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「鈴村さん! おはざまっす!」
「やだ~シュウジくん、今日も元気ね~?」
「いつも元気っすよ! 今日は園田さん、よろしくっす!」
「お願いしますー」
シュウジは園田を連れて、奥のセット面へと軽快に歩いていく。
すると、入れ替わるようにしてアイがゆっくりと歩いてきたのだ。
ヒールの音が床に軽く響き、空気が少しだけ引き締まる。
「お待たせいたしました、鈴村さま。―――今日はどんな感じにいたしましょう?」
「えっとね~、前よりちょっと明るくしてほしくて……春っぽく軽く?」
「ふふ、いいわね。じゃあ少しハイライトを足して、動きを出しましょうか」
「さすがアイさん! そういうのが言いたかったの!」
アイは軽やかに笑い、鈴村の肩にそっと手を添える。
その自然な所作に、美桜は見惚れてしまいそうになっていた。
「ではこちらへどうぞ。―――美桜ちゃん、ありがとう」
「鈴村さま、いってらっしゃいませ」
手を前で合わせ、美桜が軽く頭を下げる。
心中では、
(すごい……アイさんの声のトーンも動きも……全部が次元が違って見えた)
初めて見る『プロ』の動きに、美桜の背筋が自然と伸びる。
(あんなふうにできたら……お客さん、きっと安心するんだろうな)
胸の奥が熱くなるのを感じながら、美桜はカウンターへと戻る。
そして指先を伝票の上で滑らせながら、心の中で小さく誓ったのだ。
(私も、いつか『この店の顔』って言われるようになるくらい……がんばりたいな)
その思いを胸に込めた直後、カウンターにある電話のベルが鳴り始めた。
「はい、〈Re:veil〉でございます。……はい、ご予約ですね? お名前をお願いいたします。……田島さま、いつも〈Re:veil〉をご利用いただき、ありがとうございます。担当をお調べいたしますので少々お待ちくださいませ」
美桜はファイルを素早くめくり、指先で担当欄を追う。
「……お待たせいたしました。田島さまの担当はダイチでございますね。ご希望のお日にちは―――はい、2週間後の水曜日。午後1時からでしたら空いております。……カットのみでございますね、かしこまりました。それでは、ご来店を心よりお待ちしております」
受話器を静かに置くと同時に、ドアベルがカランと鳴る。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客さまでしょうか?」
「あ……いえ、飛び込みでもいけますか?」
「申し訳ございません。当店は紹介制となっておりまして……どなたか当店をご利用くださっているお客さまの紹介はございますか?」
「あ、そうなんですね……いえ、たまたま通りかかったんです。雰囲気がよかったので……」
女性は少し残念そうに笑い、あとずさりをする。
「せっかくお越しいただいたのに、申し訳ございません」
美桜は深く頭を下げた。
その声には形式ばったものではない、本心が滲んでいる。
「いえいえ、こちらこそ突然で……またご縁があれば」
女性はそのままドアへと向かい、カラン―――と、ドアベルが鳴った。
去って行く女性の背中を見送りながら、美桜は胸の奥に小さな痛みを覚える。
(紹介制だから仕方ないけど……断るのってつらい)
そのとき、背後から静かに声がかけられた。
「今の対応、よかったわよ」
振り向くとそこに、アイが立っていたのだ。
「……ありがとうございます」
「『紹介制』の美容院は少ないけどあるの。それだけ信用を大事にしてるってことなのよ」
「信用……ですか」
「そう。まぁ、変なお客さまはあまりいないけど、誰でも彼でも受け入れていると、必ず問題が起こるわ。その問題を未然に防ぐためにも、紹介制を導入してあるの」
アイの言葉には、説得力があった。
まだ完全に理解はできないものの、なぜかうなずいてしまう。
「なるほど……」
「ま、夕方までしか営業してないから、そもそもキャパオーバーにならないようにしてるってのもあるわ。……さぁ、さっきのお電話の予約、日付ファイルに線いれちゃってね」
「あ、はいっ」
美桜は慌ててペンを取り、アイに言われたとおり日付ファイルに線を入れていく。
―――2週間後の水曜日 午後1時―――
ダイチの欄に、1時間と10分ぶんのバーを引いた。
「こう……ですね?」
「ええ、正解よ。線がまっすぐできれいね。性格かしら?」
アイは口元をゆるめ、軽くうなずいたあと時計にちらりと目をやった。
「さて、ちょっと戻るから何かあったら遠慮なく声をかけてね」
「はいっ!」
アイの後姿を見送ると同時に、またドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
こうして美桜の初仕事は、息をつく暇もないほど慌ただしく過ぎていった。
予約の電話は機を見計らったかのように鳴り、終わると会計がやってくる。
合間には次の来店者を案内し、伝票も整える。
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
初日とは思えないほどの集中力で次から次へと業務をこなしていくが、不思議と苦ではなかった。
それは『竜也のために働く』のではなく、『自身のために』働いているからかもしれない。
