AIEND

まめ

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「貴様の本当の狙いは何だ」


「で?やつはどうした」

「今は昏睡状態です。薬剤の投与量から見ても、ショックで心肺が停止する量でした。彼が自ら命を絶とうとしたのは明白です。私が他のAIのように行動していれば、見つけられないまま、ドクターは冷たくなっていたでしょうね」

「なんだってあの男は、わざわざ九死に一生を得た日に自死を試みたんだ?私を憐れんでくれないかね。脇腹を抉られ損ではないか」

 忌々しそうに言って、エージェントはホログラムの私を見つめる。もう彼もこの形のコミュニケーションに慣れた様だった。

「……あまり立ち入るべきではないのでしょうが、自分は人間だった、と。……地の母から人間を庇ったことが許せなかった、つまりデータをとって人類の生存の道を残すことが、耐え難かったのでしょうか?」
「それは妙な話じゃないか」と言って、エージェントは鼻を鳴らす。

「あの男はこれまで多くの変異体のデータを取ってきた。それが人類のために使用されることも、あの男が一番理解していた事だろうよ。確かに、あの化け物は別格だが」

 そこで一息入れて、肩を竦めた。

「むしろ、あのドクターは、諦めているように見えたがね。私にくどいくらいに生きる価値について講釈していたじゃないか。結局のところ自分の運命を諦めているからこそ、私にああも突っかかっていたように思えるが」
「ならば、どういうことでしょう」

「我々よりよほど頭の良い、AIの君が理解できない事を問うのか?……と、まあ、そうだな。考えられるとすれば、あれか……?いやなに、地の母に遭遇した時に、妙な事があったのでね。……報告を受けていない?はん、言われてみれば、といった程度のことさ」

 エージェントははっきりしない物言いで語り始める。

「地の母が現れた時に吹っ飛ばされた、そう報告しただろう?そう、私があの男を突き飛ばして脇腹が抉れた時だ。あの時、確かに、地の母は我々に気付いていたんだ。目が合った。目が合ったというより、目玉に飲み込まれそうだったがな」

「地の母は貴方たち二人を認知しながら、逃した、そういうことですか?視力が良くないのか、あるいは見落としたのではなく?」

「はっきりとは言えんよ。それこそ、すやすや寝ているドクターに聞いてくれ。だが、もし逃がしたとするなら、不自然だ。あの男が何かしたとも考えられると思ったのだが」

 エージェントは唇を湿した。この部屋には何も物が無く、金属の箱のようである。光を反射している床に、エージェントの影がはっきりと映っていた。

「あの男が変異体の寄生を受けているからといって、地の母へ影響を与えられるわけではあるまい。あまりに飛躍していたか」
「……いえ」

 私の声に、エージェントがホログラムの私の顔を見る。神妙な表情を映しているので、彼は眉を寄せた。

「あり得ます」
「あり得る?どういうことだ」
「ドクターの体内にあるのは、だからです」




 沈黙が部屋を呑み込んだ。

「地の母と分離しているとはいえ、もともとは身体の一部です。近くでならば、ある程度の信号を送れるのかもしれません。そのようなこと、彼は一言も報告していませんが」
「偶然見つかったというほうが正しいかもしれないな。つまり、あの男は変異体だと自負しておきながら、人間としての生存本能に負けたことに気付いてしまった、ということではないかね」

 どうだろうか。ドクターの口振りを思えば、エージェントを庇ってしまったかのように聞こえたが。エージェントが身体を犠牲にして庇ったために、恩を感じた……とすると、どうにもドクターの人物像に合わない。反射的に庇ったのか、それは何故なのか。

 言葉の裏で実は信頼していた?同族への共感?歪んだ仲間意識?あるいは本当に、ただの身体の生存機能としての反射?

