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啖呵を切って部屋を飛び出したものの、梓はどこへ行けばよいのかまるで見当もつかなかった。
突然の決断に、自分でも驚いているが、状況を冷静に見極める時間はなかった。
ポケットに手を突っ込み、財布とスマートフォンがしっかりと収められているのを確認したとき、ほんの少しの安堵を覚える。
これだけは持っているのだから、まだどうにかなるだろうと思った。
外の空気は冬の冷たさを含み、陽射しは温かさを感じさせてくれるものの、その温もりが夕方の風にはすぐにかき消される。寒さが骨まで染み込むようで、外で過ごすには限界を感じた。
愛子を頼ってもよかったが、若い頃から何かと世話になりっぱなしで、もうこれ以上迷惑をかけたくない。迷いながらも、梓はスマートフォンを開くことを諦め、ポケットに手を戻した。頼れる場所を探しても、結局は自分の足で進むしかないのだ。
そのとき、背後からふいに声が聞こえた。
「え?あずちんじゃない?」
その声に振り向いた瞬間、思わぬ顔を目にした。見覚えのある顔、優しさがにじみ出る笑顔。その人物は、梓が昔働いていた店の常連客だった。
「ゆうりさん?」
そこにいたのは、悠里だった。二人の間に流れる空気は、まるで昨日のことのように温かかった。
「梓ちゃん、丁度良いところに!一緒にカラオケ行こう!」
悠里の明るい声に、梓は少し驚きながらも、心のどこかでホッとする自分を感じた。悠里の隣には、いつも一緒にいる雪見もいた。二人はどこに行くにも一緒で、まるで切り離せない一対のようだ。服の系統も不意に似ているから、その仲の良さは一目瞭然だ。
雪見がひょこっと顔を出し、いたずらっぽく笑っているのを見て、梓は少しだけ心が軽くなった。知らず知らずのうちに、心の中の壁が少しずつ崩れていくような感覚を覚えた。
この再会が、どこか運命的なものに感じられた。閉ざされた世界で一人悩んでいた自分に、ふと差し込む光のように二人が現れたのだ。誘いに乗ることに決めた梓は、彼女たちの後を追うようにカラオケ店へ向かった。
カラオケは梓にとってほとんど縁のないもので、歌うことは稀だ。しかし、悠里と雪見が歌う姿に心を奪われ、彼女たちに流されるまま、梓も少しだけマイクを握った。自分の声を外に出すのは恥ずかしいが、二人の楽しそうな表情を見ているうちに、意外にも気持ちが解き放たれていくのを感じた。
「えー、あずちんって意外とうまいのに、自分から歌わないよねー」
悠里が満足そうに微笑みながら言う。梓は、そんな悠里の優しい言葉に少し顔を赤らめながら、照れくさそうに頭をかいた。
「悠里さん、俺が出しますよ」
そう言って財布を取り出すと、悠里は首を振って笑った。
「えー?やだー、私たちが誘ったんだし、払うから財布しまってよ」
何度も支払いを申し出るものの、悠里は頑として譲らない。梓は、それがとても嬉しいような、少し悔しいような、複雑な気持ちを抱えながら、財布をしまうことにした。
「梓ちゃん、まだ時間ある?だったら私たちにバーガー奢ってよ」
「え?そんなのでいいんですか?」
「そんなのー?カラオケの後はジャンクなフードって決まってんの」
雪見がウインクをしながら、軽やかに言った。その無邪気な笑顔に、梓は少し驚きながらも、どこかほっとした気持ちになる。
二人の普段のイメージを少し裏切るような、庶民的な食べ物を求める姿に、梓は親しみを感じた。そんなに気を使ってくれなくてもいいのに、彼女たちは本当に自然体で、何もかもが流れるようにスムーズだった。
三人は、軽い気持ちでハンバーガー店へ向かった。
外に出ると、街はすっかり夜の帳に包まれつつあり、街灯の明かりがひときわ明るく輝いていた。店の看板が賑やかに光り、冬の夜風に吹かれながら、梓はその風景をぼんやりと見つめていた。
「私、チーズたくさんのやつがいいなー」
「あずちん、頼み方解る?」
二人に挟まれ、レジの前でメニューを見つめる梓。普段はこうした店に来ることも少なく、少し戸惑いながらも二人に流されて、メニューを選んでいく。
周りの視線が気になったが、今の自分にはもうどうでもよかった。人に触れられることに、少し前なら抵抗を感じていたはずなのに、今はそのすべてが不思議と心地よく感じる。自分を受け入れてくれる二人がいて、その温かさを実感できるからだろう。
「じゃ、あずちんのイメージでこれね」
悠里が指を差して選んだのは、野菜がたっぷり入ったシーフードバーガーだった。
「全部セットで。ポテトはLサイズ、飲み物はコーラとメロンソーダ、あ、あずちんは?」
「うーん、じゃ、俺もコーラで」
三人で決めた夕食が決まると、店内の窓際に座り、外の景色を見ながら食事を楽しんだ。
その時、ふとテレビの画面が切り替わり、ニュースが流れた。
『瀬戸内議員の次男、瀬戸内丸馬容疑者の第一回公判を終え…』
梓は、その名前を耳にした瞬間、心臓が一瞬止まったように感じた。
オメガ差別解消に尽力し、社会的地位を確立した瀬戸内議員。
だが、その息子が、信じがたい事件を起こしたことに、梓は思わず息を飲んだ。
それを聞いても、報道がどうこうと思う気力は湧かなかった。むしろ、その事件に自分の名前が絡んでいないことを願うばかりだった。
梓は、無意識に外に目を向け、その場の空気を感じようとした。
目の前で騒がしいニュースが流れていても、それから逃げるように視線を逸らした。
