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第二章 敵国の人間
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ケイトの声を遮り、混乱した場を鎮めたのは、よく通る声。
人垣をかきわけて歩いてきたのは、腕に腕章をつけた男子生徒だった。
彫りの深い顔立ちは神々の絵画に出てきそうな神秘的な雰囲気を漂わせ、さらりと耳にかかった赤銅色の髪は丁寧に編み込まれている。そして、金色の瞳は驚くディアナをまっすぐと見下ろしていた。
「こ、皇太子殿下!」
「彼女は一般の学生とは異なるため、事情聴取は俺がやる。後は任せ、お前らは退け」
「……承知しました。各自、席に戻って」
掛け声を合図に、その場に集まっていた生徒は散っていった。
「こちらへ」
皇太子の後ろにいた男子生徒に促され、そのまま学生議会室に連れて行かれる。青年は背中につくほどの濃い赤髪を後ろで束ね、澄ました顔だ。ティーカップに紅茶をそそぐ所作は従者のそれで、皇太子付きの護衛であろうと推察できる。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
「では、私はこれで」
きっちり折り目をつけてお辞儀をし、従者が退室していく。
残されたのは学生議会長の席に座るロイヴァートと、その真向かいの席に腰かけるディアナだけだ。喉の渇きを潤すため、わずかに湯気がのぼる紅茶を口に含む。いつもより茶葉の味が濃厚だが、くどくはない。上質の茶葉なのだろう。
ティーカップをソーサーに戻し、ディアナは口火を切った。
「あなたは……そう、皇太子だったのね。だから、月の一族の特徴を知っていた」
非難の目を向けると、ロイヴァートは首をすくめた。
「まあ、そういうわけだ」
「それで、事情聴取をあなたがやる。これって、さらに私が不利になったんじゃないの?」
「ずいぶんと、うがった見方をするやつだな。前に会ったときと印象が違うが」
「当たり前でしょ。あなたの一存で、私の命は尽きるのだから。そのくらい、皇太子には権力も信頼もある。……日陰者の私とは全然違うもの」
完璧な女王と比較されてきたディアナとは立場がまるで違う。彼は将来有望な、光の皇帝となる男だ。地位も名誉もある。そして、おそらく精霊を従える力も。
ロイヴァートは紅茶を一口飲み、両手を組んで肘をついてディアナを見据える。
「なあ。お前、精霊を使役できないんじゃないか?」
「――――」
ディアナは大きく目を見開いた。その態度こそが答えだと知らずに。
「新月の巫女は精霊を使役できない。しかし、紫の瞳は月の一族たる証。残る可能性は、違う種族の血が混じった子供。つまりは先王の隠し子。それも公にできない種族との」
「ち、ちが……!」
拳を握りしめて抗議の声を上げるが、言葉は続かない。
ぐるぐると言葉が頭をかけめぐる中、ロイヴァートが嘆息した。
「まあ、これはくだらないやつが考えた推理だが。俺の見解を話していいか?」
「な、なによ」
「お前はユリア女王の妹なんだろ。それを誇りに思っているなら、余計な邪推で心を乱すな。もっと自分の直感を信じろ。精霊が使役できなくても、血のつながりは変わらないはずだ」
「……っ……」
それは思ってもみない言葉で。
どういう意図だとジッと見つめるが、金の瞳は揺らがずに静かなままだ。
「どうして、そんなことを言うの……? 私は、だって……」
「お前の行動は、逐一俺に報告されるようになっている。勤勉家で素直、それが俺がお前に抱いた感想だ。周りがどう思っていても、自分らしくあればいい」
「だ、だけど……私は精霊が……」
使役できない。新月の巫女だから。
どんなに切実に願っても、どの精霊も呼びかけに応えてくれない。
