婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

心の声

「あの、今何とおっしゃいました！？」

　不意に聞こえてきた声に、思わず私は問い返してしまった。こんなに自分に優しくしてくれているオリバーがあんなことを言うはずがない。
　が、私の問いにオリバーは首をかしげる。

「ん？　今は何も言ってないけど」
「え？」

　だが、先ほど確かに私の耳には確かに“ああ、やっと二時間経ったか。全く、こんな暗い女よりマリーと話した方が何倍も楽しいと言うのに”という声が聞こえてきたはずなのに。
　とはいえ確かにその時オリバーがしゃべっていたようには見えなかった。

「どうかしたのか？　体調が悪いなら早く帰った方がいい」

　そう言ってオリバーは心配そうに声をかけてくれる。
　が、その時だった。

　“何だ、ついに幻聴が聞こえてきたのか？　暗くてじめじめした性格の上に狂ってるなんてまじで終わってるな”

　再びオリバーの声が脳裏に響く。しかし目の前のオリバーは全く口を動かしているようには思えない。
　私は台詞の内容、さらに聴こえるはずのない内容が聴こえてきたという二つの異常事態に頭がおかしくなりそうだ。

「あの、もしかしてオリバーは私のこと、嫌いですか？」
「そんなことある訳ないだろ！　きっと体調を崩して不安になってるだけだ。早く休んだ方がいい」

　そう言って彼は心から不安そうな表情をしてみせる。が、同時に、

　“やっと気づいたか。……でも待てよ？　これまで俺の外面は完璧だったし、こいつも心底俺のことを信じていたはず。何で急にそんなことを思ったんだ？”

　という声が聞こえてくる。

　さすがにここまで聴いてしまうと、私は一つの仮説に辿り着かざるを得なかった。
　どういう理屈かは全く分からないけど、私は彼の本音、もしくは心の声が聴こえているのではないか、と。

　今までの私に優しい言葉をかけてくれたオリバーは全て嘘で、この心の声こそが本音なのではないか。
　そう思った私は、嘘であって欲しいと思いながら試しに話しかけてみる。

「ねえ、突然だけどオリバーは私の妹をどう思う？」
「君のことを苛めるなんてよくないと思うけど。何で突然？」

　“お前より何倍も可愛いし、話していて楽しい。というか比べるのも失礼だ。しかしなぜそんなことを聞くんだろう？”

　その言葉を聞いて私の確信は強まった。ちゃんと私が話しかけるとそれに反応して声が聞こえてくる。やはりこれは彼の心の声に違いない。
　ということは本当に彼は私よりもマリーの方がいいということか。

　その時、私の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
　今の私の心の支えはレイト兄上とオリバーだけだった。兄上は病状が悪化して継承権を奪われ、オリバーは腹の中では私よりもマリーを好いている。つまり、もう私が頼れる相手はこの世にいないということだ。
　そう思うと、目の前が真っ暗になり、頭がくらくらとする。
　私は思わず足をよろめかせ、頭を手で押さえる。
　そんな私をオリバーが優しく抱き留めるが、以前までなら温もりを感じたその腕に今は嫌悪感しか覚えない。

「すみません、どうも本当に体調が悪いみたいです。今日はおいとましますね」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」

　“よし、エレナが病気ならその間にマリーと会うことが出来るな”

　最後までオリバーの言葉は私の心を傷つけた。今の口ぶりだと、彼は私を内心嫌っているだけでなく、すでに私に隠れてマリーに会っているということになる。最悪だ。

　何で皆私よりもマリーばかりを可愛がるのだろうか。私の心は暗くなる一方だった。