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第27話 嫌味があふれる舞踏会
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「このドレスのシミ! どうして落ちてないのよ!?」
「申し訳ございません、奥様。クリーニング代の予算が承認されず、家庭用の洗剤で手洗いしましたので……」
「信じられない! こんなみすぼらしい格好で王妃様に挨拶しろと言うの!?」
鏡の前で喚き散らすイザベルを、私はソファに座って眺めていた。私の服は、とてもシンプルだった。亡き母が残してくれた深い青色のベルベットのドレス。装飾は最小限だが、仕立てが良いので古臭さは感じさせない。首元には、これまた母の形見の一粒の真珠のネックレス。金はかかっていないが、『品格』というプライスレスな素材で武装している。
「お二人とも、そろそろ時間ですわよ」
私は懐中時計を確認した。
「待ってよ! 今着るから!」
「もうっ! これでいいわ!」
ローザはドレスを体に無理やり押し込んでいた。イザベルはショールを使って、ドレスについてしまったシミを隠していた。出来上がったのは、今にも破れそうなピンク色のハムと、布を巻いたおばあさんみたいな姿だった。
(……まあ、当人たちがそれでいいなら止めはしない。恥をかく権利は、誰にでも平等にあるのだから)
王宮の大広間は、すでに着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。シャンデリアの光が輝き、グラスが触れ合う音が響き、みんなが礼儀正しく挨拶を交わしていた。私たちが会場に入ると、周りの人たちの視線が一斉に私たちに向けられた。
「あら、あれはフォンテーヌ公爵家の方々では?」
「まあ……イザベル様のドレス、随分と古風なデザインですこと」
「おばあ様のお下がりのようで、さすがにちょっと時代遅れな気がしますわ」
「まるで昔の貴族のお祭りでも思い出させるような……素敵な懐かしさを感じます」
「でもイザベル様は、お好きなんでしょうね、そういうのが」
クスクスという笑い声が、小さな波のように広がった。貴族たちは、私たちの服装を見て、うちの家がお金に困っていることに気づいているのだ。御婦人方は女神のように気品に満ちているが、皮肉は止めどなく流れ続ける。
「隣のお嬢様(ローザ)のドレス、ちょっとサイズが合っていないのでは?」
「背中の部分、お肉がはみ出しているようで……」
「あれではドレスがかわいそうに見えてしまいますわ」
「せっかくの素敵なドレスが台無しになって」
「もう少しフィット感のあるものをお選びいただければ、よりお似合いになったかもしれませんね」
イザベルとローザは顔を真っ赤にして下を向いている。普段なら「なんですって!」と怒るところだけど、今日は周りの雰囲気に押されているみたい。
私は背筋を伸ばして、堂々と歩き続けた。恥ずかしいことなんてない。私は『清貧』という生活をしているだけだ。
恥ずべきなのは、無理して見栄を張っている二人の方だ。
「セリーヌ!」
その時、人混みをかき分けて、一人の男が現れた。エドガー様だ。今日は一応正装しているけれど、よく見ると燕尾服の肩が少しだらっとしている。たぶん、借りた服(レンタル)だろう。彼は私の手を取ろうと手を伸ばしてきたが、私は扇子でピシャリとその手を払いのけた。
「気安く触れないでくださいませ、エドガー様」
「そんな冷たい言い方はないだろう、セリーヌ。僕は君のエスコート役として待っていたんだよ」
彼は周囲の視線を気にしながら、引きつった笑顔を浮かべた。
「ほら、みんなが見ている。僕たちが不仲だなんて噂が立ったら、君だって困るだろう? ここは一つ、仲直りのポーズだけでも……」
「困りません。むしろ、『金銭トラブルで係争中』という事実を公表した方が、私の身の安全のためには有益ですわ」
