プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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トパーズの憂鬱

トパーズの憂鬱14

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 片付けを終え、私は店を閉めた。家路いえじを急ぐ。
 今日のことを思い出した。森本は本当に何時、私のことを好きになったのか。
 やはり解らない。思い当たるのは、高校時代だろう。

 高校時代の私は、中学生と違い、友達を作ったりした。
 何気なく、小さな物事を解決したことがあったような。何故か私はそれを思い出せない。

 それも気になるが、今は美砂子のことだ。
 美砂子と和義は、一緒にならなかった可能性がある。
 じゃあ、可能性としてあるのは、和義の友達の幹正みきまさか。
 それとも。私は思い浮かぶ全ての可能性を考えた。

 自宅に着くと、手を洗い、上着を脱ぐ。急いで留守番電話を再生する。

 再び、春木からの電話があったようだ。

【2018/11/13 18:45。一件の留守番電話を再生します】

『春木です。すいません、川本さん。一週間以内でいいので、昨日の件の回答お願いします。本当にすいません』

【過去を見てほしい】というお客さんのことだ。
 お客さんは何を急いでいるのだろうか。
 考えられるのは、恋人の過去を知りたいのか、由利亜のように本当の家族を知りたいのか。
 急を有しているなら、連絡しなくてはいけない。

 私は春木の携帯電話に架けた。
 数回の呼び出しの末、春木はるきが出る。

【川本さん、電話ありがとうございます】
「あの件で連絡しました。過去を見てほしいお客さんについてです」

 私は緊張しながら言った。

【あの女性の方でして、川本さんが良ければお伺いするそうです】
「そうですか。解りました。今少し立て込んでおりまして、それが終わってからでもいいですか?」
【ああ、大丈夫です。解りました。では、お客さんにお伝えしますね】

 春木はどこか嬉しそうな声色だった。春木に依頼した女性はどんな人なのだろうか。

「ありがとうございます。それではお疲れ様です」
【はい。お疲れ様です!川本さん】

 私は春木との電話を終えた。
 お客さんの目的が何であれ、【過去を見たい】のはその過去の持ち主ではない気がした。
 私はとにかく、今やるべきことがある。

 由利亜の母親、美砂子の過去を見なくてはいけない。
 私はトパーズのネックレスのケースを鞄から出す。

 私は手袋をし、トパーズのネックレスに触れる。
 ゆっくりと思い出は見えてきた。


 美砂子と文芽がカラオケに行っている。
 美砂子が浜崎あゆみの『SEASONS』を歌う。

 文芽がリモコンをいじっている。美砂子の歌声は綺麗だった。
 歌も下手ではなく、高音もしっかりしていた。
 美砂子は歌の歌詞に自分を投影しているようにも見えた。

 歌い終えた美砂子に、文芽が拍手をする。

「お疲れ」
「ありがとう。しかし、すぐに忘れるのって難しいね」

 美砂子は遊作を思い出したのだろう。

 美砂子はまだ遊作を忘れていない。この思い出は2000年11月25日だ。
 昨日の思い出で、11/25に文芽と美砂子が約束したのを見た。
 別れて間もない。けれど、何処かそこまでの落ち込みがないのは、和義のおかげかもしれない。

 美砂子は文芽に和義のことを話したのだろうか。

「まあ、別れてまだ時間も経っていないじゃん。仕方ないよ」

 文芽が言った。次の曲のイントロが流れる。宇多田ヒカルの『addicted to you』だった。
 私は小学生時代を思い出した。懐かしい曲だ。文芽はマイクを取る。

「宇多田ヒカル歌うの難しくない?」

 美砂子が文芽を見た。

「難しいけど、結構好きな曲なんだ」

 文芽は歌い始めた。リズム感も良く、音程も外れない。
 声量もあり、迫力があったのだ。文芽の思わぬ歌唱力に私は驚いた。美砂子も感激しているように見えた。

 一通り歌い終えると、文芽はジュースを飲む。美砂子が言う。

「やっぱ歌上手いね」
「ありがとう。叶井かない遊作ゆうさくって人、最低だね」

 文芽は美砂子から、遊作の話を聞いたのだろう。
 文芽は遊作を軽蔑けいべつしている。表情からそれが現れていた。

「まあ、私も見抜けなかったからね」
「二股掛ける奴が悪いしね。あ、そうだ。私の友達で、女の子紹介してほしいって人がいてね」

 文芽は美砂子の落ち込む様子が耐えられないようだ。美砂子は笑う。

「ありがとう。今はちょっと」
「そう。何かごめんね」
「いいよ。私を気遣ってくれてありがとう!」
どうやら、美砂子は和義のことを話していないようだ。
「あ、そうだ。来年は2001年だね!」

 美砂子は話を変える。文芽は美砂子が無理をしているように見えた。

「うん。無理しなくていいよ!」
「ありがとう。まあ、ずっと落ち込んでいても仕方ないしね。来年はいい年にしたいよね」

 美砂子は2001年への希望を願っていた。美砂子はなんらかの理由で亡くなる。
 文芽がさっき、はっきりと【亡くなった】と言ったのだから。
 見えるか解らないが、私はそれを死の原因を見る。
 正直、気が引けた。でも、由利亜との約束をしたから、止めることは出来ない。

 文芽が言う。

「年末に大学の友達と、バイト先の人達でパーティーやるんだけど、行く?」

 美砂子は考え込んでいる。美砂子はこのパーティーに参加するのだろうか。

「うーん。今はすぐに返事出来ない。ごめん」

 美砂子は笑顔で言った。

「そうか。解った。日時は12/29(土)の19:00なんだ。まだ一ヶ月以上あるから、行く気があったら、私の携帯にメールしてね」
「うん。色々ありがとう。今はゆっくりしたい感じかな」

 美砂子はコーラを飲む。

「そう。解ったよ!さて、歌いますか!」

 文芽はリモコンで曲の番号を押す。流れてきたのは、モーニング娘。の『LOVEマシーン』だった。
 ノリ良いイントロが流れる。文芽はノリノリだった。
 美砂子はそれに笑う。楽しい時間を何時間か過ごしたのだろう。

 思い出は再び切り替わった。


トパーズの憂鬱14(了)
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