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56話 「ガイの連れ」

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「よっほっ……ととっ」

もはや日課となっている屋台での軽食販売を終え、宿へと戻った加賀であるが売上金を仕舞うと再び出かけるようである。
宿の前の通りが雪解け水でぐちゃぐちゃになって居たため、うーちゃんを抱えようとする加賀であるがうまくいってないようだ。
と言うのも最近ただでさえ大きく、重くなってきたうーちゃんであるが、先日ビーフシチューをたらふく食べて以来一気にその重さを増したのである。
さらにはうーちゃんの毛並みのよさが仇となり非常に滑りやすくなっており、抱えようとしたそばからずり落ちてしまうのだ。

「……命、首絞まってますよ」

「うぇ? ……うーちゃんごめんっ」

ずり落ちた結果ちょうど首が加賀の腕のところに着ていたのだ、うーちゃんはまったく平気そうであるが、傍目には兎の首を絞めているようにしか見えない。
加賀は慌ててうーちゃんを解放すると、首の様子を確かめて。

「でかけるんなら抱えとくよ、母ちゃんも買い物したいし……すごい手触り良いね」

うっ(そうであろう? しっかり堪能するとええぞ)

ひょいと軽そうにうーちゃんをも抱え上げる咲耶。
加賀よりも力があるのか、それとも能力で補助しているのか。どちらにしても苦にした様子は見られない。

「それで何買いにいくの?」

「んんっと、とりあえずは食材買わないとだね。皆がガイさん並みに食うわけじゃないだろうけど……」

自分の腕をぷにぷにとつついていた加賀であるが、咲耶に問われ慌てたように答えを返す。
言い終えたところで、自分の非力具合が悲しくなったのか悲し気に咲耶に抱えられたうーちゃんをみやる。

「そう、それじゃ先にこっちの用事すませちゃおうかな」

「ん、じゃそれでー」

加賀の用事は布や裁縫道具などの購入であった。
近所の雑貨屋にはいった咲耶は思って以上の品ぞろえのよさにほくほく顔である。
大量……ではないが片手で抱えられるぎりぎりぐらいの量を購入し店を後にする。

「服でも作るの?」

「うん、せっかく違う世界に来たんだもの。趣味に走ってみてもいいいじゃない?」

裁縫が趣味であった咲耶であるが、前の世界では作るのは一般的な服に限られていた。
だがここでなら趣味に走っても問題ないだろうと、今からうきうきした様子である。

「趣味に走りすぎないようにねー、ここの人あまり派手な服きないみたいだし、悪目立ちしちゃうよ?」

「ん、その辺はわきまえる。それに最初につくるのはうーちゃんのだし、少し目立っても平気よう」

うっ(なんですと!?)

そんな感じで3人は特にこれと言ったイベントもなく買い物をすませ帰路につく。
途中うーちゃんが地味になので!と懇願していたが華麗にスルーされていた。


そしてほぼ同時刻の街の外、街道を歩く5人組が居た。
全員がガイと共にダンジョンを攻略したメンバーである。
ダンジョン攻略後まもなく出発したからだろうか、いずれも軽装ではあるが装備に身を包んでいる。
先頭を歩いていた少し軽薄そうな男が目の上に手をかざし遠くを眺める仕草を見せた。

「よーやく到着かあ、ガイのやつちゃんと宿確保してっかねえ」

「難しいかも知れません。完全に出遅れてしまっていますし」

「うむ、最悪野宿も確保せねばならん」

「……それはちょっと」

軽薄そうな男との言葉に次々に答える彼ら。一人は優し気な顔立ちの杖をもった男、もう一人は髭ずらの盾もちのおっさん。そして腰に剣を2本差した糸目の男である。
彼らに共通するのは誰もがかなり鍛え上げられた肉体をもつと言うことだろうか。
ダンジョンを攻略しただけあってかなりの実力者なのが伺える。

「んで、お前はさっきから何黙りこくってんだ?」

「………」

そして最後に軽薄そうな男が声をかけた人物。
全身を覆う外套に目元だけをだした帽子のようなものを身に着けており、そこから素顔を伺うことも、男性か女性であるかすら判別がつかない。

「うぉい、聞いてんのかー?」

「……ああ、すまない。ちょっと気になることがあってな」

再び軽薄そうな男に声を掛けられ、やっと気が付いたのか顔をあげ返事をする外套の人物。
口元も覆われている為ややくぐもって聞こえるが、確かに男性の声であった

「気になるってなにがよ?」

「あの街、精霊の力が異常に高い」

「へぇ、そうなんか? まあ、俺らにゃ分からんがな」

そういって笑う軽薄そうな男を静かに見つめる外套の男。
それを見ていた髭ずらのおっさんが口を開く。

「神の落とし子がいるそうだし、それじゃないか? 全員精霊魔法を使えるって話だろう」

「……そうかも知れないな」

そういって再び街を目指す一行。
程なくして街へとたどり着いた彼らはガイと合流し、「兎の宿」へと向かう事になる。


「おうおうずいぶん立派な建物じゃねーか」

「これはまた……見たことのない形の宿ですね」

「……あまり高くないとええが」

「けちくせーぞ、おっさん……んで、お前はまた黙りこくってどうしたんだよ」

宿をみて口々に感想を述べる一行だが、外套をまとった人物だけ宿をみたまま無言で固まっていた。

「……ここが精霊の力。その発生源だ」

「あ、言い忘れてたっすけど、ここの従業員神の落とし子っすよ!」

「早く言えこの野郎」

静かな声色のまま言葉遣いが荒くなる外套の人物。それをみて軽薄そうな男は楽し気に笑い出す。

「ぶはは、また素が出てっぞーおい」

「やれやれ……さっさと入るぞい。はよ休みたいんじゃ、わしは」

そういって宿の扉をあける髭ずらのおっさん。
それを出迎えたのは受付で待機していたバクスである。

「おう、いらっしゃい。みんなガイの連れだな? 『兎の宿』にようこそ、歓迎ずるぞ」

「おぬしは確か……ガイの師匠のバクスさんだったかの?」

「ああ、そうだ」

「おお、そうかそうか。これからしばらく厄介になるでの、よろしく頼むわい」

そう二人が話してる間に残りの連中も宿の中へと入ってくる。
バクスは受付をすませた彼らに部屋の鍵を渡していく、そしてそこで外套を脱いだ人物をみて、ふと動きをえる。

「……おっと、失礼。エルフの探索者は久しく見てなくてな」

「いや、珍しいのは確かだからな気にしてない……良い宿だ、しばらく世話になる」

そんなやり取りが行われていた玄関と一枚壁を隔てた向こう側。
そこではこっそりそのやり取りを聞いていた八木と加賀の二人がひそかに沸き立っていた。

「おい、聞いたか加賀? エルフだってよ」

「聞いた聞いた、どうしよ? 挨拶するふりしてみに行っちゃう?」

「それだ! 善は急げだ行くぞ」

何が善は急げなのか分からないが、二人はそろって玄関へ通じる扉を開けるとまだ玄関にいた一行へとその視線を向ける。
そして同じように玄関にいた一行も突然現れた二人へと視線を向ける事となる。
外套を脱いだその人物と視線を合わせた八木と加賀の二人、彼らは異世界にきて初めてエルフに出会う事が出来たのだ。
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