私よりも幼馴染を選んだ王子の末路

佐藤 美奈

文字の大きさ
19 / 51

第19話

しおりを挟む
あまりにも不自然で、あまりにも急な泣き出し方だった。感情がこぼれ落ちたというよりは、あらかじめ用意された悲しみを舞台の上に並べてみせたような印象。

おそらくカタリーナは、何度も鏡の中の自分と対話したのだろう――どうすれば、私の心に“可哀想な自分”として刻まれるのか。一番、同情を買える泣き方の練習を重ねたのだ。

どこまでも作り込まれた悲劇のヒロインぶりに、思わずため息が出そうになる。

「どうか、私を許してください……。アーロン様と一緒になりたいという、ただそれだけの、私の浅はかな嫉妬だったのです……もう、二度とあのような過ちは犯しませんから……どうか、私の幸せを、奪わないで……!」

額を大理石に押しつけ、張り裂けるような泣き声が広い謁見室に響き渡る。アーロンは、内心の苛立ちを足元に込めて、椅子を押しのけ立ち上がった。迷いなくカタリーナのもとへ駆け寄ると、その肩を優しく必死に抱きしめた。

「こんなふうに泣くなんて……本当に、限界だったのか……そう言えば、食事ものどを通らないと心を痛めていたな。そんなにも追い詰められていたのか……カタリーナが可哀想すぎる!」

この芝居じみたやりとりも、ふたりで練り上げた筋書きのひとつ?

ふたりの間に流れるその感情は、どこまでが演技で、どこからが本音なのか。私たちにはわからなかった。けれど、アーロンの瞳が揺れていた。それは、他人の目線を意識している役者の目ではなかった。カタリーナと違って彼の場合は、どうしようもなく本気の気配が滲み出ていた。

「カタリーナ! やめろ、お前は悪くない! 謝る必要なんかない! 見たか、ミリア! カタリーナは、これほどまでに反省しているんだ! それでも、お前は彼女を許さないというのか!」

アーロンは、カタリーナのすべての罪を、私の寛容によって帳消しにしようとでもするかのように、強い視線をこちらに向けた。

「頼む、カタリーナを許してやってくれ!」

私に届いたのは、理性ではなく、ただ感情の叫びだけだった。

彼女の泣き声は壊れかけた楽器のように、わざとらしく響いていた。私は冷ややかなまなざしを崩さぬまま、その偽りの哀れさを観察する。

カタリーナは指の間からのぞくその瞳が、私の出方を盗み見るように揺れている。まるで静かな湖面に映る影を見定めるように。その中に誠実さの欠片も見いだせず、私の胸の中には冷たい風が吹き抜けた。涙とは、人を欺くためのもっとも安易な道具なのだと、私はあらためて思い知らされた。

「カタリーナ様」

私は一歩前に出て、わずかに息を整えた。そして丁寧にその名を呼んだ。穏やかな声の奥に、抑えきれない冷たさと皮肉が滲んでいた。呼びかけるだけで、相手の心を試すこともできる――そんな風に、私はただ言葉を置いた。

「一つだけ、お聞きします。どうして、あんなことをしたのですか? 火を、放ったのですか?」

私の問いかけが、彼女の中のスイッチを切り替えたかのようだった。泣き声は消音されたかのように止み、ゆっくりと顔を上げた彼女の目元には、もう涙の光などなかった。

代わりにそこに浮かんだのは、今しがた泣いていた人間とは思えない微笑み。ひと目見ただけで、背中にひやりと冷たいものが走った。美しさと冷たさが紙一重で成り立つ、猛毒のような笑み。

今の一瞬で、彼女がどれだけ見せかけの感情を操っていたのかが、残酷なまでに明らかになった。仮面劇の終わりと、本当の戦いの始まりだった。

「……決まっているじゃない。アーロンの婚約者のあなたが、邪魔だったからよ!」

その一言には、これまでの涙も演技も吹き飛ぶほどの真実味があった。思わず、私の中にあった緊張が、ほんの少しだけほどける。

ああ、やっぱり彼女は変わっていない。これが、紛れもなく彼女の“地”なのだ。いつだって自分本位で、正直で計算高い。それが、カタリーナ・ジェンキンスという女の本質。

「私の幸せを奪わないで、ですって? 笑わせないで。私の幸せを、私の顔を、私の人生を、めちゃくちゃにしたのは、あなたでしょう?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...