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♫♫♫
「へぇ~、そんなお店? があるんだ」
早朝の惨劇は何処へやら、太陽が完全に昇った頃には3人で小さな折りたたみテーブルを仲良く囲い、何事もなかったかのように聖がこしらえた朝食を食べていた。僕が興奮してこの家に突撃した理由を話すと、双子(美形)はおんなじ表情をして僕の話に食いつき、特に聖の方は目をキラキラと輝かせていた。
「僕、全然聞いたことなかったけど、そこ、なんていうお店?」
一足先に食べ終わった聖は、そう言いながら口をナプキンで拭く。
「…んーと、『MAESTRO 神楽坂』、っていうらしい。リサイクルショップと併設してカフェがあって、そこの一角にベーゼンドルファーの古いフルコンが置いてあるらしいぜっ」
僕が昨夜学外の友達から聞いた話。
とあるビルのワンフロアに、誰でも無料で弾き放題のピアノが置いてあるというのだ。しかも、フルサイズのグランドピアノ 。フルサイズとは奥行きが2メートル80センチくらいあって、普通は大きなコンサートホールでしかお目にかかれない、滅多に触ることのできない大きさなのだ。
それと、噂によると、それは世界三台メーカーの一つである、超超超憧れベーゼンドルファー製のピアノだという。そのピアノの大きさといい、車で例えるならばロールスロイスのファントムのようなものだ。
「……そっかぁ。ベーゼンの280かぁ。そこのオーナーさん、よくそんな高級なピアノを手に入れられたね」
「だよなぁ! 僕もそれが無料弾き放題って聞いた時、おったまげたよ。オーナーさん、そのピアノの価値分かってるのかなぁってさぁっ!」
ピアノ弾きにとって、ヴァイオリンやフルートのようにマイ楽器を持ち運ぶ習慣はない。もちろん、家庭に練習用として小さなピアノを置いているけれど、それはあくまで練習に使うもので、レッスンでも試験でも常に同じピアノと共にできるわけではない。でも逆に考えれば、学校では学校の、ホールではホールの、と、それぞれメーカーも特徴も違うピアノを弾ける──車で言い換えれば、国内メーカーの軽自動車から外車のハイエンドモデルなど、ギアもハンドルも仕様が異なる車に乗ることができるということでもあるのだ(まぁもちろん僕は車を運転したことはないけれど)。
現状、僕の家の経済状況ではそんなに高級なピアノを置くことはできないから(実際僕の家にあるのは、聖の家と違って、中古で買ったボロいアップライトピアノだ)、ホールなどで出会う超ハイパーエリートピアノに憧れがある。これまで発表会やコンクールで「いいピアノ」に触れてはきたけど、今回の話は桁が違う。だって、ロールスロイスだよ? ファントムやゴーストだよ?
(アツいぜ!)
そんな高級車をタダで乗り回す機会ってそうそうない。
しかもお金のない学生の分際で、だ。
「……まぁでもそれもきっと、お店にもメリットがあるからやってるんでしょ。……それにしてもベーゼンかぁ~。僕も興味あるなぁ」
友人も腕を組んでニヤニヤしながら、空想に耽っていた。ヴァイオリン専攻の兄貴(名前は耀という)の方はあまりそうでもなかったけれど、同じピアノを専攻としている弟の聖には通じるものがあるようだ。
やっぱり、マイ楽器を持ち歩くやつには分からないのだよ、このロマンは。
聖の気が昂ってきているのを見て、僕はしめしめと次のカードを繰り出す。
「だよな。え、なんなら今日行く?」
「え、今日っ?」
「だってふたりともどうせ休みだろ。思い立ったが吉日だぜ」
「そだね! 行こ行こ!!」
「よっしゃ! じゃあ準備し」
「……は?」
乗り気な友人に対して怪訝そうな顔をしたのは、それまでまったく話に入ってこなかったその兄だった。その兄はどうやら彼氏(?)である双子の弟との時間を邪魔されたことを根に持っていて、その上彼氏(?)を丸一日誰かにとられそうになり、相当不機嫌になっているみたいだ。
「聖、おまえ、今日俺と学祭の曲を練習するんだろ? その為に俺ここに泊まったのに、そんな勝手に決めんなよ」
「だってぇ……」
兄に怒られて、しょぼんとしょげる弟。しばらく彼らは兄弟喧嘩(痴話喧嘩?)を繰り広げていたが、最終的には「こんな機会なかなかないからお願いっ!」と聖がパンっと手を合わせて懇願し、兄貴が渋々折れたところで収束した。
「はぁ…まったくしょうがないな…、おまえたちは……」
「やったー! ありがとう! 耀!! 愛してる!!」
「じゃあ行くということで決まりなっ。ここから1時間くらいかかるらしいからさ、すぐ準備して早めに出ようぜっ!」
鍵盤楽器の野郎2人はルンルンに浮かれてハイタッチなどしていたが、弦楽器専攻の兄貴は、ひどく浮かない顔していた。
それでも彼は、恨みのこもった眼でこちらをじりじりと睨むことを忘れない。
(う…視線が痛いけど、念願のベーゼンドルファーに触れるぜ!!)
