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夫婦の会話

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「もう少しだけ、話をしたいのだがいいだろうか。」


 朝食が終わるとヴァルトがそうリューリへと声を掛ける。


「はい。」


 ヴァルトは、思わぬ形で昨日はリューリを迎える事が出来なかったが、少しでも時間がある時にはお互いを知れたらと思い、午前中の短い時間ではあるが、仕事を休む事にしたのだ。
 王立学院に通っていた頃にはよく一緒にいた仲でもあったエリヤスの妹を貰い受けたのだから大切にしようとも思っていた。

 本来であれば、朝食の後はこの東の辺境の地を守る国境警備隊の詰め所となっている塔へと向かい、鍛錬や見回りを行う。近くに広がる森には獰猛な野生動物がいる為、それからノルドランデル領を、ひいては国をも守っているのだ。
 いつかは一度リューリにも、その警備塔へと顔合わせに向かわせないととは思うが、ヴァルトはリューリがまずはこの地になれてからだな、と思っている。




 正面の庭の中央に四阿があり、そこでお茶をという事になり、そこへ二人で向かう。今日はそれほど風もなく気候もいい為、雰囲気を変えて外に出る事とした。
 ヴァルトは鍛えているからか男達の中でも、体つきはがっしりとしており身長も高い。小柄なリューリは、ヴァルトの胸よりも少し低い身長で、華奢なリューリを握り潰してしまわないよう優しく接しないととヴァルトは思う。ヴァルトは慎重にエスコートをし、共に廊下を進んで外へと向かう。


「あの…」

「なんだ?」

「私、あの…なんてお呼びすればいいですか?ヴァルト様、と呼んでも構いませんか?」


 先ほどの朝食の際も、名前を呼んでいいのか聞こうと思っていたがなかなか言い出すタイミングがなかった為、リューリは歩きながら思い切って声を掛けた。


「ああ…そうだな。名前で呼んでくれ。夫婦となるのだから、俺が年上だとしてもなんてのはいらない。」

「え!あ、はい…努力いたしますわ、ヴァルトさ…ヴァルト。」

「!あ、あぁ…そうしてくれ。俺も、リューリと呼んでもいいか?」

「もちろんです!」


 リューリの可愛らしい笑顔と、その快活さに早くも心が弾むヴァルトであった。







☆★

 その四阿は、屋敷からは少し距離があり、玄関ホールからすぐの庭を進んだ先にある。丁寧に植えられた花々を横に見ながら小道として造られた石畳を奥へと向かうと、緩やかな傾斜がある。それを登り切ると高めに造られた屋根の四阿があり、そこは今まで通って来た際に見た花々が良く見渡せた。


「まぁ!とても広いお屋敷なのですね!」


 外門から建物までも、少し距離は離れており、その間には均等な長さに揃えられた芝生となっており、そこでもゆったりと出来そうな程広かったが、この庭も広い。この屋敷は本当に広いのだと実感した。端から端まで歩いたらどんなにかかるだろうか。馬を乗り回しているリューリでも息が切れそうだと思ったほどだ。


「そうだな、有事の際は領民達をこの屋敷内に避難させるからな。」

「え!」

「あ、済まない!怖がらせてしまったか?
そんな事にならないよう、我が警備隊は日々精進しているから不安に思わないでくれ!」

「そんな事ありませんわ!すごいですわ!!ここに…。だから、頑丈な造りなのですね、壁も建物も。
…お恥ずかしながら、私、ノルドランデル領の事、詳しく学ばずに嫁いで来てしまいましたの。教えて下さいませんか?」

「いや、しかし…女性には面白味がなく、怖いかもしれない。」

「大丈夫ですわ!私も、西の辺境伯の娘でしたもの。馬に乗って走る事も、兄や弟達と手合わせなどもしていたのですよ?ですから、私に遠慮は無用ですわ!
お父様が言っていた、生活も環境も違うと言っていた意味が知りたいと思ったのです。」

「馬に、手合わせだって?ハハハ!リューリ、まさか。本当か!?」


 ヴァルトは全く想像がつかず笑ってしまった。エリヤスも、妹は天使だと言っていた。それは分かるとすでに何度も頷ける程であるが、こんな小柄な少女が馬に乗ったり、兄と手合わせをするだなんてよっぽど手加減してもらっていたのか。馬は誰かに乗せてもらっていたのかと想像すれば、乗せる相手は家族であるだろうに少しばかりムッとしてしまった。


「まぁ!笑わないで下さい!!」


 リューリは思わず唇を尖らせ、ヴァルトとは反対の方向を向く。けれども話をしに来たのだと思い返し、四阿の小さなテーブルに並べられたカモミールティーをちらりと見て気分を変えようと手を伸ばす。食事が終わったすぐの為、さっぱりとしたカモミールティーがお腹に心地よく流れる。


