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トパーズの憂鬱
トパーズの憂鬱 3
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由利亜は店を出て行った。私は残されたトパーズのネックレスを見る。他のお客さんが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
私は応対する。トパーズのネックレスを仕舞った。
入ってきたお客さんを見ると、見覚えのある顔だった。
「あの。もしかして、水山先生ですか?」
「おう。凄く久しぶりだな。7年ぶりかな?」
やってきたのは、水山恭一だった。中学三年生のときの担任だ。
7年前の成人式ぶりの再会になる。水山はそれほど代わりのない様子で、ただあの時よりは年を取っているようだ。
「先生、お仕事のほうはどうですか?」
「うん、多忙な毎日を送っているよ。子供が今年から小学校に入ったから幾分か楽にはなったけどね」
「そうですか」
水山は私たちのクラスを請け負った後、加奈子と結婚した。その後、教師を辞めて、漫画家を目指したらしい。
すぐには食べていけるわけでもなく、その五年後の2011年に漫画の新人賞を受賞し、デビュー。
新連載を持ち、それが瞬く間にヒットしたらしい。
「先生が売れっ子の漫画家って最近、知りましたよ」
「そっか。ありがとう。いや、川本にも世話になったものだから」
「世話?何もしていないですよ」
私は水山に何もしていないと思った。水山は笑う。
「実は、今連載してヒットしている漫画はお前をモデルにしている」
「え?ああ、あれですか?未来が見える主人公がどうとかっていう」
何となく自分かと思っていたが、そうらしい。
少しだけ恥ずかしいような、嬉しいような気分になった。
「そうだ。未来が見える主人公 朱莉が数々の事件を解決していく話だ」
水山は嬉しそうに話した。水山の特集がやっていたテレビで、漫画の話をしていたから内容はある程度知っていた。
漫画のタイトルは【朱い瞳の少女 朱莉の事件簿】。まだ読んではいない。
「驚きです。何かすいません」
「いいや。まさか川本が物に触れると過去が見えるなんて」
水山は楠田とのやり取りからうすうす気付いていたのだろう。
私に気を遣って深くは突っ込まずにいてくれた。
私は成人式のときに、【物に触れると過去が見える】能力を使って、警察に協力していることを話した。
「先生と出会ったばかりのころは、まだその能力と自分自身、折り合いがつけられなくて」
「そうか。けれど、お前が成人式のときに、その能力を使って警察に協力しているって知って俺は嬉しかったよ。中々、できることじゃないからな」
「ありがとうございます。あ、すいません。お茶持ってきますね」
「あーいいよ。ただ近くまで着たから。あと、ついでにコレ」
水山は何かの菓子折りを持ってきていた。それを私に手渡す。
「え、いいですよ。そんな」
「折角、持ってきたから受け取ってくれ」
「解りました。ではお言葉に甘えて」
「うん。じゃあ、元気でな!漫画、今度ドラマ化するんだ。良かったら見てくれ」
「はい。ありがとうございます」
水山は嬉しそうに店を出て行った。本当に幸せそうで、私は心から嬉しい気分になる。
夢を叶えることはそう易々とできることじゃない。
けれど、何もしない内から諦めないことを水山は教えてくれた。
水山の置いて行った菓子折りは、クッキーだった。
水山はここに来るときにデパートに寄ったようだ。
私は紙袋から出し、包み紙に触る。すると、過去が見えてきた。
水山がこれを買っているときの場面だ。水山はデパートでこれを買っている。
足取りは軽い。どうやら、編集の人との打ち合わせが終わったついでのようだ。
沢山の美味しそうなものが並んでいる。
売れっ子漫画家となっている水山の顔はマスメディアでイケメン扱いになっていた。
だから、若い女性が水山に話しかけている。私はなんだか面白い気がしてきた。
「水山恭一先生ですよね?」
「そうだよ。こんにちは」
