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他人任せの権化
「第一側室のリディア様と、第三側室のグレース様が、最近、正妃様と頻繁にお会いになっているわ」
「……!」
それは、マリーからも聞いていた。
「どうやら、あなたを、レオン様の教育係から降ろす算段みたいよ。……あなた、優秀すぎたのよ。炎の英雄様」
「……どういう、ことですの?」
「リディア様は、『後宮の調和』を何よりも重んじる方。あなたみたいに、陛下の寵愛を独り占めにして皇子の教育係にまでなって、正妃様のご機嫌を損ねるような『異物』は排除したいのよ。穏便にね」
「……」
「グレース様は、もっと厄介ね。あの方は、詩人だか何だか知らないけれど、妙な『正義感』をお持ちなの。たぶん、あなたのやり方が、あの方の『美学』に反したのじゃないかしら。……正妃様を、敵に回すようなあなたのやり方が」
カトリーヌ様の言葉は、的確に私の不安を抉り出してくる。
「あのお二人は、『後宮の秩序』のためなら、平気で人を切り捨てるわ。たとえ、それが、フリード皇太子殿下であってもね。……気をつけて、アイラ様。フェリシア様は恐ろしい方よ。でも、あの善人の仮面を被ったお二人も、同じくらい恐ろしいのだから」
「カトリーヌ様は、なぜ、私にそのようなことを?」
「わたくしは、単純なのが好きなの。敵なら敵、味方なら味方、はっきりしているほうがやりやすいでしょう? あなたは、どっち?」
試されている。私は、この女狐のような側室に、今ここで踏み絵を迫られているのだ。
「……わたくしは、ただ、わたくしの信じる道を行くだけですわ。カトリーヌ様」
「ふうん。……嫌いじゃないわ。……そうそう、もう一つ」
カトリーヌ様は、懐から一枚の古びた鍵を取り出した。
「これ、あの火事のあった書庫の、隠し部屋の鍵らしいわよ。昔、イリス様(フリードのご生母)が使っていたとか」
「……!?」
「わたくしは、もうレオン様の出生の秘密なんてどうでもいいの。あんなのに、これ以上関わったら、火傷じゃ済まないもの。……でも、あなたは、違うんでしょう?」
(いや私だって怖いし、できれば関わりたくないんですけど)
カトリーヌ様は、その鍵を私の手のひらに握らせた。
「わたくしは、助けてあげられませんけど、せいぜい頑張んなさいな。……フェリシア様に、殺られる前にね」
(そんな、私に丸投げしないでくださいよ! 他人任せのプロですかあなた!?)
その夜、私はカトリーヌ様から渡された鍵と、侍女セリーナの手引きで焼け落ちた書庫へと忍び込んだ。
「アイラ様、本当に、お一人で……?」
「大丈夫。セリーナは外で見張りを。何かあったら、すぐにこの鈴を鳴らして」
私は、セリーナに小さな銀の鈴を渡すと、懐中のランプの灯りだけを頼りに、焼け焦げた書庫の奥へと足を踏み入れた。燃え残った分厚い床板。教えてくれた通り、その一枚に鍵穴があった。鍵が吸い込まれるようにぴったりとはまる。
ギギギ……。
重い音を立てて床板が開くと、カビ臭い冷たい空気が地下から吹き上げてきた。石の階段が、闇の中へと続いている。イリス様が隠した秘密の書庫。
(フリード様の、お母様……)
私はランプを高く掲げ、一歩また一歩と階段を下りていった。地下室は思ったよりも広く、壁一面に古い羊皮紙や古文書の巻物が、ぎっしりと詰め込まれていた。火事の熱も水も、ここまで届かなかったらしい。
「……!」
それは、マリーからも聞いていた。
「どうやら、あなたを、レオン様の教育係から降ろす算段みたいよ。……あなた、優秀すぎたのよ。炎の英雄様」
「……どういう、ことですの?」
「リディア様は、『後宮の調和』を何よりも重んじる方。あなたみたいに、陛下の寵愛を独り占めにして皇子の教育係にまでなって、正妃様のご機嫌を損ねるような『異物』は排除したいのよ。穏便にね」
「……」
「グレース様は、もっと厄介ね。あの方は、詩人だか何だか知らないけれど、妙な『正義感』をお持ちなの。たぶん、あなたのやり方が、あの方の『美学』に反したのじゃないかしら。……正妃様を、敵に回すようなあなたのやり方が」
カトリーヌ様の言葉は、的確に私の不安を抉り出してくる。
「あのお二人は、『後宮の秩序』のためなら、平気で人を切り捨てるわ。たとえ、それが、フリード皇太子殿下であってもね。……気をつけて、アイラ様。フェリシア様は恐ろしい方よ。でも、あの善人の仮面を被ったお二人も、同じくらい恐ろしいのだから」
「カトリーヌ様は、なぜ、私にそのようなことを?」
「わたくしは、単純なのが好きなの。敵なら敵、味方なら味方、はっきりしているほうがやりやすいでしょう? あなたは、どっち?」
試されている。私は、この女狐のような側室に、今ここで踏み絵を迫られているのだ。
「……わたくしは、ただ、わたくしの信じる道を行くだけですわ。カトリーヌ様」
「ふうん。……嫌いじゃないわ。……そうそう、もう一つ」
カトリーヌ様は、懐から一枚の古びた鍵を取り出した。
「これ、あの火事のあった書庫の、隠し部屋の鍵らしいわよ。昔、イリス様(フリードのご生母)が使っていたとか」
「……!?」
「わたくしは、もうレオン様の出生の秘密なんてどうでもいいの。あんなのに、これ以上関わったら、火傷じゃ済まないもの。……でも、あなたは、違うんでしょう?」
(いや私だって怖いし、できれば関わりたくないんですけど)
カトリーヌ様は、その鍵を私の手のひらに握らせた。
「わたくしは、助けてあげられませんけど、せいぜい頑張んなさいな。……フェリシア様に、殺られる前にね」
(そんな、私に丸投げしないでくださいよ! 他人任せのプロですかあなた!?)
その夜、私はカトリーヌ様から渡された鍵と、侍女セリーナの手引きで焼け落ちた書庫へと忍び込んだ。
「アイラ様、本当に、お一人で……?」
「大丈夫。セリーナは外で見張りを。何かあったら、すぐにこの鈴を鳴らして」
私は、セリーナに小さな銀の鈴を渡すと、懐中のランプの灯りだけを頼りに、焼け焦げた書庫の奥へと足を踏み入れた。燃え残った分厚い床板。教えてくれた通り、その一枚に鍵穴があった。鍵が吸い込まれるようにぴったりとはまる。
ギギギ……。
重い音を立てて床板が開くと、カビ臭い冷たい空気が地下から吹き上げてきた。石の階段が、闇の中へと続いている。イリス様が隠した秘密の書庫。
(フリード様の、お母様……)
私はランプを高く掲げ、一歩また一歩と階段を下りていった。地下室は思ったよりも広く、壁一面に古い羊皮紙や古文書の巻物が、ぎっしりと詰め込まれていた。火事の熱も水も、ここまで届かなかったらしい。
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