【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる

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9 交流  歌劇場の前で

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 翌日。
 朝早くに起きて簡単な朝食を摂るとすぐに出掛ける準備をボエルにしてもらい、ロビーへと向かった。足元までの長いドレスは明るい青色で、観劇を見る予定のためそれに相応しく腰はキュッと締まっているが裾にかけてフワリと広がっている。昨日祖母から頂いた、カメオも忘れずに左胸につけている。



「アウロラ!こっちこっち!!」


 アウロラは時間の十分前に降りてきたのだが、すでにビリエルはロビーにいたようで、宿泊客が降りてくる階段の下で首をキョロキョロと忙しなく今か今かと待っていた。
 そして、昨日と同じく大きな声を出しアウロラへと呼びかける。
 お互い視界に入っているし、そんな大声を出さなくとも分かるとアウロラは顔を顰めそうになる。


(それに、昨日まだ呼び捨てで呼ばないでほしいって伝えたのに…)


「お待たせ致しました。」


 それでも、何とか表情を押し殺しそう言葉を掛けるとビリエルは待ってましたとばかりに話し出した。


「いやぁ、僕ね、早起きは苦手なんだけどアウロラに会うんだと思ったらいつもよりうんと早く起きれたんだ!
 それに早く会いたかったから一時間も前に来ちゃったよ!!」


(え?一時間も早く??)


「それは…早かったですね。」

「うん!だから暇でさー、アウロラの事を考えるしかなくって!それはそれで楽しかったけど、でもさ早く会いたかったよね?
 時間変更してもらえばよかったかな?」


(ええ!?そんな事言われても…。こっちは一応準備があるのよ?)


 アウロラは準備に時間がかかる方でもない。化粧も薄いし、髪も編み込んだりもせず緩く上で結んで耳より下の髪は下ろしている。それでも歌劇を観覧するに相応しい装いにするため一時間半から二時間は支度に時間を掛けている。それを、自分が勝手に早く来て暇だからと予定していた時間を早めようかと思ったと言われて驚いてしまった。


「…私は、お支度がありましたので変更されてもこの時間にしか来れませんでしたわ。」

「やっぱりそうなんだね。さっきホテルの受付の人に言ってみたんだけど、『女性は支度に時間が掛かるから直前での時間変更は難しいと思う』って言われちゃったんだよね。
 しょうがないよね、僕のためにそんな綺麗な格好をしてくれてるんだから!
 あ、とっても綺麗だよ。階段降りて来た時なんてどこかの深窓令嬢かと思ったよ!穢れを知らない天使みたい!
きっと、なにを着ても似合うんだろうなぁ!でも一番は白いワンピースかなぁ…!
 …あれ?なにそれ?」


 ビリエルは、自分の言った事に対してうんうんと頷きながら話していたが、いきなり顔を顰めてアウロラの胸元を指差した。


「…これですか?」


 アウロラは、別にビリエルのために着飾った訳ではなくただ単に歌劇場で観劇する為の正装であると訂正したい気分であったし、それに加えて女性の胸元にあるカメオを指差すなんて失礼だと思ったが、カメオが珍しいのかと思いそれを見せるように口を開く。


「ねぇなにそれ?人の顔?なんか怖くない?外した方がいいんじゃない?それしか無かったの?
しょうがないなぁ。あとで装飾品、僕がもっと素敵なやつ買ってあげるよ!
さ、行こう!」


 そう言って、ビリエルが許可も取らずに左手を掴もうと手を伸ばしてきたため、アウロラは咄嗟に手を引っ込める。


「ん?あぁ、びっくりしたの?やだなぁ、純情なんだねー。それがまたいいんだけど!
どうせなら白いワンピースで来てくれたならもっと清楚さが引き立ったと思ったんだけどまぁいっか!
 さ、アウロラ姫、お手をどうぞ!」


 そう言って今度は、ビリエルは芝居がかって足を曲げる。騎士がやるような仕草をしたのだが、ここはいかんせん往来の激しいロビーの真ん中である。注目の的でもあるし、行き交う人の邪魔にもなっていた。

 アウロラは、カメオを馬鹿にもされた気がするしだんだん腹が立ってきてどう接していいか分からなくなってきたが、言葉を幾つか飲み込んで、さっさとこの場を離れようと一層背筋を伸ばすと、ビリエルの手を取らずに歩き出した。


「あれ?アウロラ恥ずかしいの?こういう時は僕に全て預けてくれればいいんだよ?」


 慌てて立ち上がり、早歩きでアウロラの元へと来ると、ぐいっと手を掴んで手を絡めて歩いて行く。


「アウロラの手、ちっちゃいねぇ!やっぱり可愛いなぁ!
 人も多いし、はぐれないように手を繋ごうね。
 場所はね、こっちなんだ。僕が案内してあげるからね!
 アウロラは、この歌劇場に来たことある?」

「…ないです。」
(なんか…勝手に手を繋がれたんですけど…?友人ってこんな感じなの?でもはぐれないように、とは言っていたし変な意図は無いのかしら。でも何だか…気持ち悪い……)


 アウロラは、あまりの事に無意識にも眉間にしわが寄ってしまう。けれどそれにはビリエルは気づかないのか、嬉々とした声で口を開いている。


「そっか!ないんだ!!うんうん、じゃぁ僕が何でも教えてあげるね!
 今日はね、オペラなんだって!バレエとか、音楽隊も来るらしいけど今日はオペラだよ!オペラって知ってる?」