水山は丁寧に応対する。女性たちは嬉しそうな声をしていた。
「あの、【朱い瞳の少女 朱莉の事件簿】凄く好きです。応援しています。サインください」
「私も!」
「はい、いいよ」
水山は嬉しそうに女性たちが差し出す、メモ帳に丁寧にサインを書いた。更には握手にも応対した。
私は水山が本当に売れっ子になったのだなと嬉しくなった。
若い女性たちが行った後、水山はデパートを出ようとする。
すると、水山は女性とぶつかった。
「あ。すいません」
「こちらこそ、すいません」
女性の顔をよく見ると、戸松由利亜の母親の文芽だった。
文芽は水山の顔を見ると驚いていた。文芽は水山のことを知っているらしい。
文芽は興奮気味に言う。
「あの。もしかして水山恭一先生ですか?」
「そうですよ。ありがとうございます」
「あの。実はうちの子が漫画のファンでして。すいません。もし、良かったらこの紙にサインもらえますか?」
「あ。いいですよ。娘さんのお名前は?」
「 由利亜っていいます。情けない話ですが、今喧嘩していて」
文芽は少し、頭を掻きながら言った。水山がサインを書きながら言う。
「俺は昔、中学生の教員やっていたんですよ。だから、思春期の子の多少の難しさはわかります。何を考えているのか解りにくい。けど、正面からぶつかっていけば、本人も解ってくれると思いますよ。仲直りできるといいですね」
水山は紙に【ユリアさんへ】と書き、自身のサインを書いた紙を文芽に渡す。
文芽は少し涙目になりながら水山を見る。
「ありがとうございます」
「いいえ。俺も娘がやっと小学校に入ったので、親でいることの難しさを感じます」
「そんなんですね。でも、先生の作品はとても暖かいと思います」
「ありがとうございます。それでは」
水山は文芽と別れると、デパートを出て行った。文芽は書いてもらったサインを少し見つめる。文芽はサインを丁寧にカバンの中に仕舞った。
思い出はそこで見えなくなった。
文芽は本当に由利亜を娘のように思っていたのだろう。
私はますます、トパーズの思い出を見なければいけない使命感に駆られた。
恐らく、文芽はあの後、由利亜に電話をしたかもしれない。
どんな会話をしたのだろう。解らない。けれど、家に帰っていないということは、喧嘩をしてしまったのだろう。
私はお店を開けている最中、ずっとそのことが気になった。
文芽と美砂子の間に何かが遭ったのだろう。そのことが原因で、文芽は由利亜を預かることになった。美砂子は生きているのだろうか。
「すいません。すいませーん」
男性のお客さんに大声で呼ばれた。
「これを見せてほしいのですけど」
お客さんはガラスケースからアクアマリンの指輪を指差した。私は鍵を解錠し、それを取り出す。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
この指輪は前回の南海啓一が持ってきたものとは別の物だ。
新品のものだ。ブランドはティファニーで、アクアマリンの指輪。
お客さんはそれを見つめる。
「失礼ですが、恋人へのプレゼントでしょうか?」
「ええ。まあ、実はプロポーズしようと思っていまして」
「素敵ですね。上手くいくことを祈っております」
私は丁寧にお客さんに言った。お客さんは嬉しそうにする。
「彼女、人魚姫が好きで。アクアマリンって人魚姫っぽいじゃないですか」
「ええ。よくご存知ですね。海水に入れると消えたように溶け込むんです」
私は先日の廣崎真学のことを思い出した。
「そうなんですか!知らなかったです。いや、何となく海っぽいかなと」
「そうなんですね」
私は少しだけ、このお客さんの彼女が井川だったらと思ってしまった。
そんな偶然があるわけじゃないのに。
「今度、また彼女と着ます。いいですか?」
「いいですよ。ご縁があることを祈っております」
お客さんは指輪を宝石受けに置く。
「あの、仮予約って出来ますか?」
「はい。大丈夫ですよ。お名前、いいですか?」
「解りました。名前は 藤崎です」
「藤崎様ですね。お待ちしております」
私は藤崎と名乗るお客さんに一礼をした。藤崎は上機嫌にお店を出て行った。
