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急に告白やめて
「ごきげんよう、皇子様。本日の授業を始めさせて……」
「アイラ」
レオンは、私の言葉を遮った。なんだろう?
「貴様、昨日、母上(フェリシア様)の侍女長に、何かされたんだろう」
「……!」
「貴様の部屋から、侍女長が何か小さな箱を持って帰るのを見た」
この子は見ている。後宮の隅々まで。そして、私がフェリシア様に、何かを握られたことにも気づいている。
「……皇子様には、関係のないことですわ」
「関係なくない。貴様、我の教育係だ」
レオンは寝椅子から、すっくと立ち上がった。十歳の少年とは思えない威圧感。やはり、皇帝陛下によく似ている。たとえ、血が繋がっていなくても、フェリシア様がそうなるように育てたのだ。
「アイラ。我は、貴様が、他の女たちと違うと思う」
「……と、申されますと?」
「他の女たちは、僕を『皇太子候補』として見るか、『母上の駒』として見るか、そのどっちかだ。父上だって、我を『フリード兄上の代わり』としか見ていない。……でも、貴様は違う」
「……」
「アイラは、我をただの『レオン』として叱ろうとする。あの、インク壺を投げた時も我を怖がらなかった」
それは違う。怖かった。けれど、それ以上に、この子の歪んだ孤独が哀れで腹立たしかったのだ。
「……皇子様」
「我は、あなたが好きだ」
唐突な言葉だった。 空気が、しんと静まり返る。十歳の少年からの告白。
(好き?)
私の心は、氷のように冷えていった。この子は、わかっているのだろうか。好きという言葉の本当の意味を。それとも、これもフェリシア様の差し金? 私を懐柔して私の持つ何かを探るための芝居?
「……光栄ですわ、皇子様」
私は、側室としての笑みを浮かべた。侍女たちを魅了し、皇帝陛下を満足させてきた美しいだけの仮面。
「皇子様に、そのように思っていただけるなんて。わたくし教育係として、冥利に尽きます」
「……違う」
レオンは、私のその笑顔を見て顔を歪めた。
「そんな顔で言うな。アイラは、嬉しくないのか!」
(はい、全然嬉しくありません。好きでもないし、可愛げ欠乏症の子に言われても反応に困るわ)
「いいえ、とても嬉しいですわ。さ、授業を始めましょう。今日は、外交史の……」
「やめだ!」
レオンは叫んだ。はい出ました、今日も元気にわがままフィーバー。
「もう、いい! どうせ、アイラも同じだ! 母上と同じ嘘つきだ! 出ていけ!」
彼は、私から顔を背け、再び寝椅子にうずくまってしまった。
(ごめんなさい、皇子様。わたくしの心は、もう、フリード様だけのものなのです。あなたに、嘘でも好きと返すことなどできない。わたくしは、あなたを利用するフェリシア様と、同じにはなりたくないから)
私は、心の中で小さく謝った。
「――まあ、アイラ様。レオン皇子に、また追い出されてしまって?」
翡翠宮に戻る途中、庭園で第二側室のカトリーヌ様に呼び止められた。彼女は、優雅に薔薇の花を摘みながら、私を見てくすくすと笑っている。
「お茶でも、いかが? あなたに少し、お耳に入れておきたいことがありましてよ」
カトリーヌ様の宮は、相変わらず燃えるような赤色と、眩い金色で満ち溢れていた。
「……わたくしに、お話とは?」
私が警戒心を解かずにいると、カトリーヌ様は、ふうとため息をついた。
「そんなに、構えないでちょうだいな。わたくしは、あなたに貸しを作ったままじゃ、どうにも寝覚が悪くてね。……侍女のセリーナのことよ」
「……」
「あの子を、炎の中から助け出してくれたこと、感謝しているわ。……だから、これは、そのお礼」
カトリーヌ様は、淹れたての紅茶を一口飲むと、その猫のような瞳で私の心を覗き込むように見つめてきた。
「アイラ」
レオンは、私の言葉を遮った。なんだろう?
