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第10話
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街から帰った私たちは、広間に足を踏み入れると、執事が運命の番人のように、静かに待ち構えていた。
「お嬢様。王宮より、使いの者が参っております」
「王宮から?」
エリザと顔を見合わせる。嫌な予感しかしない。
応接室に入ると、王家の紋章が輝く華やかな制服に身を包んだ近衛騎士が、王そのもののような威圧感を放ちながらそこに立っていた。彼は私に目を向けると、その冷徹な視線からは一切の感情が読み取れないまま、無機的に用件を伝えてきた。
「クラウディア公爵令嬢、ミリア様。アーロン・シュトラウス殿下が、至急お会いしたいとのことです。ご足労願えますでしょうか」
アーロンが、私に? 今さら、何の用だというのだろう。
「……殿下は、謹慎中ではなかったのですか?」
「国王陛下の特別なお許しが出ました。これは、正式な王命です」
王命と響くその言葉は、私の身体を硬直させ、命じられた運命に従うほかないと自覚させた。
「ミリア、私も行くわ」
隣で、エリザは息を呑むほど低い声で私に告げる。瞳の奥にはアーロンへの明確な敵意が、夜空に突き刺さる稲妻のように、鋭く切り裂くように揺れていた。
「でも……」
「一人で行かせるわけないじゃない。何されるか分かったものじゃないわ。あなたの護衛として、オルフォンス伯爵令嬢である私が同行することに、文句はないでしょうね?」
エリザは、騎士を目に見えぬ熱を帯びた視線で睨みつけた。
「……お好きに、なさってください」
騎士は一瞬、エリザの視線に言葉を詰まらせたが、すぐにその重圧を振り払い、鋼のような口調で短く答えた。
◇
王宮の一室は、大理石の床が広がり、無音の闇の中に沈んだかのように広く冷たく感じられた。豪華な調度品や厚手のカーペットも、まるで色を奪われ、無機質なオブジェのようにそこにただ置かれている。その中で、アーロンはひときわ孤独に立ち尽くしていた。
私とエリザが部屋に入っても、彼はまったく動くことなく、窓の外をただじっと見つめ続けていた。私たちが入る音さえも届いていないかのように。しかし、数秒の後、彼はゆっくりと振り返り、その目が私に向けられたとき、周囲の音が一瞬にして消えたような感覚に陥った。
隣にいるエリザの姿は、彼の目には映らないかのように無視され、私の存在だけが彼の視界を占めているように感じられた。その視線は、私を求めるように深く、強く私を見つめていた。
数日ぶりに目にした彼は、すべてを完璧に整えた姿だった。しかし、目の下に隠せない疲れが浮かび、その周りに漂うピリピリした空気が、彼の心の奥に何かがあることを物語っていた。
「……来てくれたか、ミリア」
その言葉が私に届いた瞬間、心臓が錆びた扉が開くように、ひどく不快な音を立てて動き出したようだ。彼の声は、何かが内側から崩れそうな予兆のようで、私の全身に電流が走ったような感覚を覚えた。
「殿下、直々のお呼び出しとは、一体どのようなご用件でございますか?」
私はできる限り感情を抑え込み、冷静を装ってその言葉を返した。もしも感情を少しでも乗せてしまえば、その瞬間に自分の足元が崩れ、全てが壊れてしまうのではないかという恐怖が私を支配していた。だからこそ、私は感情を抑え込み、無理にでも事務的な言葉を口にした。
「お嬢様。王宮より、使いの者が参っております」
「王宮から?」
エリザと顔を見合わせる。嫌な予感しかしない。
応接室に入ると、王家の紋章が輝く華やかな制服に身を包んだ近衛騎士が、王そのもののような威圧感を放ちながらそこに立っていた。彼は私に目を向けると、その冷徹な視線からは一切の感情が読み取れないまま、無機的に用件を伝えてきた。
「クラウディア公爵令嬢、ミリア様。アーロン・シュトラウス殿下が、至急お会いしたいとのことです。ご足労願えますでしょうか」
アーロンが、私に? 今さら、何の用だというのだろう。
「……殿下は、謹慎中ではなかったのですか?」
「国王陛下の特別なお許しが出ました。これは、正式な王命です」
王命と響くその言葉は、私の身体を硬直させ、命じられた運命に従うほかないと自覚させた。
「ミリア、私も行くわ」
隣で、エリザは息を呑むほど低い声で私に告げる。瞳の奥にはアーロンへの明確な敵意が、夜空に突き刺さる稲妻のように、鋭く切り裂くように揺れていた。
「でも……」
「一人で行かせるわけないじゃない。何されるか分かったものじゃないわ。あなたの護衛として、オルフォンス伯爵令嬢である私が同行することに、文句はないでしょうね?」
エリザは、騎士を目に見えぬ熱を帯びた視線で睨みつけた。
「……お好きに、なさってください」
騎士は一瞬、エリザの視線に言葉を詰まらせたが、すぐにその重圧を振り払い、鋼のような口調で短く答えた。
◇
王宮の一室は、大理石の床が広がり、無音の闇の中に沈んだかのように広く冷たく感じられた。豪華な調度品や厚手のカーペットも、まるで色を奪われ、無機質なオブジェのようにそこにただ置かれている。その中で、アーロンはひときわ孤独に立ち尽くしていた。
私とエリザが部屋に入っても、彼はまったく動くことなく、窓の外をただじっと見つめ続けていた。私たちが入る音さえも届いていないかのように。しかし、数秒の後、彼はゆっくりと振り返り、その目が私に向けられたとき、周囲の音が一瞬にして消えたような感覚に陥った。
隣にいるエリザの姿は、彼の目には映らないかのように無視され、私の存在だけが彼の視界を占めているように感じられた。その視線は、私を求めるように深く、強く私を見つめていた。
数日ぶりに目にした彼は、すべてを完璧に整えた姿だった。しかし、目の下に隠せない疲れが浮かび、その周りに漂うピリピリした空気が、彼の心の奥に何かがあることを物語っていた。
「……来てくれたか、ミリア」
その言葉が私に届いた瞬間、心臓が錆びた扉が開くように、ひどく不快な音を立てて動き出したようだ。彼の声は、何かが内側から崩れそうな予兆のようで、私の全身に電流が走ったような感覚を覚えた。
「殿下、直々のお呼び出しとは、一体どのようなご用件でございますか?」
私はできる限り感情を抑え込み、冷静を装ってその言葉を返した。もしも感情を少しでも乗せてしまえば、その瞬間に自分の足元が崩れ、全てが壊れてしまうのではないかという恐怖が私を支配していた。だからこそ、私は感情を抑え込み、無理にでも事務的な言葉を口にした。
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