その理由について、口さがない者がどんな風に言っているのか、ディアナは知っている。彼らは皆一様に言う、本物の巫女ではないからだと。
(そんなことないのに……私は正真正銘、父様と母様の子供なのに)
生まれを偽っていると邪推されるのは一度や二度ではない。
ロイヴァートは椅子から立ち上がり、長テーブルをゆっくり迂回してくる。
「俺は視力には長けていてな。使役している精霊の気質が視えるんだ。お前からは何の気配も感じられなかった」
「……最初からわかっていたのね」
「ああ」
彼は立ち止まり、ディアナをまっすぐに見下ろす。ディアナはテーブルに両手をついて立ち上がり、にらむようにして立つ。
「……このこと、皆に公表する気なの?」
「そうしてほしいか?」
冷徹な問いかけに、ディアナは頭を振った。
「大丈夫だ。火種を大きくするようなことはしない。民を犠牲にするより、俺が苦心する方がよっぽど平和的だろ?」
「…………そうね」
しぶしぶ頷くと、ロイヴァートは口角をつり上げた。
「だから、新月の巫女が犯人である可能性はゼロだ」
「で、でも。私にはアリバイがないわ」
「アリバイならある」
耳を疑った。ロイヴァートと学園内で話をしたのは今日が初めてだ。
(待って……逐一報告していたっていうことは、誰かが私を見張っていたということ?)
それならば可能性はある。あまり考えたくはなかったが。
ロイヴァートは不敵な笑みを浮かべ、両腕を組んだ。
「学生議会長として、真犯人を野放しにするつもりはない。もちろん、調査には新月の巫女にも協力してもらうから、そのつもりで」
「協力はするけど、その呼び方はやめて。嫌な思い出しかないし」
人差し指を彼の胸に突きつけて言うと、虚を突かれたような顔をされた。
「悪かった、ディアナ。……これでいいか?」
「ええ。ありがとう」
微笑むと、少し驚いたように目を丸くされたが、気にしないことにした。
その後は授業に戻り、いつも通りの日常が待っていた。クラスメイトからは不躾な視線が向けられていたが、直接ディアナに接触する人はいなかった。
人垣をかきわけて歩いてきたのは、腕に腕章をつけた男子生徒だった。
彫りの深い顔立ちは神々の絵画に出てきそうな神秘的な雰囲気を漂わせ、さらりと耳にかかった赤銅色の髪は丁寧に編み込まれている。そして、金色の瞳は驚くディアナをまっすぐと見下ろしていた。
「こ、皇太子殿下!」
「彼女は一般の学生とは異なるため、事情聴取は俺がやる。後は任せ、お前らは退け」
「……承知しました。各自、席に戻って」
掛け声を合図に、その場に集まっていた生徒は散っていった。
「こちらへ」
皇太子の後ろにいた男子生徒に促され、そのまま学生議会室に連れて行かれる。青年は背中につくほどの濃い赤髪を後ろで束ね、澄ました顔だ。ティーカップに紅茶をそそぐ所作は従者のそれで、皇太子付きの護衛であろうと推察できる。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
「では、私はこれで」
きっちり折り目をつけてお辞儀をし、従者が退室していく。
残されたのは学生議会長の席に座るロイヴァートと、その真向かいの席に腰かけるディアナだけだ。喉の渇きを潤すため、わずかに湯気がのぼる紅茶を口に含む。いつもより茶葉の味が濃厚だが、くどくはない。上質の茶葉なのだろう。
ティーカップをソーサーに戻し、ディアナは口火を切った。
「あなたは……そう、皇太子だったのね。だから、月の一族の特徴を知っていた」
非難の目を向けると、ロイヴァートは首をすくめた。
「まあ、そういうわけだ」
「それで、事情聴取をあなたがやる。これって、さらに私が不利になったんじゃないの?」
「ずいぶんと、うがった見方をするやつだな。前に会ったときと印象が違うが」
「当たり前でしょ。あなたの一存で、私の命は尽きるのだから。そのくらい、皇太子には権力も信頼もある。……日陰者の私とは全然違うもの」
