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神様Help!

騒動後の顛末(中)

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「さて……」

 バルバロイは自身の神殿から、ヴリンダが去ったのを確認すると横たえられたふたりを見る。
 昨日まではヤマトと毎日のように酒盛りをしては、アンジェラに呆れられていた場所だ。
 今はテーブルの代わりに祭壇が運び入れられていてふたりが横たえられている。
 ……あの騒ぎが嘘のような静寂だ。

「俺の力が及ばず済まなかった。……結局、アンジェラの命まで奪われることになってしまうとは……」

 バルバロイは横たえられているふたりの頭の方にゆっくりと回った。ふたりの額に手を添え、その魂と接触する。

『そのようなことを仰らないでくださいバルバロイさま。私は、彼の魂が闇の領域に囚われなかっただけで満足です』

 アンジェラの言葉には、後悔を滲ませるような響きは一片も無かった。

「それに、デビッドの名誉を守ってやることもできなかった」
『バルトスさま――いえ、バルバロイさま。すべては私の罪です。あのままならば、間違いなく使徒と化していたのですから。バルバロイさまには地上の一戦士をこれほどまで気に掛けていただき――謝罪など恐れ多いことです』
「アンジェラ……、デビッド……」
『しかし、邪気にまみれた私の魂を解放してくれたあの方はいったい?』

 デビッドの疑問はもっともだろう、ヤマトとはあの場で初めて顔を合わせたのだし、あの状態だったのだ。ルチアが大和のことをなにか伝えていたとしても理解などできなかったろう……。

「そうだな……、いまのオメエになら話しても問題ないか。アンジェラは、ヤツから聞いているようだしな。――ヤツは、今訳あってこの星界に居ない主神の代理だ」

 バルバロイの言葉に、デビットから驚きの声が上がった。

『あの方が、主神……さま』
『私も先日聞かされたときには驚きました。……特別な事情をお持ちのお方だとは思っていましたが、主神さまの代理だとは。……だからこそ、あのように特別なお力の発現が可能だったのですね』

 まあ世界の命運を担う主神が、たとえ代理だとはいえこのように簡単に地上に現れれば驚かないほうがどうかしている。ましてやアンジェラは、このエルトーラでのヤマトの日常を最も間近で見ていたひとりなのだ。
 それに、ヤマトがデビッドの邪気を浄化したことに対する驚きも尤もだった。
 使徒に落ちる寸前の者から邪気を浄化するなど、神話の中での奇跡としてさえ逸話が残っていないはずだ。
 バルバロイですら、主神がそのような力を持っていると耳にしたことがあっただけなのだから。

『……それにしましても、あのお方は、ご自分が純粋な神族ではなく、違う世界からやって来て、人から神になったばかりだと仰っておりました』
「ヤツめ、そこまでオメエに心を開いていたのか。さすがは俺の筆頭巫女だ。だからな……まあまだ若い神だ」
『元……人族。だとしたら、私達の状況に――あのように狂乱なされた理由わけが分かったような気がします。……私の不明故に、尊いお方たちに大きな負担を掛けてしまったことこそ、お詫びしなければなりません。……主神代理さまの容体はいかがですか?』

 デビッドは使徒化前のここしばらくの意識混濁から、最近の出来事は理解できていない。だが意識を取り戻してからの一連の出来事と、今の話で事態の流れは分かったようだ。

「やつは天界に連れて行かれたそうだから詳しくは分からんが、魔堕ちの危険を乗り越えたことは確かだ」
『……そうですか、わたしたちのために代理さまには多大な迷惑を掛けてしまったのですね』

 アンジェラの言葉には心苦しそうな響きがある。

『………………』

 デビッドも彼女と同じように感じているのだろう、重苦しい沈黙の意識がバルバロイに伝わってきた。


「……さて、俺たちは結局、おまえたちの命を救うことはできなかった。本来ならば輪廻の流れの中に、その魂を返すところだが。俺とヴリンダ、そしてヤマトの三柱がおまえたちに関わり、その心を砕いた。ためにお前たちには幾つかの選択肢が残されている」

