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【7】疾風怒濤の忘年会?

(2)渡り廊下での攻防 二回目

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 早希と律子の為に豚汁を温めて器にのせたトレイを持って志信が調理室から戻ると、ロビーがざわめいているところだった。

「……あの、何かあったんですか?」

 テーブルにトレイごと置いて、志信が尋ねると、興奮気味の佳織が言った。

「始まったっぽい」

「え、でも、もう始まってたんじゃ……」

 志信が尋ねると、

「比較的良識のありそうなメンツがつぶされて、タガが外れかかった連中が動き出した、っていう意味ね」

 皮肉っぽく律子が言った。

「よし、正面玄関も鍵かけちゃお」

 決意したように杏奈が言った。

「まだ時間には早いけど……都度開ければいいか、そうしよ」

 早希が言うと、正面玄関の一番近くにいた律子がすぐに正面玄関の鍵をかけた。

「後帰ってないのは?」

 寮内に残っているメンバーをリストにしたものを見ている杏奈に佳織が聞くと、

「んー、だいたい帰ってきてるかなー、あー、晶子先輩がまだだけど」

「晶子さんなら、まあ、大丈夫かな……」

「自力でなんとかできる人だしねえ……」

 滝宮晶子は先代の監査委員長だ。もう一期続けられれば、と、早希が思ったほどに、千錦寮内でも一目置かれている人物だ。

「あー!」

 ふいに、志信が頓狂な声を出した。

「亜里砂ちゃんが、まだ帰ってません、今日バイトで……、本当だったらもう帰ってくる予定だったんですけど」

「えー、早く帰ってくるように言っといたじゃーん」

 あきれたように律子が言ったが、すかさず佳織がフォローした。

「亜里砂ちゃんっのバイト先ってノスフェロー? 昨日、おまかせランキングで特集やってたでしょ」

「そっか、いつもより混雑してるのかも」

 すぐに佳織の意図を理解して律子が言った。

「なんですか? おまかせランキングって」

「深夜番組だからねー、うちの部屋は見てたけど……、亜里砂ちゃん、自分とこのバイト先なのに見てなかったんだ、それなら知らなくてもしょうがないかあ……」

「どうしましょう、いっそ迎えに……」

 志信が言うと、

「いやいや、それじゃミイラ取りがミイラになりかねんよ」

 杏奈が答えた。

「杏奈、あんた、それ、言ってみたかっただけでしょ……」

 律子の言葉に、杏奈は少し照れて言った。

「……バレたか」

 その時だった。

 がシャーーーーーーん!!

 階段の、もっと上の方で、何かが割れる音がした。

「今の音って……」

 青ざめた早希が階段の方へ行こうとする。

「佳織、ここ、まかせていい?」

 早希が言うと、

「一人じゃまずい、りっちゃん」

「オッケー」

 早希と律子が階段へ向かった。

 そして、間が悪い事に。

「あー、なんつータイミング」

 思わず声をもらした志信の視線の先には、ちょうど自転車置き場から玄関に向かおうとしてくる亜里砂の姿があった。

 渡り廊下側からだと、見とがめられて誰かがこちらに来るかもしれない、とっさに判断しが志信が正面の鍵を開けようとしたが、玄関が閉まっていると思ったのか、亜里砂は鍵を取り出して渡り廊下側に回ろうと動いてしまった。

 それほど防音がきいているはずもないのだが、必死にちょっと待って! と、合図を送る志信の思いに気づかないまま亜里砂は渡り廊下側へ向かってしまった。

「佳織先輩! 亜里砂ちゃんが!」

 志信が言うと、佳織が渡り廊下側のドアを開けて、急いで亜里砂を中に入れようとした、……が。

「おおおおおおお!!! 女子はっけーーーーん!」

 先ほど、佳織に言われて戻って行った赤井と緑野が、隠れていたのか、様子をうかがっていたのか、亜里砂が来たのをめざとく見つけて現れた。

「亜里砂ちゃんッ! 急いでッ!!」

 志信の声に反応したところで、かえって亜里砂の対応が遅れた。

「おー、一年生じゃーん、誰だっけ……えーっと」

「あれだよ、牛島さん、じゃね?」

 亜里砂からすれば、有象無象の上級生でしかない二人が突然話しかけてきた。日頃であれば、無視して立ち去りたいところだが、何故か二人ともかなり酔っているようで、目が完全に据わっている。

「すいません、失礼しますッ」

 不快に思いながらも、最低限の礼を崩さない様子で亜里砂がすり抜けようとしたが、酔っているわりに妙に俊敏な赤井がまわりこむ。

「えー、なんでー、ちょっとくらいいいじゃーん」

 その時だった。

「あーーーーかーーーーーーいーーーーーーー!!!!」

 誰の声か、怒りのこもった声がして、赤井と緑野が一瞬気をとられた隙に、志信が亜里砂の腕をとり、引き寄せた、とたん。

 ばしゃああああああッ!!

 叫んだのは佳織、そして、二人にバケツに入った水を浴びせかけたのは律子だった。

「何だ、これ、冷たッ!!」

「お前、何してくれてんだ!」

 赤井と緑野が怒って向かって来ようとするのを、律子と佳織が仁王立ちになって立ちはだかった。亜里砂は志信に連れられて既に千錦寮の中に逃げ去っていた。当然、扉は施錠されている。

「今日は冬にしては暖かかったけど、今、そのまんまでいると、下手すると服凍るよ?」

「早く着替えた方がいいんじゃないの?」

 腕を組んだ佳織と、その横には律子が。そして、何かを察した志信がそーっとおかわりのバケツを律子の足下に置いていた。

「それとも、おかわりいる?」

 律子は、見た目から大人しそうだと思われがちだが、口の悪さ、当たりのキツさは四人中一番だ。一見いい人そうと侮られやすいが、怒ると目が据わる。

 つまり、かなり、キツい見た目になるのだ。

「どうする?」

 口元だけに笑みを浮かべつつ、目だけは笑っていない律子の迫力に気圧された赤井と緑野は、大きなくしゃみを二つした。

「ほらほら、お風呂はあっち、ね?」

 佳織に言われて、くるりと方向を変えて、足早に風呂の方へ戻っていった。

「あーー、りっちゃん、ありがと」

 佳織は、扉を素早く開けて、鍵をかけながら言った。

「律子先輩、いつの間にバケツなんて……」

 志信が言うと、

「んー、てっとり早く武器になりそうなものはないかなーと思って、そしたら防災バケツがあったから、一応くんでおいたの」

 声は声優かと思うほどにかわいらしいのに、言うことはわりと物騒だ。

「でも、大丈夫でしょうか……あんな」

 亜里砂は恐れおののいた様子で言うと、佳織がフォローした。

「今日はね、お風呂わかしてるはず」

「え? 何でですか?」

「あー、ほら、つぶされて、エクスプロージョンする人が続出する、から?」

「卒業生の古着とか、バスタオルとかも用意してあるみたいよ、あと毛布も」

 そこまで周到にしてまで酔い潰れる意味がわからない、と、志信は思ったが、何か屈託があるのだろうか、とも思った。

「志信ちゃん、悪いんだけど、上の様子、見てきてもらってもいい?」

 佳織が頼むように志信に言った。屋上の方へ向かった早希と杏奈を心配しているのだろう。

「私たちはもう少し、こっちで番してるから」

 律子の顔は、いつもの柔らかく、何を考えているのかわかりにくいアルカイックスマイルに戻っていた。
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