指輪を丁寧に拭くと、その指輪を別の場所に保管した。
その指輪のケースを袋に入れ、【仮予約 藤崎様 2018/11/12】と書いた紙を貼り付けた。
トパーズの憂鬱 3 (了)
「いらっしゃいませ」
私は応対する。トパーズのネックレスを仕舞った。
入ってきたお客さんを見ると、見覚えのある顔だった。
「あの。もしかして、水山先生ですか?」
「おう。凄く久しぶりだな。7年ぶりかな?」
やってきたのは、水山恭一だった。中学三年生のときの担任だ。
7年前の成人式ぶりの再会になる。水山はそれほど代わりのない様子で、ただあの時よりは年を取っているようだ。
「先生、お仕事のほうはどうですか?」
「うん、多忙な毎日を送っているよ。子供が今年から小学校に入ったから幾分か楽にはなったけどね」
「そうですか」
水山は私たちのクラスを請け負った後、加奈子と結婚した。その後、教師を辞めて、漫画家を目指したらしい。
すぐには食べていけるわけでもなく、その五年後の2011年に漫画の新人賞を受賞し、デビュー。
新連載を持ち、それが瞬く間にヒットしたらしい。
「先生が売れっ子の漫画家って最近、知りましたよ」
「そっか。ありがとう。いや、川本にも世話になったものだから」
「世話?何もしていないですよ」
私は水山に何もしていないと思った。水山は笑う。
「実は、今連載してヒットしている漫画はお前をモデルにしている」
「え?ああ、あれですか?未来が見える主人公がどうとかっていう」
何となく自分かと思っていたが、そうらしい。
少しだけ恥ずかしいような、嬉しいような気分になった。
「そうだ。未来が見える主人公 朱莉が数々の事件を解決していく話だ」
水山は嬉しそうに話した。水山の特集がやっていたテレビで、漫画の話をしていたから内容はある程度知っていた。
漫画のタイトルは【朱い瞳の少女 朱莉の事件簿】。まだ読んではいない。
「驚きです。何かすいません」
「いいや。まさか川本が物に触れると過去が見えるなんて」
水山は楠田とのやり取りからうすうす気付いていたのだろう。
私に気を遣って深くは突っ込まずにいてくれた。
私は成人式のときに、【物に触れると過去が見える】能力を使って、警察に協力していることを話した。
「先生と出会ったばかりのころは、まだその能力と自分自身、折り合いがつけられなくて」
「そうか。けれど、お前が成人式のときに、その能力を使って警察に協力しているって知って俺は嬉しかったよ。中々、できることじゃないからな」
「ありがとうございます。あ、すいません。お茶持ってきますね」
「あーいいよ。ただ近くまで着たから。あと、ついでにコレ」
水山は何かの菓子折りを持ってきていた。それを私に手渡す。
「え、いいですよ。そんな」
「折角、持ってきたから受け取ってくれ」
「解りました。ではお言葉に甘えて」
「うん。じゃあ、元気でな!漫画、今度ドラマ化するんだ。良かったら見てくれ」
「はい。ありがとうございます」
水山は嬉しそうに店を出て行った。本当に幸せそうで、私は心から嬉しい気分になる。
夢を叶えることはそう易々とできることじゃない。
けれど、何もしない内から諦めないことを水山は教えてくれた。
水山の置いて行った菓子折りは、クッキーだった。
水山はここに来るときにデパートに寄ったようだ。
私は紙袋から出し、包み紙に触る。すると、過去が見えてきた。
水山がこれを買っているときの場面だ。水山はデパートでこれを買っている。
足取りは軽い。どうやら、編集の人との打ち合わせが終わったついでのようだ。
沢山の美味しそうなものが並んでいる。
売れっ子漫画家となっている水山の顔はマスメディアでイケメン扱いになっていた。
だから、若い女性が水山に話しかけている。私はなんだか面白い気がしてきた。
「水山恭一先生ですよね?」
「そうだよ。こんにちは」
水山は丁寧に応対する。女性たちは嬉しそうな声をしていた。
「あの、【朱い瞳の少女 朱莉の事件簿】凄く好きです。応援しています。サインください」
「私も!」
「はい、いいよ」
水山は嬉しそうに女性たちが差し出す、メモ帳に丁寧にサインを書いた。更には握手にも応対した。
