短編集

裏歩人

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花よりも君が好きだった

忘れられた少女

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次に目が覚めた時。前に目が覚めた場所とは少しだけ景色が変わっていた。目の前には相変わらず野原が広がっているけれど、後ろに見えていた団地が横に見えている。
目の前の野原で遊ぶ少年たちの中に彼の姿を見つけることはできない。そういえば、前に目覚めた時も野原で遊んでいるところは見かけなかったんだったな。夕方になったら、彼は来てくれるだろうか。夕方になり、現れた彼は黒い服に身を包んでいた。少し大きめに見えるそれを着ているところを初めて見た。
しかし、彼は私を見てはくれなかった。なぜだろう。私に気が付いて。お願い、以前目覚めていた時のように私を見て。お願い。どうかまた話を聞かせて。そう願いながら、その日は陽が落ち、登った。

何度日が暮れ、登っても彼はこちらを見てはくれない。そんな中、私は眠る前のことを思い出していた。
「彼の笑顔が見たい」、私はそう思っていた。私に声をかけてくれない彼の代わりに、遠くを歩く彼は笑顔だった。そんな風に笑えるのか。私がいなくても楽しく笑うことができるのなら、私のところに来なくていい。その笑顔を私にも見せてくれ。それだけで十分だ。私はそう自分に言い聞かせながら、毎日夕方より少し早い時間に笑いながらほかの少年と歩く姿を見ていた。

ある日、少年がいつもの時間になっても現れない時があった。どうしたのだろうとひどく不安になったことを鮮明に覚えている。夕方になってからやっと彼は現れた。蕾を付けた私に、彼は話しかけてくれた。「『きょねん』の花だ」と。嗚呼、やっと、やっと気が付いてくれた。やはり、少しばかり場所が違うのだろうか。それでも君は気が付いてくれる。
それからは毎日のように私に話しかけてくるようになった。今年から「ちゅうがっこう」に通っていること。黒い服は「せいふく」という決まった服であること。少し大きいのだということ。勉強が楽しいのだということ。もう、いじめられていないのだということ。でも、お母さんは相変わらずなかなか帰ってきてくれないこと。陽が落ちてくるころは非常に寒くなったね、ということ。
なんでも話してくれた。それを聞いているのも私の呼びかけに応じてくれるのも、とてもうれしいことだった。言葉も覚えられなかった私に色々なことを教えてくれた。
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