悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される

仲室日月奈

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第五章

61. 窮地に陥りました

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「ナタリア様の命に別状はありません。ただ――声が出せないそうです」

 リシャールの説明に、別室で医師の診断を待っていたイザベルは目を見開く。聞きたいことはたくさんあるのに、何ひとつ言葉が出てこない。
 星祭りは外部の者が多数参加し、卒業生も鑑賞に来るため、医師が帯同している。不測の事態にすぐに対応できるように、万全の体制で臨むのだ。
 会場内で給仕の手伝いをしていたリシャールもすぐに駆けつけ、イザベルを別室に誘導したのは彼だ。
 黙り込んだ主人を訝しむように見つめながら、リシャールは言葉を付け足す。

「医師の見立てでは、毒薬を飲んだせいではないかと」
「どく、やく?」
「はい。遅効性の毒だったようです。ただ、新種の毒なのか、どの解毒薬も効果が出ないという話ですが。……イザベル様?」

 血の気が引くのがわかった。視界が一瞬ぐらつき、前後左右がわからなくなる。足元に力をこめ、そのまま倒れそうになるのを踏みとどまる。

(毒薬って……そんな、嘘でしょう……?)

 目の前が真っ暗になる。
 効果は違うようだが、ゲームで悪役令嬢に盛られた毒薬と同じと考えるならば。

(悪役令嬢がナタリア様に変更になったから? だとすると、わたくしの身代わりに毒薬を……?)

 本来であれば、イザベルが飲むはずだったものだ。配役が変更がされたのは、イザベルがゲームと違う行動をしたせいだろう。
 すべては、悪役令嬢になりたくないと自分が望んだから。

「イザベル様、落ち着いてください」

 いつもより強い口調に、イザベルはハッとした。
 焦点が合わない視界に歪んで見えた人影は、心配そうに見やるリシャールの顔だった。幼い子どもに言い含めるように、ゆっくりと声を出す。

「声が出ない以外は、いたって健康です。体温も平常のもので、外見に異常な点は見当たらないそうです」
「そ……そう」

 やっと出せた声はかすれた。
 リシャールは困ったように眉を下げ、労るように語りかける。

「犯人はまだわかりませんが、いずれ捕まるでしょう。……よほどショックだったのですね。ひとまずは家に戻り、休みましょう」
「…………」
「立つのもおつらいのですか?」

 グッと距離を縮められて、顔をのぞき込まれる。イザベルは反射的に腰を浮かして後退した。リシャールは傷ついたように顔を歪めた後、ゆっくりと離れた。
 そこで、ふと内部告発した黒髪の少女を思い出す。

「そうだわ。ラミカさんは……?」
「彼女は今、学生議会が取り調べを行っています。ナタリア様のご学友も何人か招集されているようですが、個別に面談をしているようですね」
「ラミカさんはどうなるの?」
「……しばらくは自宅謹慎になるでしょうね」

 中には自宅謹慎の後、退学される者も出てくるかもしれない。
 断罪イベントが起こった後日、毒薬を飲まされた悪役令嬢が、ひっそりと身を隠すようにして学園を去るシーンを思い出し、イザベルは瞬く。

「じゃあ、わたくしたちは……? もともとの首謀者はわたくしだって話になっていたでしょう? それにリシャール、あなただって無関係ではないはずよ」

 暗に、裏でこそこそ接触を図っていたことに触れると、リシャールは渋面になった。しかし、すぐに立ち直ったのか、平然と言ってのける。

「最初、そそのかしたのは事実ですが、彼女たちがそれを吹聴することはないと思いますよ。こちらは早々に撤退していますし、事実がどうであれ、実行犯は彼女たちに違いないのですから。ここでエルライン伯爵家の名前を挙げたら、今後、社交界からつまはじきにされるのは目に見えていますし……」

