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Ⅲ
新しい日常 Ⅱ
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私が料理をとりに部屋を出ると、ふと廊下の向こうから一人の人影がこちらに歩いてくるのが見えます。
彼女は私の姿を見るとこちらに駆け寄ってきました。誰かと思えばエイダです。前回の式典で見た時のような見すぼらしい服装に身を包んでいます。
「あら、キャロルじゃない! 元気にやっている?」
家にいたときでは考えられないような猫撫で声で彼女は話しかけてきます。
それを聞いて私は式典の時のバイロンのことを思い出して辟易します。大方、アーノルド家が裕福になったからそのおこぼれに預かろうという魂胆でしょう。
とはいえパーティーを開いて客として来た以上追い返すことも出来ません。
「……お金でしたら貸しませんよ」
「そ、そんなこと考えてる訳ないじゃない!」
私が最初に断言すると彼女は引きつった笑みを浮かべます。
「そうよ、久しぶりだから元気にしてるか心配だったのよ」
「別に母上に心配されなくても私は元気です」
「そ、そう、それは良かったわ。ところであなたが出ていってからうちは大変だったのよ。ハンナはドレスを売って出ていってしまうし、ジェーンの嫁ぎ先はゴールドホーン家になるし」
「そう言えばハンナはどうなったのですか?」
自分を執拗にいじめてきたハンナがどうなったのかだけは気になります。
「彼女は愚かにもその後実家に帰ったところを捕まったわ。ただ、弁償させようにもろくにお金を持っていなかったからそれも出来なかったけど。困ったものね」
母上はハンナに呆れたように言いますが、そのハンナと仲良くしていたのは母上です。
ともあれ、ハンナが無事に捕まったと聞いてほっとしました。仕える家の物を勝手に売り払って逃げた以上重い罪が課されることでしょう。
「それでゴールドホーン家のポール殿に我が家の窮状を訴えのだけど聞く耳なしなのよ。酷いと思わない?」
うちはともかく金持ちのゴールドホーン家ですら母上を見捨てたのか、と少し驚きます。
ポールという人物が単に薄情な気もするが、貴族として結婚相手の一人もいないと箔がつかないからジェーンだけもらっていこうという魂胆だったのかもしれません。
「そうですね。ジェーンは母上にも大層可愛がられていたのにこういう時に実家の窮状を見て見ぬ振りするのはどうかと思いますよ」
「そうよね。じゃああなたも……」
「それに引き換え、母上は私にした仕打ちの数々をお忘れですか?」
私は散々虐められた自分ではなく、甘やかしたジェーンに助けてもらってください、と言いたかったのですがエイダは一瞬とはいえ何か勘違いをしたようです。彼女の中では私も甘やかして育てたことになっているのでしょうか。
「そ、それは謝るわ。あの時はうちの事情も厳しくて私も苛々していたの。だからあの時のことは謝るわ」
急にエイダは私に頭を下げ始めました。
とはいえ、最初から謝るのならともかく、先にお金の支援を要求しておきながら断られてから謝るというのはまるで誠意を感じません。
きっとお金をもらって経済事情が好転したら「そんなことあったっけ?」みたいになるのでしょう。
私を散々虐めたことも彼女の中ではなかったことのようになっているようですし。
「そうですか。私の一存で決められることではないですが、一応頼んではおきますね」
特に頼むつもりもありませんが、面倒くさそうなので一応そう言っておきます。
「ありがとう、さすがキャロル。私の自慢の娘だわ」
が、エイダは私の言葉に期待したのか、ぱっと表情を輝かせました。
本当に軽薄な人物です。
「それでは私は忙しいので」
そう言って私は彼女の元を去るのでした。
こんなことはあったものの、それ以外は特に問題もなくパーティーは無事大盛況で終わったのでした。
彼女は私の姿を見るとこちらに駆け寄ってきました。誰かと思えばエイダです。前回の式典で見た時のような見すぼらしい服装に身を包んでいます。
「あら、キャロルじゃない! 元気にやっている?」
家にいたときでは考えられないような猫撫で声で彼女は話しかけてきます。
それを聞いて私は式典の時のバイロンのことを思い出して辟易します。大方、アーノルド家が裕福になったからそのおこぼれに預かろうという魂胆でしょう。
とはいえパーティーを開いて客として来た以上追い返すことも出来ません。
「……お金でしたら貸しませんよ」
「そ、そんなこと考えてる訳ないじゃない!」
私が最初に断言すると彼女は引きつった笑みを浮かべます。
「そうよ、久しぶりだから元気にしてるか心配だったのよ」
「別に母上に心配されなくても私は元気です」
「そ、そう、それは良かったわ。ところであなたが出ていってからうちは大変だったのよ。ハンナはドレスを売って出ていってしまうし、ジェーンの嫁ぎ先はゴールドホーン家になるし」
「そう言えばハンナはどうなったのですか?」
自分を執拗にいじめてきたハンナがどうなったのかだけは気になります。
「彼女は愚かにもその後実家に帰ったところを捕まったわ。ただ、弁償させようにもろくにお金を持っていなかったからそれも出来なかったけど。困ったものね」
母上はハンナに呆れたように言いますが、そのハンナと仲良くしていたのは母上です。
ともあれ、ハンナが無事に捕まったと聞いてほっとしました。仕える家の物を勝手に売り払って逃げた以上重い罪が課されることでしょう。
「それでゴールドホーン家のポール殿に我が家の窮状を訴えのだけど聞く耳なしなのよ。酷いと思わない?」
うちはともかく金持ちのゴールドホーン家ですら母上を見捨てたのか、と少し驚きます。
ポールという人物が単に薄情な気もするが、貴族として結婚相手の一人もいないと箔がつかないからジェーンだけもらっていこうという魂胆だったのかもしれません。
「そうですね。ジェーンは母上にも大層可愛がられていたのにこういう時に実家の窮状を見て見ぬ振りするのはどうかと思いますよ」
「そうよね。じゃああなたも……」
「それに引き換え、母上は私にした仕打ちの数々をお忘れですか?」
私は散々虐められた自分ではなく、甘やかしたジェーンに助けてもらってください、と言いたかったのですがエイダは一瞬とはいえ何か勘違いをしたようです。彼女の中では私も甘やかして育てたことになっているのでしょうか。
「そ、それは謝るわ。あの時はうちの事情も厳しくて私も苛々していたの。だからあの時のことは謝るわ」
急にエイダは私に頭を下げ始めました。
とはいえ、最初から謝るのならともかく、先にお金の支援を要求しておきながら断られてから謝るというのはまるで誠意を感じません。
きっとお金をもらって経済事情が好転したら「そんなことあったっけ?」みたいになるのでしょう。
私を散々虐めたことも彼女の中ではなかったことのようになっているようですし。
「そうですか。私の一存で決められることではないですが、一応頼んではおきますね」
特に頼むつもりもありませんが、面倒くさそうなので一応そう言っておきます。
「ありがとう、さすがキャロル。私の自慢の娘だわ」
が、エイダは私の言葉に期待したのか、ぱっと表情を輝かせました。
本当に軽薄な人物です。
「それでは私は忙しいので」
そう言って私は彼女の元を去るのでした。
こんなことはあったものの、それ以外は特に問題もなくパーティーは無事大盛況で終わったのでした。
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