「貴様、昨日、母上(フェリシア様)の侍女長に、何かされたんだろう」
「……!」
「貴様の部屋から、侍女長が何か小さな箱を持って帰るのを見た」
この子は見ている。後宮の隅々まで。そして、私がフェリシア様に、何かを握られたことにも気づいている。
「……皇子様には、関係のないことですわ」
「関係なくない。貴様、我の教育係だ」
レオンは寝椅子から、すっくと立ち上がった。十歳の少年とは思えない威圧感。やはり、皇帝陛下によく似ている。たとえ、血が繋がっていなくても、フェリシア様がそうなるように育てたのだ。
「アイラ。我は、貴様が、他の女たちと違うと思う」
「……と、申されますと?」
「他の女たちは、僕を『皇太子候補』として見るか、『母上の駒』として見るか、そのどっちかだ。父上だって、我を『フリード兄上の代わり』としか見ていない。……でも、貴様は違う」
「……」
「アイラは、我をただの『レオン』として叱ろうとする。あの、インク壺を投げた時も我を怖がらなかった」
それは違う。怖かった。けれど、それ以上に、この子の歪んだ孤独が哀れで腹立たしかったのだ。
「……皇子様」
「我は、あなたが好きだ」
唐突な言葉だった。 空気が、しんと静まり返る。十歳の少年からの告白。
(好き?)
私の心は、氷のように冷えていった。この子は、わかっているのだろうか。好きという言葉の本当の意味を。それとも、これもフェリシア様の差し金? 私を懐柔して私の持つ何かを探るための芝居?
「……光栄ですわ、皇子様」
私は、側室としての笑みを浮かべた。侍女たちを魅了し、皇帝陛下を満足させてきた美しいだけの仮面。
「皇子様に、そのように思っていただけるなんて。わたくし教育係として、冥利に尽きます」
「……違う」
レオンは、私のその笑顔を見て顔を歪めた。
「そんな顔で言うな。アイラは、嬉しくないのか!」
(はい、全然嬉しくありません。好きでもないし、可愛げ欠乏症の子に言われても反応に困るわ)
「いいえ、とても嬉しいですわ。さ、授業を始めましょう。今日は、外交史の……」
「やめだ!」
レオンは叫んだ。はい出ました、今日も元気にわがままフィーバー。
「もう、いい! どうせ、アイラも同じだ! 母上と同じ嘘つきだ! 出ていけ!」
彼は、私から顔を背け、再び寝椅子にうずくまってしまった。
(ごめんなさい、皇子様。わたくしの心は、もう、フリード様だけのものなのです。あなたに、嘘でも好きと返すことなどできない。わたくしは、あなたを利用するフェリシア様と、同じにはなりたくないから)
私は、心の中で小さく謝った。
「――まあ、アイラ様。レオン皇子に、また追い出されてしまって?」
翡翠宮に戻る途中、庭園で第二側室のカトリーヌ様に呼び止められた。彼女は、優雅に薔薇の花を摘みながら、私を見てくすくすと笑っている。
「お茶でも、いかが? あなたに少し、お耳に入れておきたいことがありましてよ」
カトリーヌ様の宮は、相変わらず燃えるような赤色と、眩い金色で満ち溢れていた。
「……わたくしに、お話とは?」
私が警戒心を解かずにいると、カトリーヌ様は、ふうとため息をついた。
「そんなに、構えないでちょうだいな。わたくしは、あなたに貸しを作ったままじゃ、どうにも寝覚が悪くてね。……侍女のセリーナのことよ」
「……」
「あの子を、炎の中から助け出してくれたこと、感謝しているわ。……だから、これは、そのお礼」
カトリーヌ様は、淹れたての紅茶を一口飲むと、その猫のような瞳で私の心を覗き込むように見つめてきた。
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