 なるほど、賢い者ならば当然、口を噤むだろう。
 こわいのはイザベルではない。白銀の宰相や第一秘書官である、父親と兄からの報復だ。彼らを敵に回して無事に済むとは思えない。
 家名を背負うということは、何か不祥事を起こしたら、実家にも火の粉が飛ぶということ。生家で過ごす家族や使用人を守るためには、時に事実を隠蔽する必要もあるだろう。
 不意にドアをノックする音で、ぐるぐるとしていた思考が中断される。
 リシャールが遠慮がちにドアを開くと、桜色の髪が視界に映る。

「イザベル様……」

 だが、彼女の横に並ぶように寄り添っている青年は天色の髪。均整の取れた顔立ちが見目うるわしい婚約者は、心配そうに眉を下げていた。

「フローリア様に、ジークフリート様まで……」
「私たち、イザベル様が心配で……。大丈夫ですか?」
「え、ええ。まだ驚いてはいるけれど、わたくしは問題ないわ」

 そう答えると、フローリアは安堵したように息をついた。

「もうじき、ナタリア様のご家族も学園に到着なされるとか……。イザベル様もお家でゆっくり休まれた方が……」

 フローリアに進言されたが、そこでふと疑問が湧いて出た。

「今って、ナタリア様に面会はできるのかしら」
「……どうでしょうね。医師の処置はとりあえず終わったとは聞いていますが……」
「わたくし、ちょっと様子を見てくるわ!」

 言うや早く、ドアを開けてナタリアが運ばれた保健室へ急ぐ。
 流れで、他の皆もイザベルの後を追いかけてきた。
 ドアの前には「面会謝絶」のプレートがぶら下がっていたが、フローリアに視線で問いかけると頷きが返ってくる。
 すうっと息を吸い込み、右手でゆっくりとノックする。

「ナタリア様。……イザベルです。少しよろしいでしょうか」

 無言が返ってきたが、しばらくすると、静かにドアが開く。中にいたのはサロンで世話をするメイドだった。
 わずかに開けた隙間から顔をのぞかせ、内緒話のような小声で伝言を伝える。

「お通しして、とのことです。……申し訳ございませんが、イザベル様以外は、お部屋の外でお待ちいただけますでしょうか」

 言葉だけは丁寧だが、冷たい声音にピリピリとしているのがわかる。
 おずおずと振り返ると、ジークフリートが代表して答えた。

「僕たちはここで待っているから、行ってくるといい」
「では、お言葉に甘えて……」

 メイドの案内に従い、保健室の中へ入る。
 静寂が下りた部屋は足音がやけに大きく響き、ベッドからはかすかに身じろぎをする音が聞こえる。
 一番奥のベッド前に閉ざされていたカーテンの中に身を滑り込ませると、弱々しい様子のナタリアが苦笑いを浮かべた。

「……お加減はいかがですか?」

 ナタリアは手元にあったスケッチブックにさらさらと文字を書き終え、イザベルにそれを見せる。

「大丈夫ですわ……ですか。あんな騒ぎがあったのに、お強いのですね」

 気丈に振る舞う様子に胸が打たれる。
 しかし、これだけは、どうしても聞いておかなければならない。

「ところで、毒薬を仕込んだ犯人に思い当たる人物はいませんか?」
「…………」

 難しい顔で悩む素振りをした後、ナタリアは再びスケッチブックに何かを書き記していく。それをひっくり返し、イザベルが見やすいように向ける。

「犯人捜しをするつもりはない……? どうしてですか?」

 ページをめくり、新しいページに言葉を綴っていく。イザベルも次の言葉が待ちきれず、彼女が書いた場所から読み進めていく。

「私たちは調子に乗ってやりすぎました。だからこれは自業自得。落ち着いたら、フローリアさんにも謝りたいと思っていますわ……って、ナタリア様。これでは……」

 まるで犯人をかばっているような書き方だ。
 イザベルはなんとも言えない表情でナタリアを見つめる。彼女は決して目をそらさず、懇願するような視線を送る。

「犯人を見つけてほしくないんですね?」

 端的に言葉を投げかけると、ナタリアはすぐに頷いた。
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