オメガのホストはベータとして生きる

宮路 明

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30)和司と梓

 和司は珍しく街を忙しなく走りながら、荒い息をついていた。寒さが身に沁み、息が白く立ち昇る。寒風に吹かれながらも、その息は、行き交う人々よりも多く、白く吐き出されているのが目に見えてわかる。

『梓ちゃんが出て行ったきり、帰ってこないの』

 母親からの連絡は、仕事を終えた夕方、辺りが薄暗くなる頃だった。

 午前中から姿を消しているという梓の行方に、和司は少しも心配していなかった。大人だし、家出なんて大した問題ではないと思っていた。しかし、時期が時期だけに胸の奥で不安の予感がくすぶり始めた。

「どうして出て行ったのか?」と母親に問うと、最初は渋って答えなかった。事件のこともあったからと、母親に真実を話すよう促すと、ようやく言葉を紡ぎ出した。

『だって、仕方ないじゃない。孫の顔が見たいのは親の夢よ』

 和司はその言葉を聞き、怒りが込み上げてきた。謝罪より先に言い訳が口をついて出る、その身勝手さに、親としての責任を全く感じていないことに、心底憤りを覚えた。

 和司の両親が、オメガに対して理解があるふりをしていることを、和司はずっと感じていた。それは、瀬戸内議員の息子がオメガで、彼が自分たちの次男と親しいことから、表面だけを取り繕ったに過ぎないと。彼らの中には常に下心が存在していた。

 社会的にオメガに対する平等を示すことは、あくまで社交辞令。心の奥底では、偏見と自己利益が見え隠れしていた。

 今回の件で、それが疑念から確信に変わった。

 和司は梓を探し回っていた。弟の清武は出張中で、今頼れるのは自分しかいないと言われ、探している。しかし、どこかで「探さないでくれ」と言われたことも耳にしていた。そんな言葉に背中を押されたかのように、和司は足を速める。あの不安が、少しでも安心に変わることを願いながら。

 まさか、あんな事態になっていなければいい。

 和司は必死で街を駆け抜けた。

 繁華街の端、行き交う人々の中で目に入った梓の姿。まるで雪が降りそうな寒い空気の中で、ひときわ目立って見えた。

「村上くん!」

 一時間半近く探し回り、ようやく見つけた梓が飲食店の窓際に座っている。急いで店内に駆け寄り、和司はその名を呼ぶ。

「村上くん!探したよ」

 息を切らして声をかけると、梓が驚いた顔を向けた。

「……斎藤さん……?」

 その瞬間、和司は周りに目を向け、初めて梓の隣に二人の女性と一人の男性がいることに気づく。何かあったのか、絡まれていたのか…。そんな思いが交錯する中でも、和司はただ梓の安否を確認できたことに安堵していた。

「あずちん知り合い?」

 派手目な女性が不信感を込めて和司を睨みつける。

「あ……うん……」

 和司が少し戸惑いながらも応えると、もう一人の女性が言葉を投げかける。

「斎藤さんって?さっき話してた人?」

 言葉を濁しながら頷くことなく視線を下げる梓。和司はその姿に何も言えなかった。何を話していたのかはわからないが、彼女たちとの関係はどうやら友人関係のようだと理解する。

「ふーん……あずちんに子宮取れって言った、あの酷い親の子供?」

 不信感を抱いた目を向けた女性が、吐き捨てるように言葉を放つ。それで、和司は一瞬で話の流れを理解した。

「……親のことは、申し訳ない…」

 和司は心の中で重く感じながらも、ただその言葉しか出せなかった。


「申し訳ないで済まないんじゃないですか?」

 梓の隣に座る男性が、眉をひそめて和司を睨んだ。その目に宿る怒りが和司を直視し、何も隠しようがなかった。

 和司は自分がどれだけ梓を傷つけてきたのか、どれほどその苦しみが大きかったのか、そしてそれをどれほど理解しきれなかったのかを痛感していた。だが、今できることは謝ることしかない。

 どう言葉をかければいいのか。和司は口を開きかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。

「謝ることしかできないが……村上くんと、二人で少しだけ話をさせてくれないか?」

 視線を梓に向けると、彼女は黙って下を向き、何も答えようとしない。和司はその沈黙を、できるだけ優しく壊すつもりで言葉を続けた。

「残念だけど、あずちんは私たちと一緒に過ごすのよ」
「そうそう、今日はオールだって言ってたじゃん」
「俺はこいつの先輩だから、心配しないで今日は帰ってくれないですか?」

 三人の目が鋭く和司に向けられ、言葉の中に強い拒絶の色がにじんでいた。だが、和司は一瞬も躊躇うことなく、決意を込めて声をかける。

「母親は帰らせた。あの部屋は村上くんのものだ。帰ろう」

 和司は、梓の意思を尊重しつつも、彼女がこのまま周囲に流されてしまわないようにと、直接梓に話しかけた。三人の反応に目もくれず、梓を最優先に考えて。

「ちょっと、私たち無視?」

 その場に座る女性が立ち上がり、怒りをぶつけるように和司を睨みつける。和司はその威嚇的な態度に微動だにせず、冷静に答える。

「あのさ、あずちんは、あんたやあんたの親、兄弟のせいで傷ついてんの。私たちはあずちんを気分転換させようとしてるの。帰って」

 女性が、力を込めてテーブルを叩いた。その音が店内に響き渡るが、和司の心は揺るがなかった。怒りに任せて暴れるような言葉には、何も動じない。

「……あんたにあずちんの気持ち理解できるの?男アルファなんかに、何が解るの?」

 和司は無言でその言葉を受け入れ、ただ静かに答える。

「解らない。だが、話をしたい」

 彼女の嫌味をこめた言葉に、和司は何も言い返さなかった。それが彼女にとっての正義であり、彼が理解されることを諦めている証しだった。

「いいよね、そうやって『申し訳ない』って態度見せれば、自分が被害者みたいに見えるんだ」
「そんなつもりはない」

 和司は冷静に否定したが、女性の口調はますます攻撃的になった。

「あずちんと、何を話すつもりなの?」
「……それは君に話す必要はない」

 女性の挑戦的な言葉に、和司は口を閉じた。
議論は平行線を辿りそうだったが、今、和司がやるべきことはただひとつ。梓を連れて帰ると心に決めていた。

「いいよ、悠里さん。怒らないで。斎藤さんは悪くないんだ。そんな言葉使わないで」

 ようやく、梓が声を発した。小さく、けれどもしっかりと和司に言い聞かせるように。

「今日はこの方たちと過ごす約束してるんです。なので帰れません。でも、少しだけなら話ができるので、違う席を借りましょう」

 梓が立ち上がり、和司に少し苦笑いを見せながら、歩き始めた。

「え?あずちん、いいの?」
「うん、少し話してきます」

 悠里と呼ばれる女性が、心配そうに声をかける。

「何かあったら、すぐ私たち呼ぶんだよ!」

 梓はうなずきながら、和司と一緒に店の端へと向かう。
心の中で、彼女の気持ちが少しでも楽になることを祈りながら、和司もその後に続いた。
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