妹に婚約者を奪われましたが、私の考えで家族まとめて終わりました。

佐藤 美奈

文字の大きさ
14 / 38

第14話 迷走騎士の突撃

怒りという感情は、熱力学的に見て非常に非効率だ。体温を上昇させ、心拍数を上げ、無駄にカロリーを消費する割に、外部への仕事量ワークとして出力される成果は微々たるものだ。大声を張り上げたり、物を壊したりしたところで、事態は何一つ解決しない。
 
だから私は、怒りを燃料として保存することにしている。感情を冷やして整理し、無駄をそぎ落とす。そうして生まれた高密度の殺意……もとい行動計画を最適な瞬間に解き放つ。

執務室の窓から、一台の派手な馬車が入ってくるのが見えた。車輪のスポークにまで金箔が施された悪趣味な馬車。オルレアン伯爵家の紋章が描かれている。中から降りてきたのは予想通り、我が婚約者エドガー・オルレアンだった。

彼はまるで、竜を倒すためにやってきた勇敢な聖騎士のように胸を張り、堂々と玄関へ歩いてくる。しかし実際は、借金だらけの情けないドン・キホーテなのだ。

「……来たわね」

私は手元の書類をトントンと整え、机の上の配置を確認した。右側に、昨日作成した『未収金一覧表』。左側に、過去三年の『融資契約書原本』。そして中央には、冷めかけた紅茶。

舞台装置は整った。扉の向こうで、ジェラルドが彼を止める声がするが、それを振り切って足音が近づいてくる。私はゆっくりと息を吐き、表情筋のスイッチを切った。さあ、喜劇の幕開けだ。

バンッ! と大きな音を立てて、執務室の両開きの扉が開かれた。蝶番が悲鳴を上げているので、後で修繕費を請求リストに追加しておこう。

「セリーヌ! どういうつもりだ!」

エドガー様は、肩で息をしながら私を睨みつけた。今日の装いは、淡いブルーの燕尾服えんびふく。首元にはシルクのスカーフ。整えられた金髪が、窓からの光を受けてキラキラと輝いている。確かに、見た目だけは良い。実を結ばない徒花あだばなだが、鑑賞用の植物としては優秀だ。

「ごきげんよう、エドガー様。ノックという礼儀作法をお忘れですか? 貴族院の初等科で習ったはずですが」

「そんなことを言っている場合か! ローザが泣いていたぞ!」

彼は大股で机の前まで歩み寄ると、ドンと拳を叩きつけた。

「ローザから聞いたよ。君が使用人たちを不当に解雇し、食事の質を落とし、あまつさえ新しいドレスの注文までキャンセルしたそうじゃないか! 正気なのか!?」

「ええ、極めて正気です。医学的にも法的にも」

「屁理屈を言うな! ローザは育ち盛りで、繊細な女の子なんだ。甘いお菓子も、綺麗なドレスも、彼女にとっては心の栄養なんだぞ。それを奪うなんて、君は鬼か悪魔か……いや、血も涙もないだ!」

事務機械。またその言葉か。彼の中でそれが最大の侮辱語なのだろうが、私にとっては褒め言葉だ。機械はミスをしないし裏切らない。

「エドガー様。一つ訂正させていただきます」

私は口を開いた。あなたのその無知な自信には呆れるわ。

「使用人の解雇は『不当』ではありません。横領という犯罪行為に対する『懲戒処分』です。そして、食事とドレスの制限は『嫌がらせ』ではありません。破産寸前の財政を立て直すための『緊縮財政措置』です」

「破産寸前? 大げさなことを言うな。公爵家だぞ? 金なんていくらでもあるだろう!」

「……本気でおっしゃっていますの?」

私は呆れを通り越して、純粋な学術的興味すら覚えた。彼の脳内では、金貨は湧き水のように地面から湧いてくる設定になっているのだろうか? ローザやイザベルと同じで、経済観念の欠落がここまで深刻だとは思わなかった。

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

誰からも必要とされていないから出て行ったのに、どうして皆追いかけてくるんですか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢ミリーシャは、自身が誰からも必要とされていないことを悟った。 故に彼女は、家から出て行くことを決めた。新天地にて、ミリーシャは改めて人生をやり直そうと考えたのである。 しかし彼女の周囲の人々が、それを許さなかった。ミリーシャは気付いていなかったのだ。自身の存在の大きさを。

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。 彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。 混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。 そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。 当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。 そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。 彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。 ※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

平民だからと婚約破棄された聖女は、実は公爵家の人間でした。復縁を迫られましたが、お断りします。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、セレンティナ・ウォズエ。アルベニア王国の聖女である。 私は、伯爵家の三男であるドルバル・オルデニア様と婚約していた。しかし、ある時、平民だからという理由で、婚約破棄することになった。 それを特に気にすることもなく、私は聖女の仕事に戻っていた。元々、勝手に決められた婚約だったため、特に問題なかったのだ。 そんな時、公爵家の次男であるロクス・ヴァンデイン様が私を訪ねて来た。 そして私は、ロクス様から衝撃的なことを告げられる。なんでも、私は公爵家の人間の血を引いているらしいのだ。 という訳で、私は公爵家の人間になった。 そんな私に、ドルバル様が婚約破棄は間違いだったと言ってきた。私が公爵家の人間であるから復縁したいと思っているようだ。 しかし、今更そんなことを言われて復縁しようなどとは思えない。そんな勝手な論は、許されないのである。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。