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5 高校生とお年寄り
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ヨルとの生活が落ち着いたある日。
ふと気になることがあってマスターは夜までカフェに残っていた。
一度閉めたカフェの鍵を開け、電気をつけていく。
「今日は遅くに誰かが来そうな気がしますね。」
そんな予感からカフェを開けておいたまま、マスターは試作品の作成に取り掛かることにした。
この前作ったミニパフェの続きだ。
「女性向け・・・ということにして少しクラシックな感じにしてみましょうか。」
ダークな色合いをメインにすることを決め、冷蔵庫から取り出していく。
ビターチョコにブラックベリーソース、バニラモカアイスにバニラムース・・・
たくさんの材料を取り出して眺め、シャンパングラスに入れていった。
「もっと小さいグラスでもよさそうですね。」
夜に食べるには少し罪悪感ができてしまうメニュー。
がっつり食べるなら敬遠されてしまいそうだがほんの少しなら許容範囲に収まりそうだった。
「最後の飾りはおしゃれに金粉にしましょう。」
金粉の入った小瓶を取り出し、ピンセットを使ってパラっ・・と、ふりかける。
ほんの少しのアクセントだけど、パフェ全体がキュッと締まった印象に変わるのだ。
「うん、これを常連さんに試食として食べてもらって感想を聞きましょう。」
思った通りに作り終えたとき、カフェの扉が開く音が聞こえてきた。
カランカランと、軽い音だ。
「いらっしゃいませ。」
扉に目を向けるとそこにマスターの見知った女性が立っていた。
ブルージーンズに薄いピンクのダウンジャケットを羽織った40代くらいのこの女性は、決まった曜日にやってくる人なのだ。
「おや、いつも木曜日に来て下さる方じゃないですか。」
そう言うと女性は中をぐるっと見回しながら口を開いた。
「ここ、夜もしてたんですか?」
普段、昼の3時までしか営業してないと思っていた店。
夜に電気がついていたことから、この女性は扉を開けたようだ。
「時々夜も開けてるんですよ。・・よかったらお座りください。」
ここで帰れば、今日のお客はこの人ではない。
座れば今日のお客はこの人になるのだ。
どっちだろうといつも通りの仕事をするマスターにとっては構わないことだったが、ちらっと時計を見ると時間は21時。
どうやらこの人が今日のお客のようだ。
「あー・・じゃあアイスティーをストレートで。」
「かしこまりました。」
女性は店の中に入り、カウンター席についた。
紅茶の茶葉を計っていくマスターの所作をじっと見つめてる。
「・・・今日、買い物行ってきたんです。」
じっと見ながら女性はぽつぽつと話し始めた。
普段、専業主婦をしてる女性は今日、いつもより少し遠くにあるスーパーに足を運んだそうだ。
その理由は・・・
「今日、そのスーパーが特売日で・・・いつもよりトータル千円くらい安く済みそうだったんですよ。もうこれは主婦の性というか、安いとこに行きたくなってしまうんですよねー・・・。」
家計を担ってることが多い主婦。
少しでも節約するため、日々苦労してることもあるのだ。
「でも安いものが多くていつもより多く買っちゃったんですよねー。いつもなら片手で持てる袋分くらいしか買わないんですけど、今日は両手に袋を持つ羽目になってしまって・・・」
ついつい買いすぎてしまうのも主婦の性。
『作り置き』や『晩御飯に一品プラス』を考えて買いすぎてしまう。
「でね?両手に荷物持って歩いてたら、私と同じような状況になってしまってるお年寄りの方がいたんですよ。袋を引きずるようにしてゆっくり歩いてるお年寄りの女性が。荷物を持ってあげたらよかったんですけど、私も両手にいっぱいでそんな声をかける余裕もなくて・・・」
女性は視界に入ったお年寄りを気遣いたいものの、自分じゃどうしようもないことにも気づいていた。
声をかけることしかできないのなら、このまま見なかったことにしようと思ったのだ。
でも・・・
「高校生くらいの男の子・・・が、二人、そのお年寄りに駆け寄っていったんですよ。ただ急いでいて追い越すのかなと思ってたんですけど、二人はお年寄りに話しかけ始めて・・・」
背の高かった高校生らしき男の子二人のうち一人が身を屈めてお年寄りに話しかけたそうだ。
『おばぁちゃん、荷物持つよ』と。
