黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ

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三十二話 君に決めた!

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「セルジュ!」

 クロードが鋭く叫び、スワンと一緒に前に出てセルジュとエミールを庇った。

「うわぁっ!」

 白い粘液のような物がシュッと飛んできて、ニコラスがさっと逃げながら悲鳴を上げた。

「また大きくなってる!」
「ちょっと! 何なんですかこれは!?」
「何かの魔法生物の幼虫!」

 ニコラスとスワンが叫び合うのを聞きながら、セルジュは茫然と目の前で蠢く巨大な物体を見上げていた。

(何これ、虫?)

 七、八メートルほどの巨大な緑色の細長……いや、太長い生物が、割れた卵の殻に半分まだ入った状態で体をくねらせている。卵の周辺の木々がごっそり無くなっているのは、おそらく幼虫に食べられたからだろう。この虫は目が見えにくいのか、シュッシュッと絶えず吐き出している粘液の狙いは正確さに欠けていたが、興奮してこちらを攻撃しているのは明らかだった。

「何かって、あんたが持ってきたんでしょうが!」
「だっていつもはこんなことにはならないんだって! 掌くらいの小さな卵を卵のまま持って帰るはずだったのに、ここに来て急に巨大化したんだ。てかこっちも親切心で持って来てるんだよ!」
「何訳のわからないこと言ってんですか! 掌の大きさの虫の卵って、十分大き過ぎですよ!」

 スワンと口論していたニコラスがすがるような目でクロードを振り返った。

「クロード! 早くこれ何とかして!」

 クロードはさっと右手を挙げたが、すぐに気がついて首を振った。

「無理だ」
「何で!?」
「これは魔獣ではない。巨大化して興奮して暴れているが、本来無害な魔法生物だ。俺の力では使役することはできない」
「ええ~?」

 再びシュッと飛んできた粘液を避けながら、ニコラスが情けない声を上げた。

「今すぐ弟さん呼んで下さいよ!」
「そんなすぐには来られないよ」
「え、あれ、ちょっと待って下さい。なんか様子がおかしくありませんか?」

 巨大な芋虫は攻撃するためにも粘液を吐き出していたのだが、よく見ると入っている卵に繭を被せるように粘質の糸を吐き出していた。

「あ、もしかしてあれじゃないですか? ほら、蚕が作る繭みたいな……」

 セルジュがポンッと手を叩いて思いついた見解を述べた。

「え~? さっき孵ったばっかりなのに?」
「ちょっと! これ一体何に成長するんですか? まさか飛ぶんじゃないでしょうね?」
「あの緑の幼虫を見た感じ、蝶になりそうじゃないですか?」
「ニコラス殿! 早く何とかして下さい! これが南領の空を飛び回ったらどうしてくれるんですか?」
「ほ、本来無害な魔法生物だってクロードが……」
「実際今攻撃してきたじゃないですか! 飛び回って領民を攻撃でもされたらどうしてくれるんですか!?」
「クロード……」

 心配そうなセルジュとエミールを見て、クロードは何かを思いついたのか、再び右手をさっと天に向けて伸ばした。すると明るく晴れた陽気な南国の空が急に曇り始め、雨雲のような黒雲がクロードの真上でぐるぐると渦を巻き始めた。

(え……もしかして何か呼んだ?)

 渦を巻いた雲の中心から、強い風と共に突然身の毛のよだつような咆哮が聞こえてきて、セルジュは思わずクロードの服にしがみついた。

「ドラゴンだ!」

 ニコラスが歓声とも悲鳴ともつかないような声で叫んだ。

「すごいな、さすが黒の騎士だ! 魔獣の頂点をこういとも容易く呼び出すとは!」
「ええ~? 我が南領にドラゴン? 何ということだ!」

 スワンは今にも泣き出しそうな表情で天を仰いでいた。

「クロード、虫一匹退治するだけなのに、そこまでする必要あるのか?」

 心配そうなセルジュに向かって、クロードはなぜか自信ありげに頷いて見せた。

「どこかで聞いた話なんだが、虫タイプは飛行タイプに弱いそうなんだ」
「それ何の話!?」

 黒光りするドラゴンが、炎を吹き出しながらクロードの前にズシン! と地響きを立てて降り立った。

「飛行タイプとやらは俺にはよく分からないけど、確かにこの業火の前では虫なんてひとたまりもなさそうだ。黒の騎士様は情け容赦ないな」
「いや、こんなの虫じゃなくても消し炭ですよ! ていうか誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか!」
「ちょっと、これ以上私の領土を破壊するのはやめて!」