完璧な女王と比較されてきたディアナとは立場がまるで違う。彼は将来有望な、光の皇帝となる男だ。地位も名誉もある。そして、おそらく精霊を従える力も。
ロイヴァートは紅茶を一口飲み、両手を組んで肘をついてディアナを見据える。
「なあ。お前、精霊を使役できないんじゃないか?」
「――――」
ディアナは大きく目を見開いた。その態度こそが答えだと知らずに。
「新月の巫女は精霊を使役できない。しかし、紫の瞳は月の一族たる証。残る可能性は、違う種族の血が混じった子供。つまりは先王の隠し子。それも公にできない種族との」
「ち、ちが……!」
拳を握りしめて抗議の声を上げるが、言葉は続かない。
ぐるぐると言葉が頭をかけめぐる中、ロイヴァートが嘆息した。
「まあ、これはくだらないやつが考えた推理だが。俺の見解を話していいか?」
「な、なによ」
「お前はユリア女王の妹なんだろ。それを誇りに思っているなら、余計な邪推で心を乱すな。もっと自分の直感を信じろ。精霊が使役できなくても、血のつながりは変わらないはずだ」
「……っ……」
それは思ってもみない言葉で。
どういう意図だとジッと見つめるが、金の瞳は揺らがずに静かなままだ。
「どうして、そんなことを言うの……? 私は、だって……」
「お前の行動は、逐一俺に報告されるようになっている。勤勉家で素直、それが俺がお前に抱いた感想だ。周りがどう思っていても、自分らしくあればいい」
「だ、だけど……私は精霊が……」
使役できない。新月の巫女だから。
どんなに切実に願っても、どの精霊も呼びかけに応えてくれない。
その理由について、口さがない者がどんな風に言っているのか、ディアナは知っている。彼らは皆一様に言う、本物の巫女ではないからだと。
(そんなことないのに……私は正真正銘、父様と母様の子供なのに)
生まれを偽っていると邪推されるのは一度や二度ではない。
ロイヴァートは椅子から立ち上がり、長テーブルをゆっくり迂回してくる。
「俺は視力には長けていてな。使役している精霊の気質が視えるんだ。お前からは何の気配も感じられなかった」
「……最初からわかっていたのね」
「ああ」
彼は立ち止まり、ディアナをまっすぐに見下ろす。ディアナはテーブルに両手をついて立ち上がり、にらむようにして立つ。
「……このこと、皆に公表する気なの?」
「そうしてほしいか?」
冷徹な問いかけに、ディアナは頭を振った。
「大丈夫だ。火種を大きくするようなことはしない。民を犠牲にするより、俺が苦心する方がよっぽど平和的だろ?」
「…………そうね」
しぶしぶ頷くと、ロイヴァートは口角をつり上げた。
「だから、新月の巫女が犯人である可能性はゼロだ」
「で、でも。私にはアリバイがないわ」
「アリバイならある」
耳を疑った。ロイヴァートと学園内で話をしたのは今日が初めてだ。
(待って……逐一報告していたっていうことは、誰かが私を見張っていたということ?)
それならば可能性はある。あまり考えたくはなかったが。
ロイヴァートは不敵な笑みを浮かべ、両腕を組んだ。
「学生議会長として、真犯人を野放しにするつもりはない。もちろん、調査には新月の巫女にも協力してもらうから、そのつもりで」
「協力はするけど、その呼び方はやめて。嫌な思い出しかないし」
人差し指を彼の胸に突きつけて言うと、虚を突かれたような顔をされた。
「悪かった、ディアナ。……これでいいか?」
「ええ。ありがとう」
微笑むと、少し驚いたように目を丸くされたが、気にしないことにした。
その後は授業に戻り、いつも通りの日常が待っていた。クラスメイトからは不躾な視線が向けられていたが、直接ディアナに接触する人はいなかった。
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