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閑話 宴と称した披露宴
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カン カン カン
「よし、終わった!」
「「「うぉー!」」」
最後の一杭を打ち込むとヴァルトは周りにいた隊員や領民達に声を掛けた。すると、皆も声を上げ、体を揺らし共に喜び合った。
普段は食事を作る隊に加わっていたリューリも、最後だという事で今日はヴァルトの傍で仕事振りを見ていた。
ヴァルトは、周りの人達一人ずつの肩を叩き労っている。それをされた皆も喜んだり涙ぐむ者もいた。きっと、この三ヶ月の木を組んで出来た壁を作る工程を思い出しているのかはたまた、今までの駆除の事まで思い出している者もいるかもしれない。
(領民達ともこんなに距離が近いなんて…素晴らしいわよね。)
リューリは、ヴァルトの姿を見て微笑む。と、それに気づいたのかヴァルトもリューリの方へと視線を向け、叫んだ。
「リューリ、おいで!」
「うん!」
ヴァルトへと駆け出すと、両手を広げるようにして迎え、寒さ対策を万全にしたリューリを一度抱き締めてから腰に手を回したまま、皆へと声を上げる。
「皆、本当に良くやってくれた!前にも言ったが、この棲み分けの案はリューリが考えたものだ。生まれついた時からこのノルドランデルに住みオオヒグマや他の野生動物の被害に遭っていた俺達では考えつかなかった名案だ!大変だっただろうが、これからは被害も格段と減り、より住みやすいノルドランデルになる事を願って…これから宴としようではないか!」
「「「うぉー!!!」」」
半ば地響きにも似た歓声が、辺りに響き渡る。が、すぐにヴァルトは声を鎮めろと言って、先ほどよりも小さな声で話し出した。
「あまり大声をあげて、奴らに刺激を与えたくはないからな。一旦片付けをして、それから宴だ。場所は、今回は領民もいるから屋敷にしよう。」
そう言ったヴァルトに、皆は声は出さずに手を頭上に挙げ、返事を返した。
「普段、駆除した後は警備塔で隊員と食堂で食事をするが、今回は人数も多いし、賑やかにはなるがいいか?」
ヴァルトはそう、リューリへと顔を向けて言う。
「ええ、労うのよね?ヴァルトもお疲れさまでした!」
「可愛い妻の為だからな!…リューリも寒かっただろう?大丈夫か?」
「大丈夫よ。寒いけど、頑張って外で活動していたおかげでだいぶ昼間の寒さにも慣れてきたわ。朝晩はまだちょっとベッドから出にくいけれど。」
「…そうか。」
そう言って、またもリューリをギュッと抱き締めるヴァルト。
「あぁ、リューリ。これでやっと落ち着いたから、結婚式が出来るぞ。待たせて悪かったな。どんなドレスがいい?」
「ヴァルト…今さら結婚式なんてやらなくていいわ。」
「は!?」
そう言うと、リューリの顔を見るべく慌てて手を緩めてリューリの目を見つめる。
「私、もうヴァルトと夫婦だし、ドレスに掛けるお金があったら、他の事に使いたいわ。」
「いや、だが…」
「どうしたんだ?行かなくていいのか?」
足を止め、ヴァルトが困惑の表情をしている為ローペが、近づいてきて言った。
「あぁ…」
「ローペ、ヴァルトがね結婚式をしなくていいのかって言うの。私はしなくていいと思うのよ。だけど、聞いてくれないの。」
「いや、そういうわけではないが…」
そんな二人を見て、ローペはハハハと笑いながら言った。
「なるほど…リューリ様もソニヤ様と似た思考をお持ちなのですな?ヴァルト様も苦労しますなぁ!」
「母の名を出すな!」
「え?」
「ソニヤ様も、結婚式は必要ないと言ってその分領民達へと使ってくれと言って、オスク様を寂しがらせておりましたよ。」
「義母様も…どうして義父様は寂しかったの?」
「そりゃあ、愛する女性を自分の選んだ色で着飾らせるのは夢でありますからな!独占欲、とでもいいましょうか。けれどもそれは所詮男の独りよがりの想い、かもしれませんなぁ!」
「…ヴァルトもそうなの?」
「…」
「ねぇ…」
「ああそうだよ!最高に着飾らせたリューリは俺の妻だって見せつけたかったんだ!…けど、独りよがり……確かにそうかもしれない。見せつけるより独り占めしたい気も…」
「ヴァルト、ありがとう!じゃあ今度、動きやすいワンピースをもう一着買ってくれる?この前ひっかけて、破けてしまったの。」
「リューリ…分かった。」
