。
 余談ですが、ばーちゃんが言うには某自転車屋の親父が市長と友達らしいです。
 おー、怖い怖い。
 さて、ヒョウモンさんの体験談は続きます。
「――それで信号待ちをしてたら、どこからか口笛が聞こえてきたんです。最初は信号機の音楽かと思ってたんですけど、橋を渡っても聞こえてて――」
 ばーちゃんが、ちょい待ち、と手を挙げました。
「どんな曲だった?」
 ヒョウモンさんは目をぱちくりさせ、いえ、わからないですと首を振りました。
「あたし、実は追いかけてくる口笛の噂を塾の友達から聞いてて、だから怖くなっちゃって、そ、それで、ちょっと急いだんですけど音が遠くならないんです。
 で、走ったんですけど、ちょっと小さくなっても、すぐに元の大きさになるんです。あたし、もう怖くて怖くて、全力で走って、家が見えてきて、そしたらホッとして、それで、なんかムカついてきて、ふざけんなよって振り返ったら――」
 僕とヤンさんが顔をぐっと近づけました。

「何か、その、見た?」
 委員長がズバッと言いました。ヒョウモンさんはちょっと青ざめた顔で頷きました。
「電柱の所にちらっと……」
 ヤンさんがおえっという顔をしました。
「変態クソ野郎だ。親とか警察に話したか? 警官に知り合いいっけど紹介すっか?」
 ヒョウモンさんはじっとヤンさんの顔を見た後、首を振りました。
「親にも警察にも言ってません。
 だって、電柱の影にちらっと見えただけだし、なんか……なんか変な色だったんです。服とか髪の毛とか、そういうのが見えたんじゃなくて、なんか……ナニかがいて――やっぱり、け、警察に行った方がいいんでしょうか?」
 委員長が震えるヒョウモンさんの肩を抱くと、座らせました。ヤンさんが頭を下げる。
「わりぃな。デリカシーが無かった。それに、それじゃあ相手にされないわなあ」
 ヒョウモンさんは大丈夫っす、と言いながら、では、そちらどーぞ、と頭を下げました。
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