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第2話
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ぎこちない夫婦関係が変わり始めたのは、些細なきっかけだった。ある雨の午後、図書室で故郷の詩集を読んでいると、彼がふらりと入ってきたのだ。
「故郷が恋しいか?」
私は慌てて本を閉じた。彼に弱いところを見せたくなかった。
「いいえ。ただ、美しい言葉に触れたくなっただけですわ」
強がる私に、彼はふっと笑みを漏らした。
「そうか。だが、無理はしなくていい。君が寂しさを感じているのなら、それは俺の責任でもある」
彼はそう言うと、私の読んでいた詩集を手に取り、そこに綴られていた私の国の言葉を、たどたどしくも真摯に読み上げ始めた。その声が、雨音と静かに溶け合って、私の心の固い殻を少しずつ溶かしていくのを感じた。
「……とても、お上手ですのね」
「君の国のことを、もっと知りたくてね。少しだけ、勉強しているんだ」
はにかむように言う彼に、胸の奥がきゅっと甘く痛んだ。これが、恋というものなのだろうか。政略結婚の相手に、こんな感情を抱くなんて。
私たちの間に確かな愛が芽生えたと実感したのは、やはりクロエが生まれた時だった。長い陣痛の末、ようやく腕に抱いた小さな命。私は疲労と感動で涙が止まらなかった。ずっと私の手を握り、励まし続けてくれたブラッドは、生まれたばかりのクロエをそっと覗き込み、見たこともないような優しい顔で言った。
「ありがとう、セリーヌ。俺たちの宝物だ」
彼は私の額に汗で張り付いた髪を優しく払い、労るようにキスを落とした。その瞬間、私たちの魂は完全に一つになったのだと、私は信じて疑わなかった。政略から始まった関係は、確かに愛に変わった。クロエという愛の結晶と共に、私たちの幸せな日々は永遠に続くのだと。
そう、ブラッドの幼馴染、エミリーが現れるその日までは。
「ブラッド様、アリスが摘んだお花、ご覧になって!」
エミリーの甘い声が、私たちの静かなティータイムを破った。彼女は小さなアリスの手を引き、私たちのテーブルへと駆け寄ってくる。その手には、拙く束ねられた野の花が握られていた。
「おお、すごいじゃないか、アリス。とても綺麗だ」
ブラッドは椅子から立ち上がると、アリスの前に屈みこみ、その小さな花束を受け取った。その眼差しは、父親のように温かい。いや、父親以上に甘い響きを帯びているように私には見えた。
「昔、君もよく花を摘んでは、俺に冠を作ってくれたな、エミリー」
「まあ、覚えていてくださったの? ブラッド様ったら」
くすくすと笑い合う二人。そこには、私とクロエが入り込む隙のない特別な空気が流れていた。幼馴染。その言葉が、どれほど強固な絆を意味するのかを私はこの時、痛いほど思い知らされた。
エミリーは、伯爵令嬢でありながら、幼い頃からブラッドの遊び相手として城に出入りしていたという。活発で、誰にでも好かれる太陽のような女性。そして、かつてはブラッドと婚約の儀を交わす寸前までいった彼の初恋の相手。破談の理由は王家の都合。より強力な後ろ盾を持つ隣国の公爵令嬢、つまり私との結婚が決定したからだ。
「家族同然の間柄なんだ」
ブラッドは、離縁され領地を追われて困窮していたエミリー親子に、援助を申し出た日のことをそう説明した。
「昔から、妹のようなものだった。困っているのを見捨てるなんて、俺にはできない」
その言葉に、私も最初は頷いた。王太子妃として、慈悲の心を持つことは当然の務めだ。私は彼女たちのために離宮の近くに家を用意させ、必要なものを届けさせた。それが、妻としての、そしてこの国の未来の王妃としての度量だと思っていたから。
しかし、ブラッドの“援助”は、私の想像をはるかに超えていた。
「故郷が恋しいか?」
私は慌てて本を閉じた。彼に弱いところを見せたくなかった。
「いいえ。ただ、美しい言葉に触れたくなっただけですわ」
強がる私に、彼はふっと笑みを漏らした。
「そうか。だが、無理はしなくていい。君が寂しさを感じているのなら、それは俺の責任でもある」
彼はそう言うと、私の読んでいた詩集を手に取り、そこに綴られていた私の国の言葉を、たどたどしくも真摯に読み上げ始めた。その声が、雨音と静かに溶け合って、私の心の固い殻を少しずつ溶かしていくのを感じた。
「……とても、お上手ですのね」
「君の国のことを、もっと知りたくてね。少しだけ、勉強しているんだ」
はにかむように言う彼に、胸の奥がきゅっと甘く痛んだ。これが、恋というものなのだろうか。政略結婚の相手に、こんな感情を抱くなんて。
私たちの間に確かな愛が芽生えたと実感したのは、やはりクロエが生まれた時だった。長い陣痛の末、ようやく腕に抱いた小さな命。私は疲労と感動で涙が止まらなかった。ずっと私の手を握り、励まし続けてくれたブラッドは、生まれたばかりのクロエをそっと覗き込み、見たこともないような優しい顔で言った。
「ありがとう、セリーヌ。俺たちの宝物だ」
彼は私の額に汗で張り付いた髪を優しく払い、労るようにキスを落とした。その瞬間、私たちの魂は完全に一つになったのだと、私は信じて疑わなかった。政略から始まった関係は、確かに愛に変わった。クロエという愛の結晶と共に、私たちの幸せな日々は永遠に続くのだと。
そう、ブラッドの幼馴染、エミリーが現れるその日までは。
「ブラッド様、アリスが摘んだお花、ご覧になって!」
エミリーの甘い声が、私たちの静かなティータイムを破った。彼女は小さなアリスの手を引き、私たちのテーブルへと駆け寄ってくる。その手には、拙く束ねられた野の花が握られていた。
「おお、すごいじゃないか、アリス。とても綺麗だ」
ブラッドは椅子から立ち上がると、アリスの前に屈みこみ、その小さな花束を受け取った。その眼差しは、父親のように温かい。いや、父親以上に甘い響きを帯びているように私には見えた。
「昔、君もよく花を摘んでは、俺に冠を作ってくれたな、エミリー」
「まあ、覚えていてくださったの? ブラッド様ったら」
くすくすと笑い合う二人。そこには、私とクロエが入り込む隙のない特別な空気が流れていた。幼馴染。その言葉が、どれほど強固な絆を意味するのかを私はこの時、痛いほど思い知らされた。
エミリーは、伯爵令嬢でありながら、幼い頃からブラッドの遊び相手として城に出入りしていたという。活発で、誰にでも好かれる太陽のような女性。そして、かつてはブラッドと婚約の儀を交わす寸前までいった彼の初恋の相手。破談の理由は王家の都合。より強力な後ろ盾を持つ隣国の公爵令嬢、つまり私との結婚が決定したからだ。
「家族同然の間柄なんだ」
ブラッドは、離縁され領地を追われて困窮していたエミリー親子に、援助を申し出た日のことをそう説明した。
「昔から、妹のようなものだった。困っているのを見捨てるなんて、俺にはできない」
その言葉に、私も最初は頷いた。王太子妃として、慈悲の心を持つことは当然の務めだ。私は彼女たちのために離宮の近くに家を用意させ、必要なものを届けさせた。それが、妻としての、そしてこの国の未来の王妃としての度量だと思っていたから。
しかし、ブラッドの“援助”は、私の想像をはるかに超えていた。
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