「その代わり、結婚式なんて要らないわ。だって私はもう、すでにヴァルトの妻なんだもの。…違う?」
「違わない!…分かった。そうだな、リューリのしたいようにしよう。」
「ヴァルト、好きよ!」
「こりゃあ掌で転がされておりますなぁ!」
「ローペ、うるさいぞ!先に行けよ!」
「はいはい。では失礼致します。
リューリ様、どうぞヴァルト様をこれからもよろしくお願い致します。」
「もちろんよ!」
そう言ってリューリは、ふて腐れているヴァルトの腕へと自身の腕を絡め、顔を見上げて微笑みを浮かべる。
「ヴァルト、あと私、乗馬服が欲しいわ。
選んでくれると嬉しいのだけれど。」
「リューリ…あぁ、俺が上等なのを選んでやる。それを着て今度一緒に出掛けよう。」
「本当?嬉しい!ヴァルトと遠駆けするの楽しみにしていたのよ。」
「そうか、長く待たせて悪かったな。俺もリューリと行くのが楽しみだ。」
リューリはヴァルトと話しながら、屋敷へと戻った。
☆★
屋敷に着いたリューリとヴァルトは軽く汗を流した後、リューリの為に作った訓練場兼有事の際領民達の避難場所へと向かった。
そこには全て入りきらない為、正門から入ったすぐの庭にも簡易的に椅子や机を並べてあった。
「すごいわね…」
すでに領民達も警備隊員達も、ほとんどが集まっている。彼らは警備塔に道具を置いたあと、すぐに集まったからだ。
そこでは、中央には食べ物が大皿に置かれており、取り分けて自分の近くに小皿を置いている者もいるが、酒は人々に配られていてすでに顔が赤くなっている人もいた。その人達誰もが、楽しそうに宴の時間を満喫していた。
料理も、すでに屋敷の者や食事係だった者が昨日から下準備したり、朝早くから作業していた為、こんなにたくさん出来上がっているのだ。
「圧巻だろ?この光景にいる人達は皆ノルドランデルの為に働いてくれている。」
「ええ、とても楽しそうだわ!…この人達を、ヴァルトが治めているのね。」
「ん?あぁ、そうなるな。ま、彼ら自身が自発的にやってくれているがな。」
それでも、リューリはここにいる人達がにこやかなのはヴァルトの人柄故だと思っている。この三ヶ月あまり、警備隊員や領民達と共に棲み分けの壁を作っていて、距離が近いと感じたのだ。リューリへも、領主の妻として初めは遠巻きにされていたが一生懸命に動く姿を見て、皆が好意的に話し掛けてくれるようになった。
「お、やっと来ましたな。」
ローペが気づき、やって来たヴァルトとリューリへと言葉をかけると、皆も一斉にそちらを見る。
「ヴァルト様!リューリ様!」
「先に始めてますよ!」
「おめでとうございます!」
「おい、ちょっと早いぞ、お前!」
口々にヴァルトとリューリへ声を掛けてきた領民達だったが、その中の一人が祝いの言葉を言うと周りの者が慌ててまだ早いと止める。
「まぁまぁ。…では、せっかくなのでヴァルト様リューリ様、あちらへどうぞ。」
見れば、訓練場の奥に、敷物が置かれて二人分ほどの空間が空いていた。
「なんだかいつもと勝手が違うな。リューリ、せっかくだから座ろう。」
そう言って、ヴァルトがリューリの手を取りエスコートして座った。その際、領民達が拍手をしたり、指笛を吹いたりしていた。
「なんだか恥ずかしいわ。」
「そうだな、なにかが始まるのか?」
普段、駆除した後は警備塔の食堂で労いを込めて食事会をするが、その時よりも盛り上がっているなとヴァルトは笑う。
「さぁさぁ、皆もすでにご存じではありますが、このお二人はこの栄えあるノルドランデル領の領主ヴァルト様とその奥方リューリ様にございます!」
「いいぞー!」
「やれやれ-!」
ローペが仰々しく、大きな声で集まった皆に聞こえるように言うと、警備隊員からそのように囃し立てるように声が上がる。
「オッホン!リューリ様は大変奥ゆかしく、結婚式は挙げないとご希望をお持ちであります。
しかし!我々からの気持ちを伝える場として、今、この場は最も適していると考え、棲み分けの壁を作り終えた労いの宴ではありますが、僭越ながら合わせて祝いの言葉を述べる宴とさせて頂きたく存じます!!」
「「「いいぞー!」」」
パチパチパチパチ
「…なるほどな。」
先ほどのヴァルトとの話を聞いたからだろうか、ローペはそのように言うと、ヴァルトとリューリに杯を渡し、酒を並々と注がせた。このノルドランデルで収穫された、クロウベリーワインだ。
「では、皆様準備はよろしいですかな?無い人には注いでやれよ、おい、そこ!杯が無い?早く持って来い!
