婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々

第35話

学園で待ち受ける気が重くなるイベント。それは調理実習だった。ここでは料理ができることが、良き妻となるための必須教養とされているという、時代錯誤のような風潮が漂っている。

ああ、馬鹿らしい。まさか “男を胃袋で掴め” なんていう古臭い考えが、今の時代でも通用するとでも？　美味しい料理を作れることは大事だと思うけど。まあ、そんな建前に従い、私たちはエプロンをつけて、にこやかに野菜を切らなければならない。

でも、教室に入って班のメンバー表を目にした瞬間、私はちょっとだけ心臓が跳ねるのを感じた。

『第四班：カイル、エリーゼ、シャロン、他二名』

カイルと同じ班。その事実は、どんよりとした曇り空に差し込んだ一筋の光のようだった。しかし、その光を遮断するかのように、そこにあったのは厄介な名前──シャロン。彼女は伯爵令嬢で、学園一のぶりっ子として有名だ。妹と同じく、ふわふわの縦ロールに計算された上目遣い。香水の匂いは甘く、彼女の周りには常に華やかな雰囲気が漂っているかのようだった。

そして、教室の空気が静まり返る中、シャロンがにっこりと笑いながら優雅に挨拶した。

「ごきげんよう、皆様。この班で、ご一緒できて光栄ですわ」

その声に、何か計算された響きがあった。視線が一瞬、カイルに向けられ、わずかに上目遣いをしているのを私は見逃さなかった。ああ、もう、胸焼けがしそうだ。始まる前から、そんな気分にさせられるなんて、腹の中にひどく甘いものを詰め込まれたような感じだ。

「やっぱり、料理ができない女子なんて、ありえませんわよね？　殿方の心と胃袋を掴んでこそ、真のレディですわ」

調理台に向かうと、シャロンは自信に満ちた話し方で余裕な顔をしていた。シャロンは、レースのフリルが贅沢に飾られた華やかなエプロンを身にまとい、彼女の気合の入れ方が他の誰とも違っていた。

「そうですわよね」
「シャロン様は、お料理がお得意ですものね」
「素晴らしい料理を作られるに違いありませんわ」

別の班の令嬢たちが、シャロンを褒めるように相槌を打っている様子は、舞台での演技のように見えた。まさか、ぶりっ子令嬢のために、必死に太鼓持ちをしているのだろうか？　見え透いたお世辞を並べ立てるその姿に呆れてしまう。心の中でそう思いながら、私はその言葉に反応せず、エプロンの紐をきつく結んだ。

今日の課題は、若鶏のクリーム煮と、それに添えるパン、そしてデザート。まさに貴族らしいランチだ。

「わたくし、クリーム煮には少々自信がありますの」

シャロンは、そう言いながら鶏肉を手に取った。その声には確かな自信が感じられたが、実際にその手つきは見ていられないほど危なっかしいものだった。包丁を持つ手は小刻みに震え、切っ先がまな板の上で滑っていく。

鶏肉は、手に負えないかのように分厚く切られていたり、皮だけが不器用に繋がっていたりして、見るも無惨な姿に変わり果てていった。ぶりっ子令嬢シャロンが、本当に料理が得意だと言えるのだろうか？　私は、思わず疑問を抱いてしまった。

「あら、この鶏、少し硬いですわね。食材がよくないのかしら？　上手く切れませんわ」

シャロンは、自分の失敗を他のせいにするかのように、そう言い訳をしながら顔をしかめた。