 クロードを除いた大人三人は慌てふためき、ドラゴンに怯えた幼虫も繭を形成しながらパニックを起こしてそこらじゅうに糸を吐き散らしている。おどろおどろしい黒い空を背景に炎と粘液が飛び交い、その場の空気はいよいよ収拾がつかないほど混迷を極めていた。

(さて、どうするか。焼却するのが一番手っ取り早いのは分かっているが……)

 ニコラスに食ってかかっているセルジュを振り返った時、彼の腕の中からこちらをじっと見つめている緑色の瞳と目が合った。

「ふげ」

 赤子に今のこの状況が理解できるはずなどない。クロードにもそれは分かっていたが、エミールの瞳がなぜか訴えかけているような気がして心が揺れた。

(か・わ・い・そ・う)

 それはエミールの言葉というより、純粋な幼子を見た自分の心が生み出した罪悪感のようなものだろうとクロードは思った。

(そうだな)

 そもそも魔法生物は保護対象の絶滅危惧種だ。危険度が高いと判断された場合は例外にはなるが、なるべく生かす方向に持っていくのが本来あるべき形だろう。

(分かったよ、エミール)

 クロードは息子に向かって頷くと、指輪を使ってドラゴンに指示を出した。

(殺すな)

 すぐにドラゴンは火を吹くのをやめ、それと同時に辺りの熱気もすっとおさまった。だがそれだけで幼虫の恐怖心が払拭されるはずもなく、相変わらず興奮した幼虫から発せられる粘液は飛び交ったままであった。

「スワン、網はあるか?」
「え、綱? 魚を獲るやつでいいか?」
「あの幼虫が入るくらい大きければいい」

 スワンはすぐに青い指輪のはまった右手をさっと海に向かって振った。すると、以前セルジュを助け起こしてくれたような波がザザーッと立ち上がり、どんどん高さを増して海の底にあった地引網のような物をクロードの前にバシャンと落とした。

(よし、怖がらなくてもいいって伝えるんだ)

 クロードの指示に従って、ドラゴンはゆっくりとした動作でその場に寝そべった。敵意のないことが伝わったのかは定かではなかったが、幼虫はそこらじゅうに粘液を飛ばすのをやめて、繭作りに専念し始めた。
 やがて繭が完成し、幼虫が完全に大人しくなったタイミングを見計らって、クロードが再びドラゴンに指示を出した。指示を受けたドラゴンはゆっくりと立ち上がると、慎重に繭を抱えて網で作った袋にそうっと壊れないように入れた。

「ニコラス殿、この虫の生息地はどこですか?」
「えっと、西域の森だけど、ここまで大きいやつは流石に目立ちすぎるから、一旦弟に預けたほうがいいかな」
「ならば西のロベール城へ」

 ドラゴンは網の口を両手で掴むと、バサッバサッっと二、三度翼を羽ばたかせてから宙に浮いた。そのままマルタン城の周辺に突風を巻き起こし、その場にいる人間たちに見守られながら、ドラゴンは黒い雲の中に姿を消して行った。

「……ふはぁ~」

 スワンがその場に尻餅をつきながらため息をつき、セルジュもようやく普通に息ができる心地がして大きく息を吐いた。ドラゴンが去った後の空は何事もなかったかのように青く晴れ渡り、ついさっきまでこの場所に二体の巨大な魔法生物がいたのがまるで嘘みたいに平和な空気に包まれていた。

「ありがとう、クロード。君は容赦なくあの虫を燃やすんじゃないかと思ったけど、まさか故郷に帰してくれるなんて。俺も後味の悪い思いをせずに済んだよ」
「あなたも一緒にドラゴンで西に送り返せば良かったですね」
「お気遣いはありがたいけど、俺は自分の馬で帰るとするよ。それじゃあスワン、また来年会おう」

 ニコラスは全く悪びれる様子も無く、セルジュたちにくるりと背を向けると、ヒラヒラと手を振ってから歩き出した。

「え? ちょっと、泊まっていくんじゃなかったんですか?」

(スワン、あなたって人は。ここまでめちゃくちゃされたのにお人よしが過ぎるでしょ)

 それぞれの思いのこもった眼差しを背中に受けながら、嵐のように現れたこのお騒がせな人物は、風のように自由にその場を立ち去って行ったのであった。
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