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第26話 修羅場パーティーの始まり
「……検討させていただきます。ですが、まずは自分の家のゴミ掃除が終わってからですわ」
「だろうな。また会おう、聡明なセリーヌ嬢。その時までに、猿の駆除(エドガー)が終わっていることを期待する」
シュナイダー様は、黒いコートをひらりとさせて去っていった。残された名刺には、飾り気のない文字で『シュナイダー・バイオレッド』とだけシンプルに記されている。
その時、廊下から再び騒がしい声が聞こえた。エドガー様だ。まだいたのか。
「セリーヌ、今の男は何者なんだ! 僕はあいつに暴力を振るわれたんだぞ、セリーヌも見ただろう!? おい、衛兵! あの男を捕まえろ!」
「エドガー様、お考え違いですわ。あの方は、礼儀を欠いた野良犬が騒がぬよう、少し落ち着かせただけでございます」
「はぁ? セリーヌ、お前はあの男に騙されている! あんな男、見た目だけの野蛮人だ! 君にふさわしいのは、優しくて高貴なこの僕だ!」
私はため息をついた。優しくて高貴? 頭の中は大丈夫かしら?
「エドガー様、どうか落ち着いてくださいませ。ほら、深呼吸をひとつ……いえ、今のご様子ですと三つほど必要かしら」
「僕は落ち着いている! あんな男と、あんなに親しそうに話すなんてどういうつもりだ! 僕はお前の婚約者だぞ! 忘れたのか!?」
「エドガー様、周りの方々も心配なさっておりますし、ここは紳士らしく、お話しになってはいかがでしょう? その方が、ずっと見栄えもよろしいですわ」
「僕はいつでも紳士だ! 目を覚ませ、セリーヌ! 僕の言うことを信じろ! お前は、あんな男と関わるべきじゃない! あいつは危険な男だ、間違いない! 甘い言葉で近づいて、君をだましているんだ!」
衛兵に両腕を押さえられ、それでも私に向かって叫び続けるエドガー様を私は睨みつけた。彼の声は遠くまで響き渡り、見苦しく暴れるその姿は、かえって自分の立場を悪くしていることに本人だけが気づいていないようだった。
「エドガー様。貴方には学習能力というものがないのですか?」
「セリーヌ……頼む、やり直そう! 僕は君なしでは生きられないんだ! 金銭的な意味で!」
「正直な心の声が漏れていますわよ……衛兵さん、この方を『営業妨害』で突き出してください。それと、私の半径十メートル以内に接近することを禁止する『仮処分申請』も出しておきます」
「セリーヌしかいないんだって言ってるだろぉ! お願いだよぉ! 助けてぇ! 僕、ちゃんとするからぁ! もう怒らない! 文句も言わない! だからぁぁ!」
鼻をすする音が聞こえるほど泣き叫びながらも、彼は声を張り上げる。
「セリーヌぅぅぅ! 置いていかないでよぉ! ひとりにしないでぇぇぇ!! こんなのひどすぎるよぉ! 僕が何をしたっていうのさぁ!」
必死に身をよじり、子どもみたいに足をばたつかせる。彼の声は裏返って、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだった。
「やだぁぁぁ! やだやだやだぁぁ! 衛兵、離してってばぁ! セリーヌぅぅ! ねえ、聞いてる!? こっち見てよぉぉ!」
「……そのように泣き叫ぶ方を、婚約者に選んだ覚えはございませんわ」
私は一度だけ振り返り、泣きじゃくるエドガー様を見て口を開いた。情けない悲鳴を残し、彼は引きずられていった。その姿を見ても同情の一片も湧かない。あるのは、処理済みの書類をシュレッダーにかける時のような無機質な思いだけだ。
「さて……今日の夕食は、特別にデザートでもつけようかしら。もちろん、私だけに」
私はシュナイダー様の名刺を大切に手帳に挟んだ。予期せぬ変数(イレギュラー)。だが、それは私の計算式に、新たな解をもたらすかもしれない変数だった。
――オスクサイ王国の建国をお祝いする舞踏会。この日は、貴族にとって一年でいちばん大事な日だ。令嬢たちは、体をきつくしめる服を着て、少しでもきれいに見せようとする。大人の男たちは、お金のことで頭をかかえながら、家のすごさを見せようと必死だ。
ぜんぶ、『うちの家はすごいだろう!』と、まわりに見せつけるためのパーティーである。でも、今年のフォンテーヌ公爵家の控室は違った。うれしそうな空気はなく、みんなが叫んだり慌てたりしていて、大さわぎの場所になっていた。
「入らないわよ! なんでよ!?」
ローザの悲鳴が響く。彼女が無理やり体をねじ込もうとしているのは、三年前のピンク色のドレスだ。当時は似合っていたかもしれないが、日々の天使のおやつ(過剰糖分)によって成長した彼女のウエスト周りに対し、布地の物理的強度が限界を迎えていた。
「ローザ様、これ以上締め上げると、肋骨かファスナーのどちらかが弾け飛びます」
「うるさいわね! お姉様が新しいドレスを買ってくれないからいけないのよ! 息を止めるから、もっと引っ張って!」
若いメイドが泣きそうな顔で紐を引く。ミシミシという不穏な音。その横では、イザベルも自分の古いドレスと格闘していた。
「だろうな。また会おう、聡明なセリーヌ嬢。その時までに、猿の駆除(エドガー)が終わっていることを期待する」
シュナイダー様は、黒いコートをひらりとさせて去っていった。残された名刺には、飾り気のない文字で『シュナイダー・バイオレッド』とだけシンプルに記されている。
その時、廊下から再び騒がしい声が聞こえた。エドガー様だ。まだいたのか。
「セリーヌ、今の男は何者なんだ! 僕はあいつに暴力を振るわれたんだぞ、セリーヌも見ただろう!? おい、衛兵! あの男を捕まえろ!」
「エドガー様、お考え違いですわ。あの方は、礼儀を欠いた野良犬が騒がぬよう、少し落ち着かせただけでございます」
「はぁ? セリーヌ、お前はあの男に騙されている! あんな男、見た目だけの野蛮人だ! 君にふさわしいのは、優しくて高貴なこの僕だ!」
私はため息をついた。優しくて高貴? 頭の中は大丈夫かしら?