……改めまして!ヴァルト様、リューリ様、ご結婚おめでとうございます!これからの更なる繁栄とご多幸を願って…キップス!」
「「「キップス-!!」」」
そう言うとヴァルトはリューリの杯に自身の杯を少し近づけ上に上げると一気に飲み干し、リューリへと声を掛ける。
「ほんの一口だけ口につけれるか?このワインは強い。あとは俺が飲むから、リューリにはりんご酒にするか。」
リューリは酒に強い方ではなく、ノルドランデルに来てからも飲む時には、甘めの度数の低い果実酒を飲むに留めていた。
「うん、ありがとう。でも…りんごジュースにするわ。」
「ん?そうか。まぁ、こんな会になったからたくさん飲まされるかもしれないから、正確だな。」
リューリが形だけ杯を口に運んだものをヴァルトへと手渡すとそう話す。
「ううん…そうだけど、それだけじゃないの。あのね…」
リューリは、腰を浮かせるとヴァルトの耳元へこっそりと伝える。
リューリはこの三ヶ月毎日いろいろと動いていた為すっかり忘れていたが、月のものが無い事に気づいたマイサが医師をこっそりと呼び、今朝診察して言われたのだ。リューリには全く自覚が無かったのだが、体を動かしていない時にはあくびがでて眠気を誘うなとは思っていた。体を動かしている為に眠たいのだと思っていたが、まさか妊娠していたとはとリューリは驚いた。ヴァルトには自分から話すと診断した医師には伝え、マイサにもそれまでは皆にも内緒にしておいてと頼んだのだった。
「赤ちゃんが出来たみたい。」
「は!?」
ヴァルトは、リューリの目を見つめると、リューリがふわりと笑ったので思わず抱き締めた。
「きゃ…!」
「リューリ!そうか!愛してる!!」
リューリは、ヴァルトに渡した杯がこぼれて足に掛かったのだが、それよりもヴァルトがとても嬉しそうに抱き締めてくれた事に嬉しくなった。
二人の元にクロウベリーワインを片手に挨拶に訪れようと順に近寄る人達もまた、その光景を見て一瞬目を見開くが、仲睦まじい事は良いことだと微笑み合い、祝いの言葉を掛けるのはもう少し後にしようとまたそれぞれ席についたのだった。
「ヴァルト様のご両親の到着はまだなのですか、隊長。」
「ん?あぁ…いつものようにお二人で領内の見回りだ。今朝、終わり次第こちらで宴があるとは伝えてはあるがな。」
「なるほど。きっとお二人のデートが長引いてるのですね。」
「いつもの事だな、気ままに領内の見回りをして下さる。果たして間に合うのかも分からんな。」
「しかしよろしいのですか?その…せっかくの披露宴でもありますのにご両親がいらっしゃらなくて…」
「お二人はそんなので腹を立てる狭い心は持ってないさ!ヴァルト様に辺境伯という地位を譲ってからは特にこういうのにも少ししか参加されなくなったし。
まぁ、何か言われたらまた開けばいいさ。
それよりお前も飲め!お疲れさん!」
ローペは隊員とそのように話しながら、年若い領主夫妻を温かい目で見つめていた。
☆★
これで終わりです。まりぃべるの世界観に最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました!
お気に入り登録してくれた方、しおりを挟んでくれた方ありがとうございます。感想を下さった方も、とても嬉しかったです。
また、過去作品や、新しい作品も読んで下さると嬉しいです!