私は水山が本当に売れっ子になったのだなと嬉しくなった。
若い女性たちが行った後、水山はデパートを出ようとする。
すると、水山は女性とぶつかった。
「あ。すいません」
「こちらこそ、すいません」
女性の顔をよく見ると、戸松由利亜の母親の文芽だった。
文芽は水山の顔を見ると驚いていた。文芽は水山のことを知っているらしい。
文芽は興奮気味に言う。
「あの。もしかして水山恭一先生ですか?」
「そうですよ。ありがとうございます」
「あの。実はうちの子が漫画のファンでして。すいません。もし、良かったらこの紙にサインもらえますか?」
「あ。いいですよ。娘さんのお名前は?」
「 由利亜っていいます。情けない話ですが、今喧嘩していて」
文芽は少し、頭を掻きながら言った。水山がサインを書きながら言う。
「俺は昔、中学生の教員やっていたんですよ。だから、思春期の子の多少の難しさはわかります。何を考えているのか解りにくい。けど、正面からぶつかっていけば、本人も解ってくれると思いますよ。仲直りできるといいですね」
水山は紙に【ユリアさんへ】と書き、自身のサインを書いた紙を文芽に渡す。
文芽は少し涙目になりながら水山を見る。
「ありがとうございます」
「いいえ。俺も娘がやっと小学校に入ったので、親でいることの難しさを感じます」
「そんなんですね。でも、先生の作品はとても暖かいと思います」
「ありがとうございます。それでは」
水山は文芽と別れると、デパートを出て行った。文芽は書いてもらったサインを少し見つめる。文芽はサインを丁寧にカバンの中に仕舞った。
思い出はそこで見えなくなった。
文芽は本当に由利亜を娘のように思っていたのだろう。
私はますます、トパーズの思い出を見なければいけない使命感に駆られた。
恐らく、文芽はあの後、由利亜に電話をしたかもしれない。
どんな会話をしたのだろう。解らない。けれど、家に帰っていないということは、喧嘩をしてしまったのだろう。
私はお店を開けている最中、ずっとそのことが気になった。
文芽と美砂子の間に何かが遭ったのだろう。そのことが原因で、文芽は由利亜を預かることになった。美砂子は生きているのだろうか。
「すいません。すいませーん」
男性のお客さんに大声で呼ばれた。
「これを見せてほしいのですけど」
お客さんはガラスケースからアクアマリンの指輪を指差した。私は鍵を解錠し、それを取り出す。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
この指輪は前回の南海啓一が持ってきたものとは別の物だ。
新品のものだ。ブランドはティファニーで、アクアマリンの指輪。
お客さんはそれを見つめる。
「失礼ですが、恋人へのプレゼントでしょうか?」
「ええ。まあ、実はプロポーズしようと思っていまして」
「素敵ですね。上手くいくことを祈っております」
私は丁寧にお客さんに言った。お客さんは嬉しそうにする。
「彼女、人魚姫が好きで。アクアマリンって人魚姫っぽいじゃないですか」
「ええ。よくご存知ですね。海水に入れると消えたように溶け込むんです」
私は先日の廣崎真学のことを思い出した。
「そうなんですか!知らなかったです。いや、何となく海っぽいかなと」
「そうなんですね」
私は少しだけ、このお客さんの彼女が井川だったらと思ってしまった。
そんな偶然があるわけじゃないのに。
「今度、また彼女と着ます。いいですか?」
「いいですよ。ご縁があることを祈っております」
お客さんは指輪を宝石受けに置く。
「あの、仮予約って出来ますか?」
「はい。大丈夫ですよ。お名前、いいですか?」
「解りました。名前は 藤崎です」
「藤崎様ですね。お待ちしております」
私は藤崎と名乗るお客さんに一礼をした。藤崎は上機嫌にお店を出て行った。
指輪を丁寧に拭くと、その指輪を別の場所に保管した。
その指輪のケースを袋に入れ、【仮予約 藤崎様 2018/11/12】と書いた紙を貼り付けた。
トパーズの憂鬱 3 (了)
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