朝食をご馳走になった後は、僕は一度部屋に戻り、手早く外出の準備をして、双子が家から出てくるのを待つのであった。
「へぇ~、そんなお店? があるんだ」
早朝の惨劇は何処へやら、太陽が完全に昇った頃には3人で小さな折りたたみテーブルを仲良く囲い、何事もなかったかのように聖がこしらえた朝食を食べていた。僕が興奮してこの家に突撃した理由を話すと、双子(美形)はおんなじ表情をして僕の話に食いつき、特に聖の方は目をキラキラと輝かせていた。
「僕、全然聞いたことなかったけど、そこ、なんていうお店?」
一足先に食べ終わった聖は、そう言いながら口をナプキンで拭く。
「…んーと、『MAESTRO 神楽坂』、っていうらしい。リサイクルショップと併設してカフェがあって、そこの一角にベーゼンドルファーの古いフルコンが置いてあるらしいぜっ」
僕が昨夜学外の友達から聞いた話。
とあるビルのワンフロアに、誰でも無料で弾き放題のピアノが置いてあるというのだ。しかも、フルサイズのグランドピアノ 。フルサイズとは奥行きが2メートル80センチくらいあって、普通は大きなコンサートホールでしかお目にかかれない、滅多に触ることのできない大きさなのだ。
それと、噂によると、それは世界三台メーカーの一つである、超超超憧れベーゼンドルファー製のピアノだという。そのピアノの大きさといい、車で例えるならばロールスロイスのファントムのようなものだ。
「……そっかぁ。ベーゼンの280かぁ。そこのオーナーさん、よくそんな高級なピアノを手に入れられたね」
「だよなぁ! 僕もそれが無料弾き放題って聞いた時、おったまげたよ。オーナーさん、そのピアノの価値分かってるのかなぁってさぁっ!」
ピアノ弾きにとって、ヴァイオリンやフルートのようにマイ楽器を持ち運ぶ習慣はない。もちろん、家庭に練習用として小さなピアノを置いているけれど、それはあくまで練習に使うもので、レッスンでも試験でも常に同じピアノと共にできるわけではない。でも逆に考えれば、学校では学校の、ホールではホールの、と、それぞれメーカーも特徴も違うピアノを弾ける──車で言い換えれば、国内メーカーの軽自動車から外車のハイエンドモデルなど、ギアもハンドルも仕様が異なる車に乗ることができるということでもあるのだ(まぁもちろん僕は車を運転したことはないけれど)。
現状、僕の家の経済状況ではそんなに高級なピアノを置くことはできないから(実際僕の家にあるのは、聖の家と違って、中古で買ったボロいアップライトピアノだ)、ホールなどで出会う超ハイパーエリートピアノに憧れがある。これまで発表会やコンクールで「いいピアノ」に触れてはきたけど、今回の話は桁が違う。だって、ロールスロイスだよ? ファントムやゴーストだよ?
(アツいぜ!)
そんな高級車をタダで乗り回す機会ってそうそうない。
しかもお金のない学生の分際で、だ。
「……まぁでもそれもきっと、お店にもメリットがあるからやってるんでしょ。……それにしてもベーゼンかぁ~。僕も興味あるなぁ」
友人も腕を組んでニヤニヤしながら、空想に耽っていた。ヴァイオリン専攻の兄貴(名前は耀という)の方はあまりそうでもなかったけれど、同じピアノを専攻としている弟の聖には通じるものがあるようだ。
やっぱり、マイ楽器を持ち歩くやつには分からないのだよ、このロマンは。
聖の気が昂ってきているのを見て、僕はしめしめと次のカードを繰り出す。
「だよな。え、なんなら今日行く?」
「え、今日っ?」
「だってふたりともどうせ休みだろ。思い立ったが吉日だぜ」
「そだね! 行こ行こ!!」
「よっしゃ! じゃあ準備し」
「……は?」
乗り気な友人に対して怪訝そうな顔をしたのは、それまでまったく話に入ってこなかったその兄だった。その兄はどうやら彼氏(?)である双子の弟との時間を邪魔されたことを根に持っていて、その上彼氏(?)を丸一日誰かにとられそうになり、相当不機嫌になっているみたいだ。
「聖、おまえ、今日俺と学祭の曲を練習するんだろ? その為に俺ここに泊まったのに、そんな勝手に決めんなよ」
「だってぇ……」
兄に怒られて、しょぼんとしょげる弟。しばらく彼らは兄弟喧嘩(痴話喧嘩?)を繰り広げていたが、最終的には「こんな機会なかなかないからお願いっ!」と聖がパンっと手を合わせて懇願し、兄貴が渋々折れたところで収束した。
「はぁ…まったくしょうがないな…、おまえたちは……」
「やったー! ありがとう! 耀!! 愛してる!!」
「じゃあ行くということで決まりなっ。ここから1時間くらいかかるらしいからさ、すぐ準備して早めに出ようぜっ!」
鍵盤楽器の野郎2人はルンルンに浮かれてハイタッチなどしていたが、弦楽器専攻の兄貴は、ひどく浮かない顔していた。
それでも彼は、恨みのこもった眼でこちらをじりじりと睨むことを忘れない。
(う…視線が痛いけど、念願のベーゼンドルファーに触れるぜ!!)
朝食をご馳走になった後は、僕は一度部屋に戻り、手早く外出の準備をして、双子が家から出てくるのを待つのであった。
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