深く息を吐きながら、少しでも穏やかな気持ちを保とうと努力していた。
突然の決断に、自分でも驚いているが、状況を冷静に見極める時間はなかった。
ポケットに手を突っ込み、財布とスマートフォンがしっかりと収められているのを確認したとき、ほんの少しの安堵を覚える。
これだけは持っているのだから、まだどうにかなるだろうと思った。
外の空気は冬の冷たさを含み、陽射しは温かさを感じさせてくれるものの、その温もりが夕方の風にはすぐにかき消される。寒さが骨まで染み込むようで、外で過ごすには限界を感じた。
愛子を頼ってもよかったが、若い頃から何かと世話になりっぱなしで、もうこれ以上迷惑をかけたくない。迷いながらも、梓はスマートフォンを開くことを諦め、ポケットに手を戻した。頼れる場所を探しても、結局は自分の足で進むしかないのだ。
そのとき、背後からふいに声が聞こえた。
「え?あずちんじゃない?」
その声に振り向いた瞬間、思わぬ顔を目にした。見覚えのある顔、優しさがにじみ出る笑顔。その人物は、梓が昔働いていた店の常連客だった。
「ゆうりさん?」
そこにいたのは、悠里だった。二人の間に流れる空気は、まるで昨日のことのように温かかった。
「梓ちゃん、丁度良いところに!一緒にカラオケ行こう!」
悠里の明るい声に、梓は少し驚きながらも、心のどこかでホッとする自分を感じた。悠里の隣には、いつも一緒にいる雪見もいた。二人はどこに行くにも一緒で、まるで切り離せない一対のようだ。服の系統も不意に似ているから、その仲の良さは一目瞭然だ。
雪見がひょこっと顔を出し、いたずらっぽく笑っているのを見て、梓は少しだけ心が軽くなった。知らず知らずのうちに、心の中の壁が少しずつ崩れていくような感覚を覚えた。
この再会が、どこか運命的なものに感じられた。閉ざされた世界で一人悩んでいた自分に、ふと差し込む光のように二人が現れたのだ。誘いに乗ることに決めた梓は、彼女たちの後を追うようにカラオケ店へ向かった。
カラオケは梓にとってほとんど縁のないもので、歌うことは稀だ。しかし、悠里と雪見が歌う姿に心を奪われ、彼女たちに流されるまま、梓も少しだけマイクを握った。自分の声を外に出すのは恥ずかしいが、二人の楽しそうな表情を見ているうちに、意外にも気持ちが解き放たれていくのを感じた。
「えー、あずちんって意外とうまいのに、自分から歌わないよねー」
悠里が満足そうに微笑みながら言う。梓は、そんな悠里の優しい言葉に少し顔を赤らめながら、照れくさそうに頭をかいた。
「悠里さん、俺が出しますよ」
そう言って財布を取り出すと、悠里は首を振って笑った。
「えー?やだー、私たちが誘ったんだし、払うから財布しまってよ」
何度も支払いを申し出るものの、悠里は頑として譲らない。梓は、それがとても嬉しいような、少し悔しいような、複雑な気持ちを抱えながら、財布をしまうことにした。
「梓ちゃん、まだ時間ある?だったら私たちにバーガー奢ってよ」
「え?そんなのでいいんですか?」
「そんなのー?カラオケの後はジャンクなフードって決まってんの」
雪見がウインクをしながら、軽やかに言った。その無邪気な笑顔に、梓は少し驚きながらも、どこかほっとした気持ちになる。
二人の普段のイメージを少し裏切るような、庶民的な食べ物を求める姿に、梓は親しみを感じた。そんなに気を使ってくれなくてもいいのに、彼女たちは本当に自然体で、何もかもが流れるようにスムーズだった。
三人は、軽い気持ちでハンバーガー店へ向かった。
外に出ると、街はすっかり夜の帳に包まれつつあり、街灯の明かりがひときわ明るく輝いていた。店の看板が賑やかに光り、冬の夜風に吹かれながら、梓はその風景をぼんやりと見つめていた。
「私、チーズたくさんのやつがいいなー」
「あずちん、頼み方解る?」
二人に挟まれ、レジの前でメニューを見つめる梓。普段はこうした店に来ることも少なく、少し戸惑いながらも二人に流されて、メニューを選んでいく。
周りの視線が気になったが、今の自分にはもうどうでもよかった。人に触れられることに、少し前なら抵抗を感じていたはずなのに、今はそのすべてが不思議と心地よく感じる。自分を受け入れてくれる二人がいて、その温かさを実感できるからだろう。
「じゃ、あずちんのイメージでこれね」
悠里が指を差して選んだのは、野菜がたっぷり入ったシーフードバーガーだった。
「全部セットで。ポテトはLサイズ、飲み物はコーラとメロンソーダ、あ、あずちんは?」
「うーん、じゃ、俺もコーラで」
三人で決めた夕食が決まると、店内の窓際に座り、外の景色を見ながら食事を楽しんだ。
その時、ふとテレビの画面が切り替わり、ニュースが流れた。
『瀬戸内議員の次男、瀬戸内丸馬容疑者の第一回公判を終え…』
梓は、その名前を耳にした瞬間、心臓が一瞬止まったように感じた。
オメガ差別解消に尽力し、社会的地位を確立した瀬戸内議員。
だが、その息子が、信じがたい事件を起こしたことに、梓は思わず息を飲んだ。
それを聞いても、報道がどうこうと思う気力は湧かなかった。むしろ、その事件に自分の名前が絡んでいないことを願うばかりだった。
梓は、無意識に外に目を向け、その場の空気を感じようとした。
目の前で騒がしいニュースが流れていても、それから逃げるように視線を逸らした。
深く息を吐きながら、少しでも穏やかな気持ちを保とうと努力していた。
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