プロビデンスは見ていた

深月珂冶

文字の大きさ
140 / 188
琥珀の慟哭

琥珀の慟哭61

しおりを挟む
 
  楠田は自身の家族を思っているのだろうか。

「俺は少し陸さんが羨ましいです。俺を心配してくれる家族はいません。だから俺がどうなろうと心配してくる人なんていないのです」
  
  華子は楠田を見る。楠田は少しだけ寂しそうな顔をしていた。華子は微笑んだ。

「南田君。私はね、あなたのことを本当の息子のように心配しているわ。だから、
 あなたが何か困っていたり、苦しんでいたら教えてほしいの」
 
  華子は心からの言葉を発しているように思えた。
  楠田は目に涙を貯めて、華子を見た。

「華子さん……ありがとう」
「いいのよ。あなたも幸せになる権利があるのよ。罪は消えない。だけれど、悔いて生きることはできる。私はあなたの力になりたい」

  華子は楠田の手を握る。楠田は嗚咽し、華子の手を握り返した。
  楠田にとっての華子はかけがえのない存在になっていたのだろう。
  華子のために楠田は生きようとも思っていたかもしれない。楠田は華子の手を離すと、真剣な表情で言う。

「華子さん。過去を見てしまったからには俺の話を聞いてください。俺は華子さんに生きていてほしいんです」
「大げさよ。まあ、これまでも命を狙われたことはあるのよ。磯貝さんと陸が薬を使って私を殺すかもしれないってことでしょう?」

  楠田はゆっくりと首を縦に振った。華子は楠田と目を反らさなかった。

「具体的な話を磯貝さんと陸は話していたの?」
「はい。俺がこの計画書から見えたのは、磯貝さんが陸さんに薬を渡し、華子さんの食べ物もしくは飲み物にこっそり少しずつ入れていけって。つまり、徐々に弱らせて病に伏せさせる」
「信じたくはないけど。南田君が言うならね」

  華子は少し驚いているように見えた。
  けれど、華子は楠田の言葉を信じ、楠田の目を見た。

「磯貝さんと陸さんから、渡された食べ物や飲み物は口にしないでください」
「あ、そういえば磯貝さんから手土産を貰ったわ。これよ」

  華子はカバンから饅頭の箱を出してきた。楠田はこの箱を見て、表情を曇らせた。

「これです。この饅頭に砒素《ひそ》が入っています。俺が見たのは、それです」

  華子は真剣な表情をしている。
 きっと楠田も言いたくないことだったのだろう。華子は静かに黙り込んだ。

「本当に。入っているのね?」
「ええ。入れていました………それは食べないほうが」

  華子は沈黙し、饅頭の箱を開封する。
  個包装されている饅頭の一個を開封した。
  華子はそれをまじまじと見る。楠田もその様子を見た。

「見た目だけではわからないね。これ」
「そうですね。臭いは?確か砒素はニンニクの臭いに似ていると聞いたことが」
「ニンニク?どうかな」

  華子は饅頭の臭いをかぐ。他の客は華子と楠田が饅頭を開け、臭いを嗅ぐ様子を怪訝に見つめた。

「うーん。解らないけど、それっぽい臭いは……するね」

  華子は楠田に饅頭を差し出す。楠田は華子から饅頭を受け取り、それの臭いを嗅ぐ。

「そうですね。しますね」
「南田君の言うとおりね」

  華子はより一層落ち込んでいるように見えた。楠田は励ましの言葉をどのように掛けるべきか迷っていた。
  華子はそれに気付いたのか笑う。

「南田君。私は大丈夫よ」
「そうですか。約束してください。何かあったら俺に言ってください。俺、華子さんの力になります」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」
「華子さん!」
「南田君。私の問題に南田君を巻き込みたくないのよ」
「……華子さん。俺は華子さんが大事なのです」

  楠田は苦々しい表情を浮かべた。華子はそれをじっと見つめる。

「解った。じゃあ、私が助けてほしいときは南田君に連絡をするよ」
「解りました。必ず連絡をください」

  楠田は嬉しそうにした。楠田にとって華子の存在が大きくなっていたのだろう。
  つくづく、この事件の真相を知るのが恐い。
  徐々にそれが近づいているのが解る。私は息を飲んだ。
  思い出は再び切り替り、今度は華子が祐と元運転手の宮城の三人で話をしている場面だった。会社の一室のようだ。

琥珀の慟哭61 了
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...