フクロウ喫茶で迷子になって

ダッチマン

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迷子の少女

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「今日は何頼もうかな」
バス停まであと僅かの帰り道、桂子はガラス張りの店先の入り口にぶら下がる木彫りのフクロウの看板を見上げた。
美味しい紅茶を淹れてくれる喫茶店が出来たと聞いて立ち寄った桂子は、まだ若い店主にひと目惚れ。
将来の為にと使わず溜めていたお年玉は急速にお茶へと姿を変えていた。
「まあ、紅茶で太る事は無いから」
誰に言い訳するともなく呟いてドアを押し小さな鐘の音を響かせる。
「いらっしゃい。今日は早いね」
笑顔で迎えるマスターに、小首を傾げて精一杯の女子高生スマイルを返す桂子。
「そうですか?」
テーブルには向かわずマスターのすぐ前、カウンターの中央に陣取る。
「いつもの?」
尋ねるマスターに満面の笑みで頷き返す。
「いつもの」とはジャクソンのジャスミンブロッサムという紅茶の銘柄だ。
まだそれほど通っている訳でも無いあたしの好みを覚えてくれている。
もしかしたらマスターもあたしに興味を持ってくれているのかしら?
思春期にありがちな妄想に耽りつつマスターの後姿に見惚れる桂子の耳に鐘の音。
振り向いた桂子の目に飛び込んできたのはクラスメートの鉄平。
「寄り道してていいのか?」
揶揄するように声を掛けて来る鉄平に鼻を顰めて見せる桂子。
「鉄平君もね」
棚から紅茶の缶を取ったマスターが振り向いて笑顔で桂子に尋ねる。
「お友達?」

「と、とんでもない。只のクラスメートです!」
酷い言い様だがマスターは笑顔を鉄平と交わしている。
「俺にはブレンドお願いします」
学校ではやんちゃな鉄平の、神妙な言葉遣いに桂子は目を見張って見せる。
苦笑を返した鉄平は窓際、表通りが良く見えるスツールに腰掛けた。
秋も深まった空に、高級とは見えないマフラーを巻いて、外した薄い手袋をハーフコートのポケットに突っ込む鉄平の姿をぼんやり眺める桂子にマスターが声を掛ける。
「どうぞ」
差し出された紅茶から立ち上る湯気に、それだけで心が温まる桂子。
「有難う御座います」
丁寧に答える桂子の前にマスターがもう一つの皿を差し出す。
皿の上には小さなカップケーキ。
「あの、でもあたし頼んで…」
「贔屓にして貰ってるお礼ですよ」
爽やかな笑顔で告げるマスターの姿に桂子の妄想は嫌が応にも膨らむ。
妄想に囚われながら目が追うマスターはトレイにコーヒーカップを乗せると窓際の鉄平の元へ向かった。
桂子の所からでは聞こえないが、鉄平とマスターは小声で何事か話している。
何を話しているのか、鉄平が照れたようなはにかんだような表情を見せている。
戻り掛けたマスターと目が合い、桂子は慌ててカウンターの内に視線を戻す。
カウンター内に戻って来たマスターは桂子の前に立つと笑顔で桂子に問いかける。
「どうでしたケーキの味は」
ぼんやりしていた桂子は慌てて答える。
「とっても美味しかったです!」
「それは良かった」
満面の笑みを浮かべるマスターにここぞとばかりにほめそやす桂子。
「ケーキまで御作りになるなんてマスター凄いんですね!」
「いやそれは…」
言い淀むマスターは奥のキッチンに目を向ける。
「妻がね…」
その言葉に桂子は妄想の世界から現実に引き戻された。
考えてみればこんな素敵なマスターに伴侶が居ないと思う方がおかしいのだ。
引き攣る顔を見せまいと窓に視線を移した桂子の目に、カップケーキを頬張る鉄平の姿が映る。
マスターは贔屓のお礼だと言って桂子に出してくれたカップケーキ。
どうして同じものが鉄平の手元に有るのか。
怪訝な顔を向ける桂子にマスターは笑顔で答える。
「気付いていらっしゃらなかったんですか」
「彼、あなたがここに来た時には何時も後からお寄りになられてたんですよ」
「あなたの事が心配で堪らないのかな」
唖然とする桂子を待たずにレジへ向かうマスター。
呆然と見守る桂子の眼前で支払いを済ませた鉄平がドアを開けざま振り向いて桂子に微笑んだ。
閉まるドアが鳴らす鐘の音に、呆然と佇む桂子にマスターが声を掛ける。
「追いかけなくていいんですか?迷子になっちゃいますよ」

ドアを閉め、バス停に向けた視線の先に鉄平のマフラーを確かめて桂子はフクロウの看板を見上げる。
森の博士とも、博識の象徴とも言われているフクロウ。
マスターは全部わかっていたんだろうか。
マスターにあげるつもりで編んでいたマフラー、サイズ直しが必要かなとひとりごちて、バス停に向かって歩き出す桂子。
冷えかかった心だが、温めてくれる羽はありそうだ。
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