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第15話
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帰り道、ロッドとキャンディは、微妙な距離を保ちながら歩き続けていた。言葉を交わすことなく、足音だけが石畳の道に響く。どちらからともなく、何かを言おうとする気配もなく、ただ重い沈黙が二人を包み込んでいた。
その沈黙を破ったのは、思いがけないタイミングでキャンディだった。
「……手に入らない人って、やっぱり、ニーナ様のこと……ですか?」
彼女の声は、風にかき消されそうなほどか細くふわりと耳に届いた。
ロッドはその問いに答えるために足を止め、しばらく黙っていた。だが、やがて静かに頷くと、深いため息をひとつついてから静かな口調で言った。
「ああ。私は、彼女が幸せであればそれでいいと思っている。たとえその幸せの隣にいるのが、私ではなかったとしても」
言葉は穏やかで、決して無理に笑顔を作ろうともしなかった。ロッドの目は、夜空に輝く星を見上げるように遠くを見つめていた。
その言葉には、自分に言い聞かせているかのような、無理に平静を装った響きがあった。ロッドの横顔に浮かぶわずかな諦めの色、そしてその中に隠しきれない深い愛情を感じ取ったとき、キャンディの胸はぎゅっと締め付けられるような思いに駆られた。
彼もまた、誰かに傷つけられ、痛みを抱えているのだ。それを感じながらも、この人はその痛みを他人のせいにすることなく、ただ静かに受け入れて相手の幸せを心から願っている。
そんな姿に、キャンディは心から尊敬の念を抱いた。そして、ふとした瞬間に芽生えた微かな感情。それは、今まで感じたことのない心の奥底から湧き上がるようなものだった。それは、嫉妬や憎しみとはまったく異なる感情。
けれども、この気持ちは、始まった瞬間から報われることがないと知っていた。彼の心には、もうひとり、越えられない壁の向こうにニーナがいるのだから。キャンディはその事実をわかっていた。そして、その切ない現実を受け入れながらも、彼の幸せを心の中で願うしかない自分を少しだけ誇りに思う。
「……お節介、どうも」
キャンディは、顔を俯けたまま小さな声でそう呟いた。それは、彼女ができる限りの感謝の気持ちを表現した最良の言葉だった。
ロッドは一瞬驚いたように彼女を見つめた後、やがて柔らかな微笑みを浮かべて答えた。
「どういたしまして」
その微笑みは、キャンディの心の中の冷え切った場所に、小さな灯火をともすかのように温かさを広げた。切ない想いが揺れながらひとしずくの安堵を感じた。今はこの気持ちをそっと心の中にしまっておこう。そしていつか、わたしもこの人のように、誰かの幸せを心から願えるような、そんな人間になれたらいいなと思うのだった。
夏の祭りの夜は、次第に静かに更けていった。修復されたばかりの絆、芽生えたばかりの切ない恋、そして気高く手放された愛。それぞれの心には異なる光が灯り、彼らの運命の歯車は少しずつ新たな音を立てて回り始めていた。
その沈黙を破ったのは、思いがけないタイミングでキャンディだった。
「……手に入らない人って、やっぱり、ニーナ様のこと……ですか?」
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「ああ。私は、彼女が幸せであればそれでいいと思っている。たとえその幸せの隣にいるのが、私ではなかったとしても」
言葉は穏やかで、決して無理に笑顔を作ろうともしなかった。ロッドの目は、夜空に輝く星を見上げるように遠くを見つめていた。
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彼もまた、誰かに傷つけられ、痛みを抱えているのだ。それを感じながらも、この人はその痛みを他人のせいにすることなく、ただ静かに受け入れて相手の幸せを心から願っている。
そんな姿に、キャンディは心から尊敬の念を抱いた。そして、ふとした瞬間に芽生えた微かな感情。それは、今まで感じたことのない心の奥底から湧き上がるようなものだった。それは、嫉妬や憎しみとはまったく異なる感情。
けれども、この気持ちは、始まった瞬間から報われることがないと知っていた。彼の心には、もうひとり、越えられない壁の向こうにニーナがいるのだから。キャンディはその事実をわかっていた。そして、その切ない現実を受け入れながらも、彼の幸せを心の中で願うしかない自分を少しだけ誇りに思う。
「……お節介、どうも」
キャンディは、顔を俯けたまま小さな声でそう呟いた。それは、彼女ができる限りの感謝の気持ちを表現した最良の言葉だった。
ロッドは一瞬驚いたように彼女を見つめた後、やがて柔らかな微笑みを浮かべて答えた。
「どういたしまして」
その微笑みは、キャンディの心の中の冷え切った場所に、小さな灯火をともすかのように温かさを広げた。切ない想いが揺れながらひとしずくの安堵を感じた。今はこの気持ちをそっと心の中にしまっておこう。そしていつか、わたしもこの人のように、誰かの幸せを心から願えるような、そんな人間になれたらいいなと思うのだった。
夏の祭りの夜は、次第に静かに更けていった。修復されたばかりの絆、芽生えたばかりの切ない恋、そして気高く手放された愛。それぞれの心には異なる光が灯り、彼らの運命の歯車は少しずつ新たな音を立てて回り始めていた。
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