プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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トパーズの憂鬱

トパーズの憂鬱30

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 けれど、思い出は良いところで、再び、切り替った。

 切り替った思い出は、寝室のベッドの上で、美砂子と遊作が話をしている場面だった。

「盗聴器を仕掛けたのが神坂みさか和義かずよしの友達の里村さとむら幹正みきまさ。その盗聴器を仕掛けた理由が、順風じゅんぷう満帆まんぱんにいってる神坂への嫉妬か。で、嫌がらせしていたのが亮子か。なんというか酷い話だな。俺は亮子があんなに執念深いと思わなかったよ」

 遊作は心底、澤地を軽蔑した感じだった。美砂子は疲れた顔をしていた。

「うん。澤地さんは……懲役3年になるらしい。でも、出所したときが恐い……」
「大丈夫だ。俺が守る」

 遊作は美砂子を自分の胸に引き寄せる。美砂子は遊作に身をゆだねた。

「じゃあ、一件落着ってことか」
「そうだね」

 美砂子は遊作に笑いかける。
 遊作は嬉しそうに美砂子に覆いかぶさるようにキスをした。
 美砂子は突然のキスに驚きつつも、受け入れた。

「じゃあさ、二人目、作らない?」
「……ごめん。今はまだ」

 美砂子は少し困惑した。それは何かを心配しているように見えた。

「そうか。ごめん。色々、あるもんな。無理言ってごめん」

 遊作は少ししゅんとしているように見えた。

「ありがとう。ごめん」
 
 美砂子は遊作の胸に身をゆだね、目を瞑った。遊作は美砂子の髪をでて、遠くを見つめた。
 私は遊作のその目がなんだか気になって仕方なかった。

 もうすぐ思い出が終わる気がした。
 何かの嫌な予感は消えず、私はその続きを見るのが恐い気がしてきた。

 私の心労しんろうなどお構いなしに、思い出は切り替った。

 今度は美砂子が警察署で、刑事と話している場面だった。
 刑事の名前は解らないが、精悍せいかんな顔をしており、重みがあるようにみえた。恐らく50代くらいだろう。

「叶井美砂子さん、今日はご足労をありがとうございます。澤地容疑者について、いくつかお話がありまして」
「お話?」

 美砂子は心配そうに刑事の顔を見る。刑事は咳払いをし、口を開く。

「澤地容疑者は、貴女の旦那様の叶井遊作さんをめぐってかつて、恋敵こいがたきでしたよね?」
「はい。そうですが。それが理由で、澤地さんは私が神坂みさか和義かずよしさんと結婚している際にも、一歩間違ったら大変なことになる嫌がらせをしてきました……」

 美砂子は嫌なことを思い出し、苦々しい表情を浮かべた。刑事は少し申し訳なさそうな顔を浮かべた。

「実は、澤地の供述きょうじゅつで気になることがありまして。あなたの旦那様の叶井遊作さんの普段のご様子をいくつか教えてくださいますか?」
「普段の様子?いたって一般的な家庭を持つ男性と変わりないです。ただ、独身時代、私と澤地さんを二股していたことがありました。その時は、凄く優柔ゆうじゅう不断ふだんな人だなと。けれど、澤地さんを振り切って、今は戻ってきているので自分の意思がはっきりしている人なのかなと見直しました」

 美砂子は遊作を思い出しながら言った。その表情は柔らかく、愛しい人を思い出している様子だった。
 刑事は神妙しんみょうな面持ちで、美砂子を見た。
 私は刑事のこれから言う言葉が、なんとなく嫌な予感がした。

「叶井美砂子さん、ありがとうございます。これからお話する内容は、澤地の精神状態がまともか否かの判断がし辛いので、疑惑程度に収めてください」
「一体何のことでしょうか?」
「実はですね。澤地が言うには、美砂子さんが神坂和義さんとご結婚されていた際の嫌がらせが、叶井遊作の主導で行われていたということです。澤地が言うには、【美砂子に嫌がらせしたら、結婚してやる】と叶井遊作から言われたそうで」

 美砂子は刑事の言葉に動きを止めた。
 徐々に美砂子の顔色が青ざめていくのが解った。
 美砂子は肩を震わせ、目を見開く。その目には涙と、絶望の色が見えた。
 嫌がらせの主犯は、【叶井遊作】だった。私はつくづく、叶井遊作に吐き気がした。
 美砂子は言葉を失い、ただ震え、涙を流した。刑事が心配する。

「美砂子さん、大丈夫ですか?」
「……はい。あの、私はどうしたら」
「非常に難しいかと思われますが、本当のことがはっきりとするまで、叶井遊作とは別居したほうがいいかと。勿論、事件のことは警察にお任せください。家庭内のことは、できる限りご自身でお願いできますか。弁護士等のご紹介はできますので、そちらはご安心ください。本日はご足労ありがとうございました。私の部下に家まで送らせます」
「あ、いいです。一人で帰れます」

 美砂子は必死で正気を保とうとしていた。その姿が痛々しく、私は胸が痛くなった。
 何故、美砂子はこんなにも苦しまなければならないのか。
 美砂子を追い詰める、遊作に私は心底、絶望した。

 胸糞むなくその悪い思い出に口直しをしたくなった。
 私はこの後が嫌なことしかないのを薄々感づいていた。
 その答え合わせをするかのように、思い出は切り替った。

トパーズの憂鬱30 了
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