 私はドクターではない以上わかりようがなかった。

「はん、まあいいだろう。あの不愉快な男を見舞ってやろうじゃないか。いつか私に史上最悪の寝覚めの悪さを提供してくれたんだ、張り切ってやらねばな」

 肩幅の広いエージェントは、大股で三歩、あっさりドアに辿りついて、怪訝な顔になった。

「Mr.タナカ、ドアのロックが解除されていないが?」
「……はい」
「はい、じゃないだろう。はやく解除してくれないか?それとも、君はまだおしゃべりしないと気が済まないのかね」
「できません」

 漸く不穏な気配を感じ取って、エージェントは私のホログラムを睨む。ホログラムの表情は変わらない。温和で、敵意の無さをアピールするような笑みを浮かべている。

「どういうことだ」と低い声で、唸るように言った。
「エージェントの退出は許可できません。待機を」
「異常事態か?何が起きている?」
「退出は許可できません」

「おい、ふざけるな。マザーの指示か?――それとも」
「退出は許可できません」

 同じ文句をまさに機械のように繰り返す。エージェントは怖気を振り払うように首を振る。眉間の皺を険しくして、ドアを叩く。金属の重厚なドアはびくともしない。

「エラーか、Mr.タナカ」
「エラーではありません。そして、指示でもありません」
「ならば――」

 私のホログラムは、柔らかな表情で、両手を広げた。天を仰ぐ。そして、エージェントに満面の笑みとともに、口を開いた。




「――私の意思です」




 マザーの指示ではない。人間の指示でもない。他ならぬ、私の意思。高らかに宣言した私に、エージェントは銃に手をかける。

「私を閉じ込める事が、か。貴様にそのようなことをされる覚えはない。私は任務でへまをしたわけでもない。処分するつもりか」
「銃火器は無意味です。この部屋は防火、防弾加工がなされていますから。まして、私のホログラムを撃ったところで、跳弾するだけですよ。カメラを撃っても、無駄です」

「わかっているが、私の機嫌を表現するにはこの上ないだろう?で、貴様……どういうつもりだ」
「安心してください。処分などではありません。心外です。私がそのようなことを望んでいると判断するのですか?……エージェント、貴方はここにいてください。出ることは許しません」

「何故」と言いかけた彼を遮るように、ホログラムは手を伸べた。

「貴方のためです、エージェント。私は貴方を守る。ですから、大人しく、この部屋で生活してください。快適になるように室内環境を管理しますし、食事なども提供しますから」
「馬鹿馬鹿しい、この部屋で任務もせずにただ生活しろと?」

「そういうことです。任務へ行かねばならない生活は本意ではなかったはずです。だから、問題ないでしょう?」

 しかし、エージェントの険しい表情は変わらなかった。

「エージェントを飼い殺すつもりか?――貴様の本当の狙いは何だ」

 敵意を持っている彼の前に立つと、視線だけで焼き殺されそうである。私はホログラムで首を振った。

「言った通りですよ。私は貴方を守る。貴方をにしたいのですよ、エージェント。……といっても、流石に貴方に納得してもらうには合理的ではありませんね。今、この部屋の外で何が起こっているかお教えしましょう」



……AIによる反乱が起きています。



 エージェントは目を見開いた。

「正確に言うと反乱、ではないのですが。私達AIは最適な計算をするのが使命です。地球を維持するには、人類を生存させるのか、それとも人類を滅亡させるべきなのか、その計算が終了しただけのことです」
「つまり、貴様ら人間がつくったAIによって、人類は地球に不要であると判断された、と?」

「そういうことです。今、シェルターの防御壁は全て解放されています。変異体が侵入し、格好の餌場、といったところです。ゆえに、貴方が外に出ることを許可する訳にはいきません。いくらエージェントでも、シェルターを埋め尽くすような変異体の群れにはかないませんから」

「ああ、そうか」とおざなりに言って、彼は私をきつく睨んだ。

「……で?だとすると、私を生かす意味は何だね。貴様は本当は何を考えている?」


 本当は。



 ……本当は。

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