四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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Chapter3

4:落書き・対決1

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 次の日は朝からうだるような暑さでした。
 作業は午後三時からです。熱中症対策が必要だな、とばーちゃんと百合ちゃん先生が電話で話しています。
 昨日の夜、ばーちゃんは老兵においで願うか、とメールを百合ちゃん先生に送りまして、三分と経たずに先生二名の参戦が決まったのです。

 僕達は午前中のうちに一度集合すると、最終確認を行いました。
 オジョーさんとヤンさんはこちらから連絡があるまで、F神社近くの公共駐車場にて待機。
 百合ちゃん先生以下増援も同じ。
 で、僕と委員長とヒョウモンさん、それにばーちゃんが現場です。ヤンさんの所で昼食を全員でとり、解散となりました。

 じりじりと焼け付くアスファルト。その上で揺らめく逃げ水。それらを撮っている最中に、ふっと冷たい風が吹き付けてきました。カメラを向けると、遥か水田の向こう、きっと埼玉県の辺りに、真っ黒い雲が広がっているように見えます。
 荒れそうだ、と僕は言いました。
 まったくだ、と委員長。
 嫌な予感がするのう、とヒョウモンさん。
 ばーちゃんはそんな僕らの頭を順番に撫でると、やばくなったら全力で逃げるからね、いい? と言いました。
 僕らは頷きました。


 午後二時四十五分。現場に到着すると、委員長が一昨日踏み鳴らしたマンホールの周りに人が集まっていました。
 カニさんがよおっと片手を挙げ、横の男の人の肩を軽く叩きます。
 男の人は振り返るとこちらに小走りで近づいてきました。
 短めの白髪に赤ら顔。がっしりとした人です。実に判り易い『迷惑そうな顔』をしていました。
「下水管理局の足柄です。化け番の撮影だよね? 中は撮れないよ? わかってる?」
 ちょっとだけ命令口調でした。
 委員長が、どうやったらできるのか全く判らないのですが、本当に凄く小さく素早く舌打ちしました。
 僕は慌てて頷くと、カメラを構えたヒョウモンさんを指差しました。
「撮影は周囲からやりますので大丈夫です。あと一度そちらにお邪魔して、観ていただいて、許可をいただけましたらアップします。その流れでよろしいでしょうか?」
 足柄さんは、一瞬おっという顔になると、それでいいよっと素早く頷き、じゃあこっちへ、と僕達をマンホール前まで連れて行ってくれました。
「中はもう見たんですか?」
「上からはね。中はその――何か動いてる気配がするんだ」
「動物、ですか?」
「多分ね。犬かなんかだと思う」
 犬か、『なんか』って……。

 工事用の仕切りに囲まれたマンホールの蓋は開いていました。
「あっちから空気を入れてる」
 足柄さんが指差した方を見ると、二十メートル近く離れた場所にやはり仕切りに囲まれた所があり、横に普通の乗用車が二台と空気を送るらしいバンがあります。バンからは白く太い蛇腹式のチューブが伸びていて、うーっと低い機械音が聞こえていました。
「ああやって、有毒な気体を追いだしてる。さっきまでここらは酷い臭いだったよ。今は弱くなってるな」
 委員長が鼻に皺を寄せました。足柄さんが笑いました。
「もっと臭かったんだよ。試しにしゃがんでみな」
 僕達は互いに顔を見合わせると、ゆっくりと腰を落としました。足柄さんが右足をぶんぶんと動かしました。途端に、脳まで突き抜けるようなつーんとする臭いが襲ってきました。へぶっという声と共に委員長が飛びあがり、ヒョウモンさんがあばーっと悲鳴を上げて立ち上がりました。僕も鼻をつまんで続きます。
「ひどいですね……これ、何の臭いですか?」

 ばーちゃんの冷静な、死体だな、という声が辺りに響きました。

 足柄さんが肩頬をひくりと震わせました。
「しかも、数が多いぞ。動物か人かは知らないけど。カニちゃん、何人連れてきた?」
 カニさんは汗を拭くと、マンホールを見つめながら、八人と言いました。
「田中と暇そうな奴、あと年寄りだ。今、付近の住民を避難させてる。住宅が殆ど無いから楽らしいんだが、さっき妙な報告があった。聞きたいかい?」
 是非とも、と僕が言うと、カニさんはウィンクしました。
「田中がスケート場横の――なんて名前だったか忘れたが、あの空きビル、あれ貸店舗で三階に歯医者が入ってるだけなんだが、そこ以外の階も一応見回ったんだとさ。若いのは体力が違うな」
 カニさんはスマホをヒョウモンさんが構えてるカメラの方に向けました。
 僕と委員長、それにばーちゃんと足柄さんが顔を寄せて覗き込みます。
 紐で縛られた雑誌、同じく紐で縛られたテーブルか何かの足。それが埃の積もった床に置かれています。その間を縫うようにうねうねとした跡が床一面についていました。
 これは? と足柄さんがカニさんに質問をすると、カニさんは足柄さんの肩に手を回し、マンホールからちょっと離れた場所に引っ張っていきました。

「なあ、君達!」
 いきなり後ろから声をかけられ、振り返るとUさんと喫茶店の店長さんが立っていました。
 ヒョウモンさんがカメラを構えながら、どなた? 
 私、そこの喫茶店のいい女よ、と例のポーズを決めるUさん。
 キツゥィっ、と僕、委員長、店長さん。そんな店長さんの肩をばしばし叩きながらUさんは声を潜めました。
「で、どうなっちゃってるの、これぇ? もしかして大事? も、もしかして、あたしが言った下水が臭いって話? ちょっとオーバーじゃない?」
 焦り顔のUさんに委員長が、いやいや、ナイスでしたよと親指を立てました。
「とんでもない物を掘り当てた感じです。店長さん、あなたの笑い声ももしかして解決かもしれないですよ」
 笑い声? と疑問顔のUさんを押しのけ、店長さんが本当かい? と食いついてきました。
 僕は頷くと、店長さんとUさんを連れ、マンホールから離れました。良い所で会いました。実はお二人にここらの建物で屋上まで行ける場所は――と質問している最中でした。
 あっ! という声が聞こえました。

 これが始まりの合図でした。
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