「そしたらもう一人の男の子が少し・・小馬鹿にするように言ったんです。『お前、馬鹿じゃねーの?』って。・・まぁ、思春期の男の子ですからね、恥ずかしいって気持ちが勝つだろうなと思ってたんです。でも・・・」
なんともう一人の男の子はお年寄りの手にあった買い物袋をそっと掴んでこう言ったそうだ。
『お姉さん、重たいものは俺たち男が持ちますよ。』と。
「もうそれを見て私、この国で生まれて育ってよかったと思いましたよ。日本の未来は暗いとか言われる時もありますけどあんな純粋な若者たちがいるんですから。」
嬉しそうに話す女性に、マスターは作り立てのアイスティーをカウンターに置いた。
そして女性はアイスティーを一気飲みするように飲み干し、鞄から財布を取り出した。
「400円ですよね?」
そう言って女性は財布から百円玉を四枚取り出し、アイスティーのグラスの側に置いた。
「早く帰らないと怒られちゃう。・・・ちょっと友達に呼ばれて出てきた帰りなんですよ。」
家で旦那が待ってる女性は急ぐようにして扉に向かった。
そして取っ手に手をかけたとき、言い忘れたことがあったかのように口を開いた。
「・・・あ、そのお年寄りの方なんですけどね、嬉しそうに『やだもう、お姉さんなんて年じゃないわよ』って言ってたんですよ。私が声をかけてたら遠慮とかしちゃったんだじゃないかなと思ったら、あの高校生たちが声をかけてくれてよかったなと思います。」
そう言って扉を開けた。
「きっとそのお年寄りの女性は、誰に声をかけてもらっても嬉しかったと思いますよ?『生きにくい世の中』と言われる時もありますけど、他者を気遣える人が多いのがこの国の特徴でもありますしね。」
「・・・そうですね。」
マスターの声を聞いた女性は少し微笑みながら帰って行ったのだった。
「・・・そうですね、他者を気遣えるからこの国での落し物は殆ど見つかりますし、質のいいサービスが受けられたりするんですよね。」
でもそれが当たり前だと思って胡坐をかく人もいる。
人が人を気遣い、思うからこそ生まれ、引き継がれていく尊重の心。
それはいつまでも大切にしたいものなのだ。
「・・・さて、ヨルも待ってますし、今日は帰りますか。」
もう人が来るような気配を感じないマスターは鍵を閉め、電気を消していったのだった。
「『カフェ、夜の部』、本日は終了です。」
ヨルとの生活が落ち着いたある日。
ふと気になることがあってマスターは夜までカフェに残っていた。
一度閉めたカフェの鍵を開け、電気をつけていく。
「今日は遅くに誰かが来そうな気がしますね。」
そんな予感からカフェを開けておいたまま、マスターは試作品の作成に取り掛かることにした。
この前作ったミニパフェの続きだ。
「女性向け・・・ということにして少しクラシックな感じにしてみましょうか。」
ダークな色合いをメインにすることを決め、冷蔵庫から取り出していく。
ビターチョコにブラックベリーソース、バニラモカアイスにバニラムース・・・
たくさんの材料を取り出して眺め、シャンパングラスに入れていった。
「もっと小さいグラスでもよさそうですね。」
夜に食べるには少し罪悪感ができてしまうメニュー。
がっつり食べるなら敬遠されてしまいそうだがほんの少しなら許容範囲に収まりそうだった。
「最後の飾りはおしゃれに金粉にしましょう。」
金粉の入った小瓶を取り出し、ピンセットを使ってパラっ・・と、ふりかける。
ほんの少しのアクセントだけど、パフェ全体がキュッと締まった印象に変わるのだ。
「うん、これを常連さんに試食として食べてもらって感想を聞きましょう。」
思った通りに作り終えたとき、カフェの扉が開く音が聞こえてきた。
カランカランと、軽い音だ。
「いらっしゃいませ。」
扉に目を向けるとそこにマスターの見知った女性が立っていた。
ブルージーンズに薄いピンクのダウンジャケットを羽織った40代くらいのこの女性は、決まった曜日にやってくる人なのだ。
「おや、いつも木曜日に来て下さる方じゃないですか。」
そう言うと女性は中をぐるっと見回しながら口を開いた。
「ここ、夜もしてたんですか?」
普段、昼の3時までしか営業してないと思っていた店。
夜に電気がついていたことから、この女性は扉を開けたようだ。
「時々夜も開けてるんですよ。・・よかったらお座りください。」
ここで帰れば、今日のお客はこの人ではない。
座れば今日のお客はこの人になるのだ。
どっちだろうといつも通りの仕事をするマスターにとっては構わないことだったが、ちらっと時計を見ると時間は21時。