 その言葉は、バルバロイのいつもの言い捨てるような乱暴な調子ではない。神の威厳をもった口調だ。

「ひとつはそのまま輪廻の流れに帰る。この場合、次に転生するときには今よりも高い能力を持って生まれてくることができる。ひとつはアンジェラとデヴィッド、共に同じ刻に現在の記憶を持って、今と同じ性別に転生し、今一度巡り会うことができる。ひとつは魂のまま時を待ち、神使として新たに受肉することができる。また神使となる場合我ら三柱の中から仕える神を選ぶことができる。俺が示すことが出来るのはこの三つだ。だが、最後のヤツは正直勧める気にはならん」
『どういうことなのですかバルバロイさま? 神使といえば、私達人間のあいだでは神の使いとして憧れの対象ですが』
「神の使というのは間違いない。だが、神使は輪廻の流れから外れた存在だ。確かに我ら神に近い存在になるし、できることも増え、その寿命は永遠になる。だがな、神使の力は決して神の域にはとどきはしない。それに神使は、ほぼ間違いなく地上で生活することになる。神職が神の目であり言葉であるのなら、神使は常時の力だ。そしてもっとも重要なのが、神使となったものは神の座に上ることはできない。しかもその死は神と同じく魂の消滅になると云うことだ。神使は【人化降臨】を使うことはできない……。神と違いリスクが大きすぎる」
『しかし、いま以上に神々のお役に立つことができるのですね』
「アンジェラ……オメエ……。おいデビッド、オメエの意見は」
『私もアンジェラと同じ気持ちです。今回おかけしたご苦労も含め、私は自分の力でみなさまにお返ししたい』
「まったく似たもの夫婦だなオメエらは。……それに意志は硬いようだ。……しかも、仕える神も既に決めてるみてえじゃねえか」

 今は魂に直接触れている状態だ、思考が分かるわけではないが意志は感じることができる。

『『私達はヤマトさまにお仕えしたいと思います』』

 声をそろえて言うふたりに、バルバロイは大きく息を吐き、諦めたように目を瞑る。

「……理由を聞いても良いか?」

 ふたりの意志の固さは感じているのだ。既に反対する気も無いが、その点に興味があった。
 バルバロイの言葉に、まずアンジェラが応えた。

『このひと月あまり、あのお方と過ごして、……何やら背伸びをしている弟でも見ているような、そんな気持ちを抱いていたのです。その原因が人から神へとなりまだ日が浅いと聞いたことで理解できました。おこがましいかもしれませんが、私はあの方の支えになってやりたいのです』

 アンジェラの言葉が終わると、今度はデビッドの言葉が響く。

『私は、あの方が私を刺した後に見せたあの慟哭に心を引かれました。お若いあの方はこれからも魔に堕ちる危険をはらんでいることは確かです。ですが、あの慟哭は我ら地上のモノたちを、心の底から想う方のものだと思えたのです。私もあの危ういお方のために些少ではありますが力となりたいのです』
「ぶっ、ヴァハハハハハハハハハハハ……、まったく、言ってることも同じゃねーか。まっ、俺もシュアルも、あのサテラも同じ思いでヤツに手を貸してるんだろうがな。たぶん今回の件でヴリンダのヤツも同じ思いだろうさ……。だが、これはきっとたいへんな決断になるぞ。――覚悟しておけよオメエら」

 実際、ヤマトにはどこか力になってやりたいと思わせる懸命さがある。外面的には少し物事を斜めから見ているところがあるし、おちゃらけているところもある。
 だが彼の本質は、自身が決めたことを懸命に果たそうとする真摯さである。そのことは少し付き合えばわかるものだ。

「アンジェラ、デビッド……。ヤマトのヤツが主神である以上、その力になる機会は近いうちに訪れるだろう。ただ……いまは暫し休むがいい」

 彼はふたりの額から手を離すと両の腕を目の前の空間に突っ込み、ふたりの魂を納めておく神器を倉界から取り出した。
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