「あぁ、済まない!そんな顔をしないでくれ。想像が出来なくてな。馬鹿にしたわけでは決してない。
ならば、馬に乗りたいか?今度俺と一緒に駆けるか?」

「本当ですか!?」


 拗ねていたと思ったが、リューリが満面の笑みでヴァルトへと視線を向けるから、本当に表情がクルクルと変わって見ていて気持ちがいいと思うヴァルトは頷いて言った。


「あぁ。俺と一緒に出掛けるのであれば大丈夫だろう。俺がリューリを守るから。」

「嬉しい!」


 ヴァルトは、リューリが一人で馬を操れるとは知らず、馬に乗っていたと言っても誰か家族に乗せてもらっていたのだと勝手に想像していた。貴族の令嬢は、移動手段といえば馬車である。嫁入りするのには馬車、というのは昔からの通例であったし、見た目儚そうなリューリが一人で馬に乗るとは思いもしなかった。その為、ヴァルトは当然自分がリューリを乗せて走る二人乗りを想像していたのだが、対してリューリは一人で馬に乗れるのだとここでも我慢せずやっていいのだと嬉しく思ったのだ。


「喜んでくれて何よりだ。
それよりこの地の事を知ろうとしてくれるのは嬉しいが、義父上が何をもってそう言ったのか…だかまぁ、違う所といえばオークランスによく出没する野生動物と、ここノルドランデルで出没する野生動物では決定的に違う事があるのだが、分かるか?」

「え?えーと…オークランスは猪や鹿が主に出てくるらしいわ。ここは…ごめんなさい。分からないわ。」

「気にするな。令嬢がオークランス領の事を知っているだけでも素晴らしいぞ?
ここは、主にオオヒグマが出没するんだ。人よりもかなり大きいやつがね。」

「人より…?」

「あぁ。そしてオオヒグマは人を殺そうとする。」

「ええ!?」

「だから、オークランス領も危険だとは思うが、そこよりも更にここは危険だと思っている。だが、さっきも言ったが、警備隊は毎日見回りもしているし、駆除も姿を見つけ次第積極的に行っている。年々、オオヒグマを見る頻度は減ってきているから安心してくれ。」

「駆除…?」

「あぁ。見つけられればね。」


(被害を出す前に食い止めないといけないから仕方ないのでしょうけど、なんだか可哀想だわ…。)


 オオヒグマを積極的に駆除しているから、見る頻度は減ってきていると聞いて、そのように思った。
 オークランス領の猪も鹿も、駆除しているとは思うが、畑を荒らさなければ、里へ下りて来なければ積極的に駆除をしているわけではなかったはずだと思っている。たいていは、人間を見ればすぐに逃げ出すからだ。リューリには、それに参加させてはもらえなかった為はっきりとは分からないが、アハティはそんな事を言っていなかった。『住み分けが出来れば、こんな事しなくてもいいのに』と言った事を耳にしたくらいだ。



「ごめん、暗い気持ちにさせてしまったか?
後は…寒さかな。ここは寒暖差がオークランス領よりも激しい。今は温かいだろうが、その内朝晩の気温がマイナスになり、昼間もマイナスのままの事もある。寒い時には、体が痛いほどだから体調を崩してもいけない。昨夜はそんなに冷え込んではいなかったが、大丈夫だったか?」

「あ、いいえ!
寒さの事は習ったけれど、想像も出来ないわ。昨日は大丈夫でした。」

「そうか。寒いと感じたら遠慮せずすぐに言ってくれ。
ああ、あとは植物や動物の生育が他の地域よりも早かったり、巨大化している。自然豊かだからだと言われているが、寒暖差が激しい地域なのに不思議なくらいだ。まぁ、有難い事に食物はかなり早く育つから寒い時期でもそこまで食糧難になったりはしないがな。
…それはそうと、リューリ?」

「はい?」

「実感は湧かないかもしれないが、俺らはもう夫婦だ。もう少し砕けた話し方をしていかないか?」

「そ、そうですね…ありがとうござ、あ!ありがとう…頑張るわ。」

「アハハ!無理はしなくてもいいが、リューリがいつまでも気を張っていては疲れてしまうと思っただけだ。これから、ここで生活していくわけだからな?
リューリ、俺はエリヤスと同じ年齢だ。頼ってくれると嬉しい。」

「…うん。」


 リューリは、ヴァルトのその気遣いがとても嬉しく思う。


「それから、すでにもう夫婦となっているわけだが、しばらくは部屋は別々にしよう。リューリもいきなり俺と同じ部屋では息が詰まるといけない。」

「そんな事…!でも、気遣ってくれてありがとう。」

「リューリ、思わぬ形で君を妻に迎える事となったが、大切にするから。何かあったら遠慮せず、どんどん俺や周りの者に言ってくれ。」

「ありがとう…ございます。私も、ヴァルトを大切にするわ!」

「あぁ、そうしてくれ。可愛い俺の奥さん!」

「やだ!…旦那様ったら!」



 二人はエリヤスという共通の人物がいるからか、いろいろと話す事で朝よりもずいぶんと親密になっていった。
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