どうやらこの人が今日のお客のようだ。
「あー・・じゃあアイスティーをストレートで。」
「かしこまりました。」
女性は店の中に入り、カウンター席についた。
紅茶の茶葉を計っていくマスターの所作をじっと見つめてる。
「・・・今日、買い物行ってきたんです。」
じっと見ながら女性はぽつぽつと話し始めた。
普段、専業主婦をしてる女性は今日、いつもより少し遠くにあるスーパーに足を運んだそうだ。
その理由は・・・
「今日、そのスーパーが特売日で・・・いつもよりトータル千円くらい安く済みそうだったんですよ。もうこれは主婦の性というか、安いとこに行きたくなってしまうんですよねー・・・。」
家計を担ってることが多い主婦。
少しでも節約するため、日々苦労してることもあるのだ。
「でも安いものが多くていつもより多く買っちゃったんですよねー。いつもなら片手で持てる袋分くらいしか買わないんですけど、今日は両手に袋を持つ羽目になってしまって・・・」
ついつい買いすぎてしまうのも主婦の性。
『作り置き』や『晩御飯に一品プラス』を考えて買いすぎてしまう。
「でね?両手に荷物持って歩いてたら、私と同じような状況になってしまってるお年寄りの方がいたんですよ。袋を引きずるようにしてゆっくり歩いてるお年寄りの女性が。荷物を持ってあげたらよかったんですけど、私も両手にいっぱいでそんな声をかける余裕もなくて・・・」
女性は視界に入ったお年寄りを気遣いたいものの、自分じゃどうしようもないことにも気づいていた。
声をかけることしかできないのなら、このまま見なかったことにしようと思ったのだ。
でも・・・
「高校生くらいの男の子・・・が、二人、そのお年寄りに駆け寄っていったんですよ。ただ急いでいて追い越すのかなと思ってたんですけど、二人はお年寄りに話しかけ始めて・・・」
背の高かった高校生らしき男の子二人のうち一人が身を屈めてお年寄りに話しかけたそうだ。
『おばぁちゃん、荷物持つよ』と。
「そしたらもう一人の男の子が少し・・小馬鹿にするように言ったんです。『お前、馬鹿じゃねーの?』って。・・まぁ、思春期の男の子ですからね、恥ずかしいって気持ちが勝つだろうなと思ってたんです。でも・・・」
なんともう一人の男の子はお年寄りの手にあった買い物袋をそっと掴んでこう言ったそうだ。
『お姉さん、重たいものは俺たち男が持ちますよ。』と。
「もうそれを見て私、この国で生まれて育ってよかったと思いましたよ。日本の未来は暗いとか言われる時もありますけどあんな純粋な若者たちがいるんですから。」
嬉しそうに話す女性に、マスターは作り立てのアイスティーをカウンターに置いた。
そして女性はアイスティーを一気飲みするように飲み干し、鞄から財布を取り出した。
「400円ですよね?」
そう言って女性は財布から百円玉を四枚取り出し、アイスティーのグラスの側に置いた。
「早く帰らないと怒られちゃう。・・・ちょっと友達に呼ばれて出てきた帰りなんですよ。」
家で旦那が待ってる女性は急ぐようにして扉に向かった。
そして取っ手に手をかけたとき、言い忘れたことがあったかのように口を開いた。
「・・・あ、そのお年寄りの方なんですけどね、嬉しそうに『やだもう、お姉さんなんて年じゃないわよ』って言ってたんですよ。私が声をかけてたら遠慮とかしちゃったんだじゃないかなと思ったら、あの高校生たちが声をかけてくれてよかったなと思います。」
そう言って扉を開けた。
「きっとそのお年寄りの女性は、誰に声をかけてもらっても嬉しかったと思いますよ?『生きにくい世の中』と言われる時もありますけど、他者を気遣える人が多いのがこの国の特徴でもありますしね。」
「・・・そうですね。」
マスターの声を聞いた女性は少し微笑みながら帰って行ったのだった。
「・・・そうですね、他者を気遣えるからこの国での落し物は殆ど見つかりますし、質のいいサービスが受けられたりするんですよね。」
でもそれが当たり前だと思って胡坐をかく人もいる。
人が人を気遣い、思うからこそ生まれ、引き継がれていく尊重の心。
それはいつまでも大切にしたいものなのだ。
「・・・さて、ヨルも待ってますし、今日は帰りますか。」
もう人が来るような気配を感じないマスターは鍵を閉め、電気を消していったのだった。
「『カフェ、夜の部』、本日は終了です。」
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