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◎二年目、四月の章

■里奈はまだ少年の名前を知らない

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 二年目の四月を里奈は迎えようとしていた。

 校舎に植えられた桜はちょうど満開になって、花びらが時折教室の窓から入ってくることもある。

 里奈は思わずあくびをする。メガネにマスクをしているから案外わからないものだ。

 そもそも教室には男の子が隣に一人いるだけで、授業は教師のアバターが淡々と話をしているだけ。何をしていても怒られたりはしない。

 授業中だろうが、立ち歩いて休憩に行っても特に問題はない。聞き逃した部分を後ほど再生すればいいからだ。

 そんなわけでこの学校に生徒は二人しかいない。現在は義務教育を放棄して東京迷宮のゲームをする方がまともとされている。

 おかげで里奈は街中を歩くたびに侮蔑の視線が向けられた。そこでメガネとマスクである。

 メガネはレンズ部分は真っ白だが、反対側からは視える仕様になっている。

 隣の男の子がかけているメガネも同じものだろう。

 何年か前に人と視線を合わせるのがいやだということで発売されたメガネだった。なのでメガネ本来の機能ではなく、他人と視線を合わせなくていいという機能に重点が置かれた。

 実はこれがかつて子供から大人まで未だに幅広く売れている商品であった。

 チャイムが鳴ると授業が終わった合図だ。里奈は立ちあがり教室を出ようとする。

 隣に座っている男の子は去年の六月から同じ教室で授業を受けている。

 だが、里奈は男の子の名前を知らなかった。
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