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君の名前は?

進め、一刻寮探検(3)

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 扉を開けると、そこには、複数台のテレビが並び、数人の男子が格闘ゲームらしい対戦ゲームに興じていた。
 天井には、ミラーボールが吊るされ、光の洪水のように眼がチカチカする。

「おおおおおお! 女子だっ!」

 中にいた一人が、志信たちを見て声をあげた。

 一瞬、驚いて、志信たち四人は身をすくめたが、青いハッピを来た乾が立ち上がり、四人を中に招き入れた。

「ようこそ、ゲーセン『325』へ、何かやりたいやつがあれば、この中に。電源不要のゲームもあるし、好きなのを選んで、あ、あと、飲み物はセルフサービスになってるんで、適当にどうぞ」

 乾が示したところには、家庭用のワゴンが置いてあり、2リットルのペットボトルが数種類と、プラカップが置かれていた。

「おい、ちょっと、場所あけて」

 そう言って、佳雅丸は四人が座れるように、真新しい座布団の席をあけてくれた。

 居場所を奪われた男子たちは、特に気にする様子もなく、コントローラーを持ったまま、勝手知ったる、住人の机に備え付けのOAチェアに場所を移していた。

 対戦格闘ゲームをしている二人と、オセロをしている者が二人、どちらも片方がこの部屋の住人らしく、青いハッピを着ていた。

 名前のアピールなのか、自分の名前をたすき掛けにしていた。

「さて、今手があいているのが俺だけなんだけど、どうしようか?」

 佳雅丸は、自分のものらしいマグカップに、コーヒーディスペンサーからコーヒーを注いで、中央のテーブルに置いた。

「あの、スタンプは……」

 志信が言うと、

「ああ、スタンプか、スタンプはねえ、何でもいいから、この部屋の住人と勝負をして、勝ったら押す、という事にさせてもらってる」

 なるほど、と、志信たちは理解した。
 青いハッピを着た住人達と対戦しているのは、スタンプをもらいに来た新入生だったのだ。

「んじゃ、まあ、自己紹介からお願いしよっか? って、俺、オリエンテーションの時に会ってるっけ」

 佳雅丸が言うと、志信と亜里沙が手をあげて、

「あ、私達は、乾先輩から説明受けました」

「私達は、他の人だった、よね?」

 麻衣が確かめるように和美に言った。

 結局、女子が来た事で、対戦ゲームとオセロをやっていた四人も一旦手を止めて、ひとしきり自己紹介をし合った。

 格闘ゲームをしていた二人は、ちょうどよいタイミングだったのか、挑戦者の勝利で無事スタンプをゲットしたようだ。

 女子四人に、男子三人の手があいたという事で、一気にゲームができそうなトランプに切り替えて、大貧民を始める事にした。

「あれ? お前らもやんの?」

 無事格闘ゲームに勝利し、スタンプをゲットした一年生が引き続き部屋に残っていたのだが、そのように言われ、あわてて立ち上がろうとしたところを佳雅丸が引き止めた。

「いいっていいって、ゲームは方便、新入生とコミニケーションを作る為のイベントなんだし、用事が無いなら遊んでいきな」

 佳雅丸にそのように言われて、立ち去ろうとしていた新入生男子はほっとしたように再び座った。結果、男子三人、女子四人、計七人による大貧民が始まった。

 オセロ組は、机の方に場所を移したので、テーブル全てを使ってゲームを始める。

「大貧民って、ローカルルールが多いんだよなあ、俺んとこ、革命ルールがけっこうえげつなかったんだけど……」

 人数が増えたので、BGMのボリュームを絞り、会話メインに切り替えたのか、佳雅丸は積極的に皆に話しかけていた。

 オリエンテーションの時の印象そのままに、皆の中心にいる人なのだな、と、志信たちは思った。

「そういえば、千錦寮は大変だったろ、色々騙されて」

「食堂のアレとかね」

 寮食堂でいっせいに歌われる歌は、男子寮の新入生にも相当なインパクトをもって受け入れられていたようだ。

 そして、正しい方の『寮歌』が、入寮式の際に、『寮歌保存会』の指導の元、歌われたのだが、誰もが皆、替え歌の方の印象が強すぎて、笑いそうになるのをこらえながら、厳粛な式に臨んでいた。

「でも、羊谷はあれ、進んで引き受けたみたいだから」

 羊谷悠嘉みたにはるか、それは、あの時、学ラン、鉢巻、無精髭で表れた、音頭をとっていた学生の名前らしい。

 はるか というと、女子のようにも思えるが、男子、しかも、志信が驚いた事に、まだ二年生なのだという。

「羊谷さん、ぜっっったい留年生だと思ってました、俺」

 佳雅丸の部屋の新入生男子が言った。

「あー、でも、羊谷、二浪してるから、歳は俺のイッコ上」

 つまりは、4年生と同じ歳という事だが、学年的には乾の方が上なわけで、佳雅丸の言葉遣いはぞんざいだった。

「そうなんですか……」

 志信は、そこまでの話は知らなかったので、妙に納得してしまった。

 見た目、二年生には見えなかったけれども、実際、年上だったのだ。

 一年浪人している志信から見れば、同室の早希も佳織も歳は一緒だが、二浪している羊谷は、それよりもさらに上なのだと思うと、不思議と安心した。

 入学前、志信は、浪人しているという事で、少しばかり心配はあったのだが、中に入ってみると、一年生は一年生だったし、二年生は二年生なのだ。

 中学の頃などは、一歳の違いでも、かなりシビアに上下関係があったが、大学はそこまで拘る必要はないのかもしれない、とも、志信は思った。
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