「愛も信頼も消えた」妻を苦しめた夫一家の結末

佐藤 美奈

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反省なき愚者

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「彼女の居場所は?」

「はっ。……調べによりますと、現在は北方の『ヴォルフスブルク』、オルロック辺境伯の元に身を寄せているとのことです」

「オルロック辺境伯だと? あの『北の氷狼』か?」

ガランゼルは顔をしかめた。これは面倒なことになってきたと直感する。相手がただの没落貴族の元妻であれば、すぐに呼び出して話を聞くこともできただろう。だが、彼女は辺境伯の庇護下にあり、簡単に手を出せる相手ではない。

「早馬を出せ。……辺境伯宛に、捜査協力の要請だ」

それでも、ガランゼルはこの焼け跡から漂う『誰かが意図的に仕組んだような気配』を見逃すわけにはいかなかった。この事件には、表向きの事情とは別に、もっと深い影が潜んでいると彼は確信し始めていた。

――王都の外れにある教会が運営する無料の救護院。その建物の中は、地獄がそのまま引っ越してきたかのような光景だった。

あちこちのベッドから、怪我人の苦しそうな呻き声が響いて空気は重くよどんでいる。薬草と血の匂いが入り混じり、ここにいる四名がどれほど追い詰められているかが嫌でも伝わってくる。

「あ……あぁ……痛い……熱い……」

薄汚れたベッドの上で、包帯を何重にも巻かれた男が苦しそうに呻いていた。その男こそジョナスだ。自慢だった美しい金髪は、炎で焼け落ちてしまっている。目鼻立ちの整った顔は、右半分にはただれたような重度の火傷が広がり、両手足も同じようにひどい状態だ。熱と痛みに体中を蝕まれているかのようだった。

彼は二階から雪の上へ飛び降りたことで、辛うじて即死だけは免れた。だがその代償は大きく、全身に打撲と骨折を負い、炎による深刻な損傷まで抱えていた。生き延びたとはいえ、彼の身体は限界ぎりぎりに追い詰められているのが見て取れた。

「うう……私の綺麗な顔が……」

隣のベッドでは、ベアトリスが弱々しく泣いていた。もともと華やかで人目をひく顔立ちだったが、今は火傷のせいで皮膚が引きつり、赤黒くただれてしまっている。熱い煙を吸い込んだせいで気道にも火傷を負っており、声は枯れたようにかすれていた。

その隣のベッドには、オリバーが横たわっていた。妻と息子と同じように大火傷を負って痛々しい姿のオリバーだったが、彼は相変わらず無言のままだった。

「どうして……? どうしてこんなことに……」

その隣のベッドには、屋敷に火を放った張本人のカタリーナが横たわっていた。包帯の隙間から天井をじっと見つめる。カタリーナは炎の中で死を覚悟していたが、運命を打ち破り、信じがたい奇跡で生き残った。

しかし、全身に重度の火傷を負い、彼女は今や最も深刻な状態だ。助かって心境の変化によるものなのか、今や彼女は誰よりも強く生にしがみついていた。そして、自分が放火した事実を伏せていた。立場が不利になるため口にしなかった。

「……カタリーナ、大丈夫か?」
「お黙りなさい!」

ジョナスがカタリーナに声をかけると、隣のベアトリスが叫び声を上げた。

「あんたが! あんたがだらしないからでしょう! マリアンナを追い出すから!」

「母さんこそ! マリアンナをいじめて追い出したのは母さんじゃないか!」

「私は優しくしてたわ。ただ、マリアンナをしていただけよ!」

「なに言ってるんだ! 僕を煽って、カタリーナと結婚しろって言ったのは誰だよ!」

「なんですってぇぇぇ!!」

包帯を巻いた母と息子が、ベッドの上で罵り合っていた。その醜い姿に、世話をしている修道女たちも眉をひそめていた。二人は失ったものを嘆き続けるばかりで、自分たちが犯した罪には向き合おうとしなかった。
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