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皇后主催のパーティー
「お母様、この資料、拝見しましたわ。南方の新しい航路、とても興味深いです。でも、ここの部分もう少し交渉の余地があるのではなくて?」
「まあ、エリザベート。よく気がついたわね。あなたに見せる前に、私も同じことを考えていたところよ」
あの嵐のような一日が過ぎ去った後、母と私は、クロイツベルク家の帝都にある壮麗なオフィスで、そんな会話を交わすのが日課になっていた。母は、父と暮らしていたあの小さな男爵邸での日々が嘘のように、クロイツベルク家の当主として、その優れた才能を思う存分に発揮し始めた。
昔からこうだったのかもしれない。でも、私は最近、母の正体を知ったのだ。今の私は母の手伝いをしているという立場だが、母の中ではクロイツベルク家の次期当主は、私だという思いを胸に秘めていた。
次々と新しい事業を成功させる一方で、母は、あの清掃員の制服を着ていた日々を決して忘れなかった。
「働く人々の心がすさんでいては、良い仕事などできるはずがありませんわ。報酬はもちろんのこと、彼らが誇りを持って働ける環境を整えること。それこそが、一番の投資ですの」
そう言って、領地にある工場の労働環境を劇的に改善したり、身寄りのない子供たちのための学校を建てたりした。人々は、そんな母を、いつしか畏敬と親しみを込めて、『我らの尊き女神』と呼ぶようになった。
私も、そんな母の隣で、毎日が目まぐるしく充実していた。以前の私なら、大きな会議で発言することなど、とてもできなかっただろう。けれど、今は違う。自分の意見を持ち、それをはっきりと伝えることができる。
とはいえ、私と母が男爵家であることに変わりはない。母は、男爵家の当主でありながら、世界規模で商業経済を束ねる大富豪クロイツベルク家の当主としてもその役割を果たしている。まさに二足のわらじを履いているのだ。
ハリントン家でのあの屈辱的な出来事は、私の心を一度は深く傷つけたが、それが私に芯の強さを与えてくれたように感じていた。
「エリザベート、あなたは本当に美しくなったわ」
ある晩、二人でお茶を飲みながら、母がしみじみと言った。
「ドレスや宝石のことではありませんのよ。あなたの、その瞳の輝きのこと。自分の足で、自分の意志で、しっかりと立っている人間の輝きよ」
「まあ、お母様ったら。でも、本当に。毎日がとても楽しいのですわ。自分の知らない世界が、こんなにもたくさんあったなんて」
「ええ。世界は、あなたが思っているよりも、ずっと、ずっと広いのよ、エリザベート」
その言葉通り、私の世界は思いもよらない形で、さらに大きく広がることになった。
季節が変わり、暑さが和らいで風が心地よく感じられる頃、皇后陛下が主催する夜会に出席することになった。その日の私は、母が用意してくれた若草色の柔らかなシルクのドレスを着ていた。
会場には、華やかなドレスを纏った令嬢たちが集まっていた。彼女たちの視線が私に集まり、興味深そうに交わされる囁き声が耳に届く。カラフルなドレスを着た令嬢たちは、花のように色とりどりで個性を放っていた。中でも、白いレースのドレスに身を包んだアリーナ公爵令嬢が目を引いていた。
彼女は、他の令嬢たちと比べてもその美しさが際立っており、舞踏会の中心にいるかのように振る舞っていた。その隣では、控えめな印象のセレナ伯爵令嬢が、少し緊張した面持ちで周囲を見回している。彼女の姿は、どこかの王国の姫君のように優雅で、儚げな雰囲気を漂わせていた。男爵家の私と比べると、両者は名門貴族で、到底手が届かない存在だ。
私が『クロイツベルク』の血筋だと言えばそれまでだが、ハリントン伯爵家も母が当主だとは知らなかったように、全てが謎のベールに包まれている。母からも、クロイツベルク家の者だとは黙っているように言われた。それにより、周囲は私を今まで通り、貧乏男爵家の娘だと見なしている。
「美しい方だ。よろしければ、一曲、お相手願えませんか?」