「しっ! 声が大きい!」
エドガー様は慌てて私の口をふさごうとしたが、私はそれを避けて後ろに下がった。
「それに、貴方のエスコートが必要なのは、あちらの天使ではありませんか?」
私が視線で示す先には、みんなに無視されて壁の花になりかけているローザがいた。誰も彼女に声をかけない。流行遅れのパツパツのドレスを着た令嬢に、ダンスを申し込む物好きはいないらしい。
「あー……ローザか。彼女は……その、今日は調子が悪そうだから」
エドガー様は目をギョッとさせて急に顔を背けた。わかりやすい男だなと思った。ローザが『社交界の華』としてチヤホヤされていた頃は尻尾を振ってついて行った犬のくせに、彼女の価値が下がった(と周囲に見なされた)とたんにこの態度だ。損をすぐに切り捨てると言えばかっこいいけれど、単なる薄情者である。
「セリーヌ、頼むよ。僕と一曲踊ってくれ。そうすれば、僕の信用も回復するんだ! そうすれば、借金取りへの言い訳が立つんだ!」
「お断りします。貴方と踊るくらいなら、庭の彫像とワルツを踊る方がマシです。彫像は足を踏みませんし、金を無心しませんから」
「くっ……君はいつからこんなにも心の冷たい、可愛げのない女になってしまったんだ?」
「可愛げがないのは、すべてエドガー様のせいですが? 」
「なんだと!」
エドガー様が声を荒らげた瞬間、周囲の視線が集まった。
「あら、恋のもつれかしら?」
「オルレアン伯爵家の道楽息子だわ」
「何か揉め事が起きてるのね」
「ふふ、珍しく大きな声を出してるわね」
ささやく声が聞こえた。私は扇子で口を隠しながら、あくまで表面だけを取り繕って無理に微笑んだ。
「それにしても、貴方のだらしない様子、自分を顧みる余裕もないのですね。さあ、さっさとあちらに行っていただけますか? 貴方の脂汗で、ここにいるだけで空気がどんよりと重くなってしまうわ」
私はエドガー様を軽くあしらって一息ついていると、会場の雰囲気が突然変わった。入り口の方から、歓声とちょっと怖いような静けさが一緒に広がった。
「申し訳ございません、奥様。クリーニング代の予算が承認されず、家庭用の洗剤で手洗いしましたので……」
「信じられない! こんなみすぼらしい格好で王妃様に挨拶しろと言うの!?」
鏡の前で喚き散らすイザベルを、私はソファに座って眺めていた。私の服は、とてもシンプルだった。亡き母が残してくれた深い青色のベルベットのドレス。装飾は最小限だが、仕立てが良いので古臭さは感じさせない。首元には、これまた母の形見の一粒の真珠のネックレス。金はかかっていないが、『品格』というプライスレスな素材で武装している。
「お二人とも、そろそろ時間ですわよ」
私は懐中時計を確認した。
「待ってよ! 今着るから!」
「もうっ! これでいいわ!」
ローザはドレスを体に無理やり押し込んでいた。イザベルはショールを使って、ドレスについてしまったシミを隠していた。出来上がったのは、今にも破れそうなピンク色のハムと、布を巻いたおばあさんみたいな姿だった。
(……まあ、当人たちがそれでいいなら止めはしない。恥をかく権利は、誰にでも平等にあるのだから)
王宮の大広間は、すでに着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。シャンデリアの光が輝き、グラスが触れ合う音が響き、みんなが礼儀正しく挨拶を交わしていた。私たちが会場に入ると、周りの人たちの視線が一斉に私たちに向けられた。
「あら、あれはフォンテーヌ公爵家の方々では?」
「まあ……イザベル様のドレス、随分と古風なデザインですこと」
「おばあ様のお下がりのようで、さすがにちょっと時代遅れな気がしますわ」
「まるで昔の貴族のお祭りでも思い出させるような……素敵な懐かしさを感じます」
「でもイザベル様は、お好きなんでしょうね、そういうのが」