「え?えぇ。
なんの演目なんですの?」


 どうにか意識を違う事に向けようと、アウロラはそのように聞くが、ビリエルはキョトンとした表情で聞き返した。


「えんもく?えんもくって?」

「え?ですから…どんなお話なのかしら?」

「やだなぁ!僕が違う女の子と見に来てたかって?
 僕も子供の時以来だから今日久々に来るんだ。だからどんな内容かは知らないから安心していいよ?」


(ええ!?誰もそんな風に思って聞いてませんけれど?)
「いえ、だから、どんな内容なのかしら?」

「内容?知らないよ。結末まで知ってたら詰まらないよ?一緒に見たら分かるじゃん?」

「そ、そうですか…」
(どんなあらすじか位は知ってて見たかったのですけれど…)


 アウロラは、どんな演目かも調べず見る人もいるのかと衝撃を受けつつ、確かに自分も特に調べていないから仕方ないと息を吐く。悲恋の話や戦争の話は苦手であるからそうではないといいなぁと思いながら。


「んーと、どっから入るんだったかなぁ?久し振りだったから…
 あ、おいそこの君!」


 ホテルの裏庭を挟んだ向かいに歌劇場があり、その建物の前に着いた時にビリエルは立ち止まり、近くにいたホテルの職員と同じ紺色の制服を着た男性にそう言って、慇懃無礼に話し出した。


「僕はショールバリ侯爵家の者だが、どこが入り口だったか教えたまえ!!」


(ええ!?そんな言い方…)


「…申し訳ありませんが、身分証はございますか?
もしくは、チケットを確認させていただけますか?」


 しかしその制服の男性は、ビリエルよりも遥かに年齢が上だったにも関わらず職務を全うするべく丁寧な言葉使いで少し頭を下げて答える。


「は?チケット…?顔を見れば分かるだろう!」

「いいえ。
申し訳ありませんがお客様は大勢いらっしゃいますから、お一人お一人お顔を覚える事は出来かねます。初めていらっしゃるお客様もおられますし。
 年間入場券や身分証をお忘れでしたら受付で相談されるか、当日券を購入されましたらご入場出来ます。受付までご案内しましょう。」

「はぁ!?客の顔を覚えるのがお前らの仕事だろう!?」


 そのように非常識な言葉を捲したてるため、アウロラは咄嗟に止めに入った。


「あ、あの…おやめください。」

「アウロラ。彼はね、仕事が出来てないんだ。だからこの僕が教えているんだよ?わざわざ、ね!」


 そう言って、ビリエルはアウロラへと髪を搔き上げて格好を付けると、職員へ向き直り尚もまくしたてる。


「おい!だいたい、なんで年間チケット購入しているショールバリ侯爵家が、こんな理不尽な言われをしなければならない!?
 年間だぞ年間!!年間購入ってどういう意味か知っているのか?一年分、その席の代金を払ってやってるんだぞ!こっちは施しをしてやってるのに、職務を全うしないとは何事だ!?ああん?」


 アウロラは、ビリエルの隣にいるのがものすごく恥ずかしくなって来た。
言っている事もよくわからないし、完全な言いがかりである。しかも大声でわめいているから、行き交う人々もチラチラと見ていくのだ。なんなら、立ち止まって隣の人とコソコソ話しながら遠巻きに見ている人もいる。そうとうに悪目立ちしているのだ。


「お止め下さい、お願いします!」


 アウロラはもう一度その言葉を言うが、叫んでいるビリエルには聞こえないとみえて、今度は職員へと掴みかかる勢いでさらに一歩進み出た。


 その時。


「失礼。よろしいですか?」


 その場にそぐわない、清々しいほどの柔らかな声がビリエルと職員との間に割って入った。


「な、なんだよ!!いきなり誰だ!?」


 ビリエルがその人物の肩を掴むが、逆に腕を捻られひっくり返りそうになってしまった。

「いでででで…」


 そして、パッとその手を離すと、ビリエルはよっぽど痛かったのか、そのまましゃがみ込むかのように膝を落とし、腕をさすっている。


「まず、周りを見てみましょうか。」

「いってぇ…はぁ?」

「こういった場所で、お連れの方がいる時に騒動は起こさない方が身のためですよ。
 ねぇ?」


 そう言って、その止めに入った人がアウロラを見て片目を瞑って笑みを浮かべた。


「あ!」
(あ、昨日の…!)


 その人は、昨夜食事処を教えてくれた人物だった。連れは居ないとみえ、一人で対応してくれている。


「もし。
 どうしても今日のこの歌劇を見られるのであれば、お席をお譲りしましょう。」


 そのようにアウロラと、しゃがみ込んだままのビリエルに声を掛けたあと、職員へと視線を向けて会釈をし、一言二言話すと、職員もゆっくりと頭を下げて去っていった。


(昨日も、今日も助けてくれたわ。頂いた林檎も、食べたらものすごく美味しかったし。)

「あ、あの…!」


 アウロラが礼を言おうとすると、その男性は口に人差し指を添え、何も言わなくていいよというジェスチャーをして微笑みを浮かべた。


「して、殿方よ。どうされる?」


 未だうずくまっていたビリエルに頭上から声を掛けると、ビリエルは顔を上げ、立ち上がると、捻られた腕とは逆の手でアウロラの手を掴んで歩き出した。


「ふん!要らねーよ!独り身のクソヤローが!!」


 という捨てゼリフをビリエルが吐いたので、アウロラはまたため息をこっそりと吐き、助けてくれた男性に向かってそんな口の利き方はないだろうとそちらを振り返り頭を少し下げると、それに応えるように男性もアウロラに優しい笑みを浮かべるのだった。
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