陰陽剣劇譚―カミナリ―

黄坂文人

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七・五話 隻角の鬼

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 妙なものが顔を覆って、佐々木累とあの餓鬼がその場から消えるまでは一瞬だった。その妙なものが登場した瞬間は目の前の餓鬼に集中していて、それが何かまでは分からなかった。だがそれが鬼面に引っ付いた時には臭いからそれが獣である事が、鳴き声から猫である事が分かった。随分と気が立っている様子で、シャーと興奮しながら鬼面の淵に爪を立て水野の視界を塞いでいた。猫の鳴き声と猫に付いているであろう鈴の音が水野を苛立たせた。
「……くせえんだよ、糞猫」
 これを引き剥がそうとしたが、中々に強情な猫で散々に頭を振るが離れず、さらに猫の背肉を掴み力任せに引っ張りようやく離れた。
 猫を適当に投げ捨てた時には、佐々木累が餓鬼を背負って橋から身を投げている所だった。欄干に駆け寄って下を覗き込むも、二人の姿は見えなかった。この場に残ったのは水野だけだった。猫も既に姿を消した。気に障る鈴の音は聞こえなかったのだが。血振りして納刀し、落ちた煙管を拾いそのまま口に咥えると深く喫う。当然、火皿は空の筈である。しかし煙草も火種もないにも関わらず、水野の口からは濃白の紫煙が勢い良く吐き出されていた。
 水野は煙管をふかしながら、暫しその場に佇む。この男の気分は、未だ相当に昂っていた。佐々木累。あの剣客との斬り合いが尾を引いているのだ。以前から幾度も六方組に立ち塞がる女傑。女だてらにあの気迫、剣の冴え、思い切りの良さ。男でもそうはいない。俗世を倦厭けんえんしている水野にとって、あの存在が特異な剣客の剣は何故か惹かれるものがあった。そして胆力に関して言うなら……九十九とか呼ばれていたあの餓鬼。あの奇妙な恰好に刀も差さず、佐々木累の背後で座り込んでいる様は正に腰抜けとしか言いようがない。だが、首を絞められ切先を突きつけられている時のあの眼は、並ならぬものを感じた。そして右手に宿った一振りの剣。餓鬼の血走った眼を思い浮かべ、露出した左目を手で覆った。
「フッ……ククッ……」
 静かに嗤うと、鬼は雷門へむけて歩きだした。
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