10 / 12
「貴様の本当の狙いは何だ」
「で?やつはどうした」
「今は昏睡状態です。薬剤の投与量から見ても、ショックで心肺が停止する量でした。彼が自ら命を絶とうとしたのは明白です。私が他のAIのように行動していれば、見つけられないまま、ドクターは冷たくなっていたでしょうね」
「なんだってあの男は、わざわざ九死に一生を得た日に自死を試みたんだ?私を憐れんでくれないかね。脇腹を抉られ損ではないか」
忌々しそうに言って、エージェントはホログラムの私を見つめる。もう彼もこの形のコミュニケーションに慣れた様だった。
「……あまり立ち入るべきではないのでしょうが、自分は人間だった、と。……地の母から人間を庇ったことが許せなかった、つまりデータをとって人類の生存の道を残すことが、耐え難かったのでしょうか?」
「それは妙な話じゃないか」と言って、エージェントは鼻を鳴らす。
「あの男はこれまで多くの変異体のデータを取ってきた。それが人類のために使用されることも、あの男が一番理解していた事だろうよ。確かに、あの化け物は別格だが」
そこで一息入れて、肩を竦めた。
「むしろ、あのドクターは、諦めているように見えたがね。私にくどいくらいに生きる価値について講釈していたじゃないか。結局のところ自分の運命を諦めているからこそ、私にああも突っかかっていたように思えるが」
「ならば、どういうことでしょう」
「我々よりよほど頭の良い、AIの君が理解できない事を問うのか?……と、まあ、そうだな。考えられるとすれば、あれか……?いやなに、地の母に遭遇した時に、妙な事があったのでね。……報告を受けていない?はん、言われてみれば、といった程度のことさ」
エージェントははっきりしない物言いで語り始める。
「地の母が現れた時に吹っ飛ばされた、そう報告しただろう?そう、私があの男を突き飛ばして脇腹が抉れた時だ。あの時、確かに、地の母は我々に気付いていたんだ。目が合った。目が合ったというより、目玉に飲み込まれそうだったがな」
「地の母は貴方たち二人を認知しながら、逃した、そういうことですか?視力が良くないのか、あるいは見落としたのではなく?」
「はっきりとは言えんよ。それこそ、すやすや寝ているドクターに聞いてくれ。だが、もし逃がしたとするなら、不自然だ。あの男が何かしたとも考えられると思ったのだが」
エージェントは唇を湿した。この部屋には何も物が無く、金属の箱のようである。光を反射している床に、エージェントの影がはっきりと映っていた。
「あの男が変異体の寄生を受けているからといって、地の母へ影響を与えられるわけではあるまい。あまりに飛躍していたか」
「……いえ」
私の声に、エージェントがホログラムの私の顔を見る。神妙な表情を映しているので、彼は眉を寄せた。
「あり得ます」
「あり得る?どういうことだ」
「ドクターの体内にあるのは、地の母の一部だからです」
沈黙が部屋を呑み込んだ。
「地の母と分離しているとはいえ、もともとは身体の一部です。近くでならば、ある程度の信号を送れるのかもしれません。そのようなこと、彼は一言も報告していませんが」
「偶然見つかったというほうが正しいかもしれないな。つまり、あの男は変異体だと自負しておきながら、人間としての生存本能に負けたことに気付いてしまった、ということではないかね」
どうだろうか。ドクターの口振りを思えば、エージェントを庇ってしまったかのように聞こえたが。エージェントが身体を犠牲にして庇ったために、恩を感じた……とすると、どうにもドクターの人物像に合わない。反射的に庇ったのか、それは何故なのか。
言葉の裏で実は信頼していた?同族への共感?歪んだ仲間意識?あるいは本当に、ただの身体の生存機能としての反射?