私は、邪魔にならない場所に立っていたが、突然声をかけられた。
「まあ、エリザベート。よく気がついたわね。あなたに見せる前に、私も同じことを考えていたところよ」
あの嵐のような一日が過ぎ去った後、母と私は、クロイツベルク家の帝都にある壮麗なオフィスで、そんな会話を交わすのが日課になっていた。母は、父と暮らしていたあの小さな男爵邸での日々が嘘のように、クロイツベルク家の当主として、その優れた才能を思う存分に発揮し始めた。
昔からこうだったのかもしれない。でも、私は最近、母の正体を知ったのだ。今の私は母の手伝いをしているという立場だが、母の中ではクロイツベルク家の次期当主は、私だという思いを胸に秘めていた。
次々と新しい事業を成功させる一方で、母は、あの清掃員の制服を着ていた日々を決して忘れなかった。
「働く人々の心がすさんでいては、良い仕事などできるはずがありませんわ。報酬はもちろんのこと、彼らが誇りを持って働ける環境を整えること。それこそが、一番の投資ですの」
そう言って、領地にある工場の労働環境を劇的に改善したり、身寄りのない子供たちのための学校を建てたりした。人々は、そんな母を、いつしか畏敬と親しみを込めて、『我らの尊き女神』と呼ぶようになった。
私も、そんな母の隣で、毎日が目まぐるしく充実していた。以前の私なら、大きな会議で発言することなど、とてもできなかっただろう。けれど、今は違う。自分の意見を持ち、それをはっきりと伝えることができる。
とはいえ、私と母が男爵家であることに変わりはない。母は、男爵家の当主でありながら、世界規模で商業経済を束ねる大富豪クロイツベルク家の当主としてもその役割を果たしている。まさに二足のわらじを履いているのだ。
ハリントン家でのあの屈辱的な出来事は、私の心を一度は深く傷つけたが、それが私に芯の強さを与えてくれたように感じていた。
「エリザベート、あなたは本当に美しくなったわ」
ある晩、二人でお茶を飲みながら、母がしみじみと言った。
「ドレスや宝石のことではありませんのよ。あなたの、その瞳の輝きのこと。自分の足で、自分の意志で、しっかりと立っている人間の輝きよ」
「まあ、お母様ったら。でも、本当に。毎日がとても楽しいのですわ。自分の知らない世界が、こんなにもたくさんあったなんて」
「ええ。世界は、あなたが思っているよりも、ずっと、ずっと広いのよ、エリザベート」
その言葉通り、私の世界は思いもよらない形で、さらに大きく広がることになった。
季節が変わり、暑さが和らいで風が心地よく感じられる頃、皇后陛下が主催する夜会に出席することになった。その日の私は、母が用意してくれた若草色の柔らかなシルクのドレスを着ていた。
会場には、華やかなドレスを纏った令嬢たちが集まっていた。彼女たちの視線が私に集まり、興味深そうに交わされる囁き声が耳に届く。カラフルなドレスを着た令嬢たちは、花のように色とりどりで個性を放っていた。中でも、白いレースのドレスに身を包んだアリーナ公爵令嬢が目を引いていた。
彼女は、他の令嬢たちと比べてもその美しさが際立っており、舞踏会の中心にいるかのように振る舞っていた。その隣では、控えめな印象のセレナ伯爵令嬢が、少し緊張した面持ちで周囲を見回している。彼女の姿は、どこかの王国の姫君のように優雅で、儚げな雰囲気を漂わせていた。男爵家の私と比べると、両者は名門貴族で、到底手が届かない存在だ。
私が『クロイツベルク』の血筋だと言えばそれまでだが、ハリントン伯爵家も母が当主だとは知らなかったように、全てが謎のベールに包まれている。母からも、クロイツベルク家の者だとは黙っているように言われた。それにより、周囲は私を今まで通り、貧乏男爵家の娘だと見なしている。
「美しい方だ。よろしければ、一曲、お相手願えませんか?」
私は、邪魔にならない場所に立っていたが、突然声をかけられた。
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