「よし、終わった!」
「「「うぉー!」」」
最後の一杭を打ち込むとヴァルトは周りにいた隊員や領民達に声を掛けた。すると、皆も声を上げ、体を揺らし共に喜び合った。
普段は食事を作る隊に加わっていたリューリも、最後だという事で今日はヴァルトの傍で仕事振りを見ていた。
ヴァルトは、周りの人達一人ずつの肩を叩き労っている。それをされた皆も喜んだり涙ぐむ者もいた。きっと、この三ヶ月の木を組んで出来た壁を作る工程を思い出しているのかはたまた、今までの駆除の事まで思い出している者もいるかもしれない。
(領民達ともこんなに距離が近いなんて…素晴らしいわよね。)
リューリは、ヴァルトの姿を見て微笑む。と、それに気づいたのかヴァルトもリューリの方へと視線を向け、叫んだ。
「リューリ、おいで!」
「うん!」
ヴァルトへと駆け出すと、両手を広げるようにして迎え、寒さ対策を万全にしたリューリを一度抱き締めてから腰に手を回したまま、皆へと声を上げる。
「皆、本当に良くやってくれた!前にも言ったが、この棲み分けの案はリューリが考えたものだ。生まれついた時からこのノルドランデルに住みオオヒグマや他の野生動物の被害に遭っていた俺達では考えつかなかった名案だ!大変だっただろうが、これからは被害も格段と減り、より住みやすいノルドランデルになる事を願って…これから宴としようではないか!」
「「「うぉー!!!」」」
半ば地響きにも似た歓声が、辺りに響き渡る。が、すぐにヴァルトは声を鎮めろと言って、先ほどよりも小さな声で話し出した。
「あまり大声をあげて、奴らに刺激を与えたくはないからな。一旦片付けをして、それから宴だ。場所は、今回は領民もいるから屋敷にしよう。」
そう言ったヴァルトに、皆は声は出さずに手を頭上に挙げ、返事を返した。
「普段、駆除した後は警備塔で隊員と食堂で食事をするが、今回は人数も多いし、賑やかにはなるがいいか?」
ヴァルトはそう、リューリへと顔を向けて言う。
「ええ、労うのよね?ヴァルトもお疲れさまでした!」
「可愛い妻の為だからな!…リューリも寒かっただろう?大丈夫か?」
「大丈夫よ。寒いけど、頑張って外で活動していたおかげでだいぶ昼間の寒さにも慣れてきたわ。朝晩はまだちょっとベッドから出にくいけれど。」
「…そうか。」
そう言って、またもリューリをギュッと抱き締めるヴァルト。
「あぁ、リューリ。これでやっと落ち着いたから、結婚式が出来るぞ。待たせて悪かったな。どんなドレスがいい?」
「ヴァルト…今さら結婚式なんてやらなくていいわ。」
「は!?」
そう言うと、リューリの顔を見るべく慌てて手を緩めてリューリの目を見つめる。
「私、もうヴァルトと夫婦だし、ドレスに掛けるお金があったら、他の事に使いたいわ。」
「いや、だが…」
「どうしたんだ?行かなくていいのか?」
足を止め、ヴァルトが困惑の表情をしている為ローペが、近づいてきて言った。
「あぁ…」
「ローペ、ヴァルトがね結婚式をしなくていいのかって言うの。私はしなくていいと思うのよ。だけど、聞いてくれないの。」
「いや、そういうわけではないが…」
そんな二人を見て、ローペはハハハと笑いながら言った。
「なるほど…リューリ様もソニヤ様と似た思考をお持ちなのですな?ヴァルト様も苦労しますなぁ!」
「母の名を出すな!」
「え?」
「ソニヤ様も、結婚式は必要ないと言ってその分領民達へと使ってくれと言って、オスク様を寂しがらせておりましたよ。」
「義母様も…どうして義父様は寂しかったの?」
「そりゃあ、愛する女性を自分の選んだ色で着飾らせるのは夢でありますからな!独占欲、とでもいいましょうか。けれどもそれは所詮男の独りよがりの想い、かもしれませんなぁ!」
「…ヴァルトもそうなの?」
「…」
「ねぇ…」
「ああそうだよ!最高に着飾らせたリューリは俺の妻だって見せつけたかったんだ!…けど、独りよがり……確かにそうかもしれない。見せつけるより独り占めしたい気も…」
「ヴァルト、ありがとう!じゃあ今度、動きやすいワンピースをもう一着買ってくれる?この前ひっかけて、破けてしまったの。」
「リューリ…分かった。」
「その代わり、結婚式なんて要らないわ。だって私はもう、すでにヴァルトの妻なんだもの。…違う?」
「違わない!…分かった。そうだな、リューリのしたいようにしよう。」
