「愛も信頼も消えた」妻を苦しめた夫一家の結末

佐藤 美奈

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愚者の命乞い

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「死んでしまっては、償えませんものね。……あなたが燃やした屋敷の代金、たっぷりと時間をかけて支払っていただきますわ」

私が抱えている憎しみが、どれほど深いものなのかを思いながら言葉を丁寧に話した。カタリーナの目から涙が滲んだ。それが悔しさからの涙なのか、体の痛みから流れた涙なのかはわからなかった。

「マ、マリアンナ……今の話は本当なのか!?」 

「はい、屋敷に火をつけたのはカタリーナ様です」

私は振り返り、ジョナスの言葉に耳を傾けながら歩を進めた。

「なら、僕たちはじゃないか……全部、そこの女が勝手にやったことで……」

「被害者? いいえ、共犯者です」

ジョナスの前まで来ると、私は彼を見下ろしながら答えた。

「ひぃっ……」

ジョナスは悲鳴を上げた。私の冷酷な宣言を耳にした瞬間、彼はようやく自分が頼ろうとしていた相手が、『天使』などではなく、むしろ『死神』あることに気づいたのだろう。

「あなたが彼女を甘やかし、嘘を信じた結果がこれです。……それに、あなた方が私にしたを忘れたわけではありませんよね?」

「そ、それは……謝る! 謝るから! だから助けてくれ! 痛いんだ! 死にそうなんだ!」

ジョナスは泣き叫びながら、必死に助けを求めている。私は懐から小さな瓶を取り出した。それは火傷に効く特効薬、名を氷の抱擁(アイス・エンブレイス)という。

「……助ける方法はあります。この薬を使えば、あなた方の痛みは嘘のように消え、ただれた皮膚も再生するでしょう」

ジョナスたちに向かって、薬の効果を示す時がついに来たことを私は感じ取っていた。瓶の中の液体は青白く輝き、その力を解き放つ瞬間を待っているかのようだった。

「く、くれ! それをくれ! 金なら払う! 後で必ず払うから!」

「マリアンナ様! どうか私にお譲りください!」

「母さん!? 何を言ってるんだ! 僕が先だろ!」

「うるさい! あんたは黙ってな! お願いです! マリアンナ様、これまでの私の行いを深く反省しております。どうかお許しください!」

ジョナスに負けじと、ベアトリスも身を乗り出して必死に過去の非礼を詫びる。

「ですが、これは非常に高価な薬です。残念ですが、今のあなた方に払える額ではありません」

「そ、そんな……安くならないのか?」

「ケチね! お金なんて取らないで、ただでくれなさいよ! 私たち《家族》なんだから!」

「では、この話はこれで……」

「マ、マリアンナ待ってくれ! 母さん! 余計なことを言うなよ!」

私がその場を離れようとすると、ジョナスが慌てて私を引き止めようとした。

「――そこで、提案があります」

私は一枚の紙を取り出した。それは、私が独自に作成した『労働契約書」だった。

「この薬を使用する代償として、あなた方の『身体』と『労働力』を、今後一生涯にわたりオルロック家に提供していただきます。……具体的には、北方の鉱山での労働、および新薬の治験モニターです」

「こ、鉱山……!? 治験……!?」

「嫌なら構いません。このまま腐り落ちていくのを待つのも、一つの選択です」

私は、薬の瓶をしまう素振りを見せた。

「待って! 待ってくれ!」
「薬をしまわないで!」

ジョナスとベアトリスが絶叫した。今の彼らにとって、この痛みから解放されるなら、悪魔に魂を売ることなど造作もないことだった。

「サインする! 何でもする! だから早くその薬を!」
「私もよ! 早く塗って!」

二人は争うように契約書に手を伸ばした。しかし、指が震えて思うように動かず、私は彼らの手を取り、無理やりペンを握らせた。震える手で何とか署名させると、そのサインは血判状のように歪んでいた。元義父のオリバーも歪んだ文字で契約書に記される。

「……契約成立ですね」

私は満足げに頷き、カタリーナの方を向いた。

「カタリーナ様はどうされますか? あなたにはサインする手もありませんが」

カタリーナは激しく首を振ろうとしたが、その動きが痛みで引き起こす痙攣けいれんに変わり、思うように体を動かせなかった。彼女の目は必死に私を見つめ、「助けて!」と無言で訴えているようだった。プライドも何もかもない。ただひたすらに、痛みを消してほしいという一心で、彼女の心はその願いだけに支配されていた。
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