クスクスという笑い声が、小さな波のように広がった。貴族たちは、私たちの服装を見て、うちの家がお金に困っていることに気づいているのだ。御婦人方は女神のように気品に満ちているが、皮肉は止めどなく流れ続ける。
「隣のお嬢様(ローザ)のドレス、ちょっとサイズが合っていないのでは?」
「背中の部分、お肉がはみ出しているようで……」
「あれではドレスがかわいそうに見えてしまいますわ」
「せっかくの素敵なドレスが台無しになって」
「もう少しフィット感のあるものをお選びいただければ、よりお似合いになったかもしれませんね」
イザベルとローザは顔を真っ赤にして下を向いている。普段なら「なんですって!」と怒るところだけど、今日は周りの雰囲気に押されているみたい。
私は背筋を伸ばして、堂々と歩き続けた。恥ずかしいことなんてない。私は『清貧』という生活をしているだけだ。
恥ずべきなのは、無理して見栄を張っている二人の方だ。
「セリーヌ!」
その時、人混みをかき分けて、一人の男が現れた。エドガー様だ。今日は一応正装しているけれど、よく見ると燕尾服の肩が少しだらっとしている。たぶん、借りた服(レンタル)だろう。彼は私の手を取ろうと手を伸ばしてきたが、私は扇子でピシャリとその手を払いのけた。
「気安く触れないでくださいませ、エドガー様」
「そんな冷たい言い方はないだろう、セリーヌ。僕は君のエスコート役として待っていたんだよ」
彼は周囲の視線を気にしながら、引きつった笑顔を浮かべた。
「ほら、みんなが見ている。僕たちが不仲だなんて噂が立ったら、君だって困るだろう? ここは一つ、仲直りのポーズだけでも……」
「困りません。むしろ、『金銭トラブルで係争中』という事実を公表した方が、私の身の安全のためには有益ですわ」
「しっ! 声が大きい!」
エドガー様は慌てて私の口をふさごうとしたが、私はそれを避けて後ろに下がった。
「それに、貴方のエスコートが必要なのは、あちらの天使ではありませんか?」
私が視線で示す先には、みんなに無視されて壁の花になりかけているローザがいた。誰も彼女に声をかけない。流行遅れのパツパツのドレスを着た令嬢に、ダンスを申し込む物好きはいないらしい。
「あー……ローザか。彼女は……その、今日は調子が悪そうだから」
エドガー様は目をギョッとさせて急に顔を背けた。わかりやすい男だなと思った。ローザが『社交界の華』としてチヤホヤされていた頃は尻尾を振ってついて行った犬のくせに、彼女の価値が下がった(と周囲に見なされた)とたんにこの態度だ。損をすぐに切り捨てると言えばかっこいいけれど、単なる薄情者である。
「セリーヌ、頼むよ。僕と一曲踊ってくれ。そうすれば、僕の信用も回復するんだ! そうすれば、借金取りへの言い訳が立つんだ!」
「お断りします。貴方と踊るくらいなら、庭の彫像とワルツを踊る方がマシです。彫像は足を踏みませんし、金を無心しませんから」
「くっ……君はいつからこんなにも心の冷たい、可愛げのない女になってしまったんだ?」
「可愛げがないのは、すべてエドガー様のせいですが? 」
「なんだと!」
エドガー様が声を荒らげた瞬間、周囲の視線が集まった。
「あら、恋のもつれかしら?」
「オルレアン伯爵家の道楽息子だわ」
「何か揉め事が起きてるのね」
「ふふ、珍しく大きな声を出してるわね」
ささやく声が聞こえた。私は扇子で口を隠しながら、あくまで表面だけを取り繕って無理に微笑んだ。
「それにしても、貴方のだらしない様子、自分を顧みる余裕もないのですね。さあ、さっさとあちらに行っていただけますか? 貴方の脂汗で、ここにいるだけで空気がどんよりと重くなってしまうわ」
私はエドガー様を軽くあしらって一息ついていると、会場の雰囲気が突然変わった。入り口の方から、歓声とちょっと怖いような静けさが一緒に広がった。
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