「やだ~シュウジくん、今日も元気ね~?」
「いつも元気っすよ! 今日は園田さん、よろしくっす!」
「お願いしますー」
シュウジは園田を連れて、奥のセット面へと軽快に歩いていく。
すると、入れ替わるようにしてアイがゆっくりと歩いてきたのだ。
ヒールの音が床に軽く響き、空気が少しだけ引き締まる。
「お待たせいたしました、鈴村さま。―――今日はどんな感じにいたしましょう?」
「えっとね~、前よりちょっと明るくしてほしくて……春っぽく軽く?」
「ふふ、いいわね。じゃあ少しハイライトを足して、動きを出しましょうか」
「さすがアイさん! そういうのが言いたかったの!」
アイは軽やかに笑い、鈴村の肩にそっと手を添える。
その自然な所作に、美桜は見惚れてしまいそうになっていた。
「ではこちらへどうぞ。―――美桜ちゃん、ありがとう」
「鈴村さま、いってらっしゃいませ」
手を前で合わせ、美桜が軽く頭を下げる。
心中では、
(すごい……アイさんの声のトーンも動きも……全部が次元が違って見えた)
初めて見る『プロ』の動きに、美桜の背筋が自然と伸びる。
(あんなふうにできたら……お客さん、きっと安心するんだろうな)
胸の奥が熱くなるのを感じながら、美桜はカウンターへと戻る。
そして指先を伝票の上で滑らせながら、心の中で小さく誓ったのだ。
(私も、いつか『この店の顔』って言われるようになるくらい……がんばりたいな)
その思いを胸に込めた直後、カウンターにある電話のベルが鳴り始めた。
「はい、〈Re:veil〉でございます。……はい、ご予約ですね? お名前をお願いいたします。……田島さま、いつも〈Re:veil〉をご利用いただき、ありがとうございます。担当をお調べいたしますので少々お待ちくださいませ」
美桜はファイルを素早くめくり、指先で担当欄を追う。
「……お待たせいたしました。田島さまの担当はダイチでございますね。ご希望のお日にちは―――はい、2週間後の水曜日。午後1時からでしたら空いております。……カットのみでございますね、かしこまりました。それでは、ご来店を心よりお待ちしております」
受話器を静かに置くと同時に、ドアベルがカランと鳴る。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客さまでしょうか?」
「あ……いえ、飛び込みでもいけますか?」
「申し訳ございません。当店は紹介制となっておりまして……どなたか当店をご利用くださっているお客さまの紹介はございますか?」
「あ、そうなんですね……いえ、たまたま通りかかったんです。雰囲気がよかったので……」
女性は少し残念そうに笑い、あとずさりをする。
「せっかくお越しいただいたのに、申し訳ございません」
美桜は深く頭を下げた。
その声には形式ばったものではない、本心が滲んでいる。
「いえいえ、こちらこそ突然で……またご縁があれば」
女性はそのままドアへと向かい、カラン―――と、ドアベルが鳴った。
去って行く女性の背中を見送りながら、美桜は胸の奥に小さな痛みを覚える。
(紹介制だから仕方ないけど……断るのってつらい)
そのとき、背後から静かに声がかけられた。
「今の対応、よかったわよ」
振り向くとそこに、アイが立っていたのだ。
「……ありがとうございます」
「『紹介制』の美容院は少ないけどあるの。それだけ信用を大事にしてるってことなのよ」
「信用……ですか」
「そう。まぁ、変なお客さまはあまりいないけど、誰でも彼でも受け入れていると、必ず問題が起こるわ。その問題を未然に防ぐためにも、紹介制を導入してあるの」
アイの言葉には、説得力があった。
まだ完全に理解はできないものの、なぜかうなずいてしまう。
「なるほど……」
「ま、夕方までしか営業してないから、そもそもキャパオーバーにならないようにしてるってのもあるわ。……さぁ、さっきのお電話の予約、日付ファイルに線いれちゃってね」
「あ、はいっ」
美桜は慌ててペンを取り、アイに言われたとおり日付ファイルに線を入れていく。
―――2週間後の水曜日 午後1時―――
ダイチの欄に、1時間と10分ぶんのバーを引いた。
「こう……ですね?」
「ええ、正解よ。線がまっすぐできれいね。性格かしら?」
アイは口元をゆるめ、軽くうなずいたあと時計にちらりと目をやった。
「さて、ちょっと戻るから何かあったら遠慮なく声をかけてね」
「はいっ!」
アイの後姿を見送ると同時に、またドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
こうして美桜の初仕事は、息をつく暇もないほど慌ただしく過ぎていった。
予約の電話は機を見計らったかのように鳴り、終わると会計がやってくる。
合間には次の来店者を案内し、伝票も整える。
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
初日とは思えないほどの集中力で次から次へと業務をこなしていくが、不思議と苦ではなかった。
それは『竜也のために働く』のではなく、『自身のために』働いているからかもしれない。
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