「ヴァルト、好きよ!」
「こりゃあ掌で転がされておりますなぁ!」
「ローペ、うるさいぞ!先に行けよ!」
「はいはい。では失礼致します。
リューリ様、どうぞヴァルト様をこれからもよろしくお願い致します。」
「もちろんよ!」
そう言ってリューリは、ふて腐れているヴァルトの腕へと自身の腕を絡め、顔を見上げて微笑みを浮かべる。
「ヴァルト、あと私、乗馬服が欲しいわ。
選んでくれると嬉しいのだけれど。」
「リューリ…あぁ、俺が上等なのを選んでやる。それを着て今度一緒に出掛けよう。」
「本当?嬉しい!ヴァルトと遠駆けするの楽しみにしていたのよ。」
「そうか、長く待たせて悪かったな。俺もリューリと行くのが楽しみだ。」
リューリはヴァルトと話しながら、屋敷へと戻った。
☆★
屋敷に着いたリューリとヴァルトは軽く汗を流した後、リューリの為に作った訓練場兼有事の際領民達の避難場所へと向かった。
そこには全て入りきらない為、正門から入ったすぐの庭にも簡易的に椅子や机を並べてあった。
「すごいわね…」
すでに領民達も警備隊員達も、ほとんどが集まっている。彼らは警備塔に道具を置いたあと、すぐに集まったからだ。
そこでは、中央には食べ物が大皿に置かれており、取り分けて自分の近くに小皿を置いている者もいるが、酒は人々に配られていてすでに顔が赤くなっている人もいた。その人達誰もが、楽しそうに宴の時間を満喫していた。
料理も、すでに屋敷の者や食事係だった者が昨日から下準備したり、朝早くから作業していた為、こんなにたくさん出来上がっているのだ。
「圧巻だろ?この光景にいる人達は皆ノルドランデルの為に働いてくれている。」
「ええ、とても楽しそうだわ!…この人達を、ヴァルトが治めているのね。」
「ん?あぁ、そうなるな。ま、彼ら自身が自発的にやってくれているがな。」
それでも、リューリはここにいる人達がにこやかなのはヴァルトの人柄故だと思っている。この三ヶ月あまり、警備隊員や領民達と共に棲み分けの壁を作っていて、距離が近いと感じたのだ。リューリへも、領主の妻として初めは遠巻きにされていたが一生懸命に動く姿を見て、皆が好意的に話し掛けてくれるようになった。
「お、やっと来ましたな。」
ローペが気づき、やって来たヴァルトとリューリへと言葉をかけると、皆も一斉にそちらを見る。
「ヴァルト様!リューリ様!」
「先に始めてますよ!」
「おめでとうございます!」
「おい、ちょっと早いぞ、お前!」
口々にヴァルトとリューリへ声を掛けてきた領民達だったが、その中の一人が祝いの言葉を言うと周りの者が慌ててまだ早いと止める。
「まぁまぁ。…では、せっかくなのでヴァルト様リューリ様、あちらへどうぞ。」
見れば、訓練場の奥に、敷物が置かれて二人分ほどの空間が空いていた。
「なんだかいつもと勝手が違うな。リューリ、せっかくだから座ろう。」
そう言って、ヴァルトがリューリの手を取りエスコートして座った。その際、領民達が拍手をしたり、指笛を吹いたりしていた。
「なんだか恥ずかしいわ。」
「そうだな、なにかが始まるのか?」
普段、駆除した後は警備塔の食堂で労いを込めて食事会をするが、その時よりも盛り上がっているなとヴァルトは笑う。
「さぁさぁ、皆もすでにご存じではありますが、このお二人はこの栄えあるノルドランデル領の領主ヴァルト様とその奥方リューリ様にございます!」
「いいぞー!」
「やれやれ-!」
ローペが仰々しく、大きな声で集まった皆に聞こえるように言うと、警備隊員からそのように囃し立てるように声が上がる。
「オッホン!リューリ様は大変奥ゆかしく、結婚式は挙げないとご希望をお持ちであります。
しかし!我々からの気持ちを伝える場として、今、この場は最も適していると考え、棲み分けの壁を作り終えた労いの宴ではありますが、僭越ながら合わせて祝いの言葉を述べる宴とさせて頂きたく存じます!!」
「「「いいぞー!」」」
パチパチパチパチ
「…なるほどな。」
先ほどのヴァルトとの話を聞いたからだろうか、ローペはそのように言うと、ヴァルトとリューリに杯を渡し、酒を並々と注がせた。このノルドランデルで収穫された、クロウベリーワインだ。
「では、皆様準備はよろしいですかな?無い人には注いでやれよ、おい、そこ!杯が無い?早く持って来い!