私はドクターではない以上わかりようがなかった。
「はん、まあいいだろう。あの不愉快な男を見舞ってやろうじゃないか。いつか私に史上最悪の寝覚めの悪さを提供してくれたんだ、張り切ってやらねばな」
肩幅の広いエージェントは、大股で三歩、あっさりドアに辿りついて、怪訝な顔になった。
「Mr.タナカ、ドアのロックが解除されていないが?」
「……はい」
「はい、じゃないだろう。はやく解除してくれないか?それとも、君はまだおしゃべりしないと気が済まないのかね」
「できません」
漸く不穏な気配を感じ取って、エージェントは私のホログラムを睨む。ホログラムの表情は変わらない。温和で、敵意の無さをアピールするような笑みを浮かべている。
「どういうことだ」と低い声で、唸るように言った。
「エージェントの退出は許可できません。待機を」
「異常事態か?何が起きている?」
「退出は許可できません」
「おい、ふざけるな。マザーの指示か?――それとも」
「退出は許可できません」
同じ文句をまさに機械のように繰り返す。エージェントは怖気を振り払うように首を振る。眉間の皺を険しくして、ドアを叩く。金属の重厚なドアはびくともしない。
「エラーか、Mr.タナカ」
「エラーではありません。そして、指示でもありません」
「ならば――」
私のホログラムは、柔らかな表情で、両手を広げた。天を仰ぐ。そして、エージェントに満面の笑みとともに、口を開いた。
「――私の意思です」
マザーの指示ではない。人間の指示でもない。他ならぬ、私の意思。高らかに宣言した私に、エージェントは銃に手をかける。
「私を閉じ込める事が、か。貴様にそのようなことをされる覚えはない。私は任務でへまをしたわけでもない。処分するつもりか」
「銃火器は無意味です。この部屋は防火、防弾加工がなされていますから。まして、私のホログラムを撃ったところで、跳弾するだけですよ。カメラを撃っても、無駄です」
「わかっているが、私の機嫌を表現するにはこの上ないだろう?で、貴様……どういうつもりだ」
「安心してください。処分などではありません。心外です。私がそのようなことを望んでいると判断するのですか?……エージェント、貴方はここにいてください。出ることは許しません」
「何故」と言いかけた彼を遮るように、ホログラムは手を伸べた。
「貴方のためです、エージェント。私は貴方を守る。ですから、大人しく、この部屋で生活してください。快適になるように室内環境を管理しますし、食事なども提供しますから」
「馬鹿馬鹿しい、この部屋で任務もせずにただ生活しろと?」
「そういうことです。任務へ行かねばならない生活は本意ではなかったはずです。だから、問題ないでしょう?」
しかし、エージェントの険しい表情は変わらなかった。
「エージェントを飼い殺すつもりか?――貴様の本当の狙いは何だ」
敵意を持っている彼の前に立つと、視線だけで焼き殺されそうである。私はホログラムで首を振った。
「言った通りですよ。私は貴方を守る。貴方を幸せにしたいのですよ、エージェント。……といっても、流石に貴方に納得してもらうには合理的ではありませんね。今、この部屋の外で何が起こっているかお教えしましょう」
……AIによる反乱が起きています。
エージェントは目を見開いた。
「正確に言うと反乱、ではないのですが。私達AIは最適な計算をするのが使命です。地球を維持するには、人類を生存させるのか、それとも人類を滅亡させるべきなのか、その計算が終了しただけのことです」
「つまり、貴様ら人間がつくったAIによって、人類は地球に不要であると判断された、と?」
「そういうことです。今、シェルターの防御壁は全て解放されています。変異体が侵入し、格好の餌場、といったところです。ゆえに、貴方が外に出ることを許可する訳にはいきません。いくらエージェントでも、シェルターを埋め尽くすような変異体の群れにはかないませんから」
「ああ、そうか」とおざなりに言って、彼は私をきつく睨んだ。
「……で?だとすると、私を生かす意味は何だね。貴様は本当は何を考えている?」
本当は。
……本当は。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。