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9. 購入してくれるなら

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「こちらが、私の実家で作っております絹でございます。」

「なるほどね。見せてもらうぞ。」

「どうぞ、よろしければ手に取ってじっくりとご覧下さい。」

 ラドは、ナターシャが長机に置いたハンカチを手に取り、くしゃくしゃと擦り合わせた。キュッキュッと絹鳴りがすると、ラドは少しだけ口角を上げ、ハンカチを広げた。

「光沢感は素晴らしいし、それによく見る絹よりも分厚いな。それでいて軽い。」

「はい。一般的な絹糸よりも、少し細いのですが、それを編み込んでいく事で分厚く丈夫にしております。」

「耐久性に優れているのか。」

「はい。絹の弱点を補おうとした結果です。下着などにも応用出来ます。それから、もう少し厚みを持たせれば、騎士様達が着る服の下に着れば、更に分厚い防具となるでしょう。」

「絹で防具…。」

「それはすごいな!ナターシャ嬢、そういう事も隣国ではされているのか?」

 騎士、と聞いたからかミロシュが身を乗り出して会話に入って来た。

「はい。ベストを作っております。」

「おい、ラド!これはもう買うしかないぞ!結構上質な絹じゃないか!?」

「まて、ミロシュ。…君は、これをなぜ俺に?」

「ええと…正直に申しますと、私は隣国より販路拡大にこの国へと参りました。どなたに購入して頂いても良かったのですが、ミロシュ様が、ラド様をご紹介すると言って下さったのでそうしたまでです。」

「…誰でもいい、だと?」

「?はい。購入していただけるのであれば。」

 そう言うと、ラドは大きな目をパチパチと瞬かせ、やがて大きな声で笑い出した。笑うと顔がとても柔らかい表情で、先程までは目力が強いと思っていたのに、目が無くなるくらい微笑む顔は、子供のように無邪気で可愛く見え、そのギャップにドキリと胸が高鳴ったようにナターシャは感じた。

「ハハハハ!誰でも良かったのか!この俺でなくとも!では、貢ぎ物などではないのだな?」

「ええと…はい。欲しいのでしたら差し上げますが、購入していただけると嬉しいです。」

「なるほど。ミロシュ、そういう事か!」

「だから言ったでしょうに!それを勝手に勘違いしたのはラド、お前だ!」

「それもそうか!いや、最近じじぃ達がうるさかったからな、敏感になっていたんだ!」

「それは分かるけどね。でもさ、それにしては態度が悪過ぎたと思うよ?」

「確かにそうか。いや…ナターシャ嬢。改めて謝罪する、済まなかった。俺は、君の事を勘違いしていたみたいだ。今までの無礼を許して欲しい。」

 そう言って、ラドは頭を軽く下げた。
 それを見たナターシャは、驚いた。先程とは人が変わったように、顔に表情が出ていて、無愛想とは程遠い。しかも、素直に謝ってきたのだ。イライラとしていた気持ちは、絹のハンカチを褒められた事もあり、薄れていた。

「え?えと…はい。」

「俺は、俺に取り入りたい輩かと勘違いしたのだ。君は、そうではなかったのだな。」

(取り入る?どういう事かしら。それよりも先ほどとは雰囲気が全く変わって、なんだか柔らかくなったわ!屈託なく笑った顔、整っているから素敵…。いいえ!でも理由があったからって、初対面であんな態度取るなんて!…理由があったからしょうが無い、のかしら…?)

 ナターシャは、自分が言った言葉で、途端に威圧感満載の雰囲気から、柔らかく優しい雰囲気にラドが変わった事に驚いていたし、自分の気持ちも何だか良く分からなくなっていた。そのため、どう答えたらいいのか迷い、弱々しく笑うに留めた。

「お詫びと言ってはなんだが、そのハンカチを購入してもいいだろうか。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

(購入してくれるなんて!やったわ!ほらご覧なさい!やっぱり、実物を見て貰えば買いたくなるのよ!)

 ナターシャは、先ほどは弱々しい笑いだったのだが、購入してくれると言われた為に途端に気持ちが舞い上がり、心からの笑顔でにっこりとラドに笑いかけた。

(あら?ラド様、口に手を押さえて、顔を逸らしてしまったわ。どうしたのかしら?)

「…良かったね、ナターシャ嬢。これで胸を張って国に帰れるね。」

「なに!?国に帰る!?」

 ミロシュは、ラドのその姿を見て少しだけニヤニヤとすると、すぐに真面目そうな表情を張り付けてナターシャへと声を掛けると、ラドが慌ててそうナターシャへと言った。

 ナターシャは、このハンカチ一枚を購入してもらっても、まだまだ残っているのですぐに帰るわけではない。だが、胸を張って帰れるのは確かにそうだと思って頷いて言った。

「はい!」

「ま、待て!まだ帰るな!そうだな…今日の予定はどうなっている?あ、そうだ!取りあえず今から一緒に朝食をどうだ。早かったから食べていないだろう?こんなに早くから来てくれて、済まなかったな。」

 ナターシャは、なぜラドはそんなに焦ったように言うのか不思議であったが、朝食までご馳走になるわけにはいかないと思い、遠慮する事にした。

「ええと…そんなつもりで来ておりませんので…ご遠慮させていただけると嬉しいのですが…。」

「遠慮する!?どうして断るんだ?この俺がいいと言っているんだぞ?」

「ラド!おい、その口調は良くない!…ええとね、ナターシャ嬢。ラドの笑顔を見れた者はラドが心を許した証拠なんだ。だから、遠慮しなくて本音で接すればいいよ。」

「ん?ああ……そうだな。済まない。そのミロシュの言い方は少々語弊があるが、確かにその…き、君には心を許している。だから、全く遠慮しなくていいんだ。」

 ナターシャは、断ったつもりだったのだが遠慮したようにとられたのかと思った。そして、ラドは〝この俺が〟と言っているから、やはりそれなりに偉い立場なのかと思った。でも、ミロシュが焦るように口を開き、ナターシャへとそう言ったので、クスリと微笑んだ。
確かに、部屋に入った時はムッとしたように怒っているような表情しかしていなかったなと思い返したのだ。
 そして心を許してくれていると聞いてなぜだかとても嬉しくなった。

(遠慮しなくていいなら、本音で話していいのよね。)

 そう思い、ナターシャは言葉を繋いだ。
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