……改めまして!ヴァルト様、リューリ様、ご結婚おめでとうございます!これからの更なる繁栄とご多幸を願って…キップス!」
「「「キップス-!!」」」
そう言うとヴァルトはリューリの杯に自身の杯を少し近づけ上に上げると一気に飲み干し、リューリへと声を掛ける。
「ほんの一口だけ口につけれるか?このワインは強い。あとは俺が飲むから、リューリにはりんご酒にするか。」
リューリは酒に強い方ではなく、ノルドランデルに来てからも飲む時には、甘めの度数の低い果実酒を飲むに留めていた。
「うん、ありがとう。でも…りんごジュースにするわ。」
「ん?そうか。まぁ、こんな会になったからたくさん飲まされるかもしれないから、正確だな。」
リューリが形だけ杯を口に運んだものをヴァルトへと手渡すとそう話す。
「ううん…そうだけど、それだけじゃないの。あのね…」
リューリは、腰を浮かせるとヴァルトの耳元へこっそりと伝える。
リューリはこの三ヶ月毎日いろいろと動いていた為すっかり忘れていたが、月のものが無い事に気づいたマイサが医師をこっそりと呼び、今朝診察して言われたのだ。リューリには全く自覚が無かったのだが、体を動かしていない時にはあくびがでて眠気を誘うなとは思っていた。体を動かしている為に眠たいのだと思っていたが、まさか妊娠していたとはとリューリは驚いた。ヴァルトには自分から話すと診断した医師には伝え、マイサにもそれまでは皆にも内緒にしておいてと頼んだのだった。
「赤ちゃんが出来たみたい。」
「は!?」
ヴァルトは、リューリの目を見つめると、リューリがふわりと笑ったので思わず抱き締めた。
「きゃ…!」
「リューリ!そうか!愛してる!!」
リューリは、ヴァルトに渡した杯がこぼれて足に掛かったのだが、それよりもヴァルトがとても嬉しそうに抱き締めてくれた事に嬉しくなった。
二人の元にクロウベリーワインを片手に挨拶に訪れようと順に近寄る人達もまた、その光景を見て一瞬目を見開くが、仲睦まじい事は良いことだと微笑み合い、祝いの言葉を掛けるのはもう少し後にしようとまたそれぞれ席についたのだった。
「ヴァルト様のご両親の到着はまだなのですか、隊長。」
「ん?あぁ…いつものようにお二人で領内の見回りだ。今朝、終わり次第こちらで宴があるとは伝えてはあるがな。」
「なるほど。きっとお二人のデートが長引いてるのですね。」
「いつもの事だな、気ままに領内の見回りをして下さる。果たして間に合うのかも分からんな。」
「しかしよろしいのですか?その…せっかくの披露宴でもありますのにご両親がいらっしゃらなくて…」
「お二人はそんなので腹を立てる狭い心は持ってないさ!ヴァルト様に辺境伯という地位を譲ってからは特にこういうのにも少ししか参加されなくなったし。
まぁ、何か言われたらまた開けばいいさ。
それよりお前も飲め!お疲れさん!」
ローペは隊員とそのように話しながら、年若い領主夫妻を温かい目で見つめていた。
☆★
これで終わりです。まりぃべるの世界観に最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました!
お気に入り登録してくれた方、しおりを挟んでくれた方ありがとうございます。感想を下さった方も、とても嬉しかったです。
また、過去作品や、新しい作品も読んで下さると嬉しいです!
応援ありがとうございます!
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太真様、返信遅くなってしまいましたが感想ありがとうございました!!
次回の作品でも、読んでいただけると嬉しいです。
今回の作品、読んで下さいましてありがとうございましたo(*´︶`*)o
太真様、返信遅くなってしまいましたが感想ありがとうございました!
そうなんですよね、人間のせいで絶滅してしまった生き物ってたくさんいるのですよね(ノД`)けれど実は人間の見えない場所で生存しているんだったらいいなぁと思っております(^^ゞ
読んで下さいましてありがとうございました(●^ー^●)
猫3号様、返信がずいぶん遅くなってしまいましたが感想をいただきましてありがとうございました!
そうですね-、ご想像通り他の警備隊員とは残念ながらなかなかやれなかったそうです(^_^;)
読んで下さいましてありがとうございました(o^^o)