「エドガー様、どうか落ち着いてくださいませ。ほら、深呼吸をひとつ……いえ、今のご様子ですと三つほど必要かしら」
「僕は落ち着いている! あんな男と、あんなに親しそうに話すなんてどういうつもりだ! 僕はお前の婚約者だぞ! 忘れたのか!?」
「エドガー様、周りの方々も心配なさっておりますし、ここは紳士らしく、お話しになってはいかがでしょう? その方が、ずっと見栄えもよろしいですわ」
「僕はいつでも紳士だ! 目を覚ませ、セリーヌ! 僕の言うことを信じろ! お前は、あんな男と関わるべきじゃない! あいつは危険な男だ、間違いない! 甘い言葉で近づいて、君をだましているんだ!」
衛兵に両腕を押さえられ、それでも私に向かって叫び続けるエドガー様を私は睨みつけた。彼の声は遠くまで響き渡り、見苦しく暴れるその姿は、かえって自分の立場を悪くしていることに本人だけが気づいていないようだった。
「エドガー様。貴方には学習能力というものがないのですか?」
「セリーヌ……頼む、やり直そう! 僕は君なしでは生きられないんだ! 金銭的な意味で!」
「正直な心の声が漏れていますわよ……衛兵さん、この方を『営業妨害』で突き出してください。それと、私の半径十メートル以内に接近することを禁止する『仮処分申請』も出しておきます」
「セリーヌしかいないんだって言ってるだろぉ! お願いだよぉ! 助けてぇ! 僕、ちゃんとするからぁ! もう怒らない! 文句も言わない! だからぁぁ!」
鼻をすする音が聞こえるほど泣き叫びながらも、彼は声を張り上げる。
「セリーヌぅぅぅ! 置いていかないでよぉ! ひとりにしないでぇぇぇ!! こんなのひどすぎるよぉ! 僕が何をしたっていうのさぁ!」
必死に身をよじり、子どもみたいに足をばたつかせる。彼の声は裏返って、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだった。
「やだぁぁぁ! やだやだやだぁぁ! 衛兵、離してってばぁ! セリーヌぅぅ! ねえ、聞いてる!? こっち見てよぉぉ!」
「……そのように泣き叫ぶ方を、婚約者に選んだ覚えはございませんわ」
私は一度だけ振り返り、泣きじゃくるエドガー様を見て口を開いた。情けない悲鳴を残し、彼は引きずられていった。その姿を見ても同情の一片も湧かない。あるのは、処理済みの書類をシュレッダーにかける時のような無機質な思いだけだ。
「さて……今日の夕食は、特別にデザートでもつけようかしら。もちろん、私だけに」
私はシュナイダー様の名刺を大切に手帳に挟んだ。予期せぬ変数(イレギュラー)。だが、それは私の計算式に、新たな解をもたらすかもしれない変数だった。
――オスクサイ王国の建国をお祝いする舞踏会。この日は、貴族にとって一年でいちばん大事な日だ。令嬢たちは、体をきつくしめる服を着て、少しでもきれいに見せようとする。大人の男たちは、お金のことで頭をかかえながら、家のすごさを見せようと必死だ。
ぜんぶ、『うちの家はすごいだろう!』と、まわりに見せつけるためのパーティーである。でも、今年のフォンテーヌ公爵家の控室は違った。うれしそうな空気はなく、みんなが叫んだり慌てたりしていて、大さわぎの場所になっていた。
「入らないわよ! なんでよ!?」
ローザの悲鳴が響く。彼女が無理やり体をねじ込もうとしているのは、三年前のピンク色のドレスだ。当時は似合っていたかもしれないが、日々の天使のおやつ(過剰糖分)によって成長した彼女のウエスト周りに対し、布地の物理的強度が限界を迎えていた。
「ローザ様、これ以上締め上げると、肋骨かファスナーのどちらかが弾け飛びます」
「うるさいわね! お姉様が新しいドレスを買ってくれないからいけないのよ! 息を止めるから、もっと引っ張って!」
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